雨はやんだもののすっきりとしないお天気。 どんよりと重たい空に押し潰されてしまいそうだった。
そんな時こそ微笑を。そんな時こそおひさまのように。 あたりじゅうを照らせるようなそんなひとになりたい。
昨日は雨で行けなかった散歩。今日はなんだか嬉しくなって。 久しぶりにどんぐりころころを歌ったりして元気に歩いた。
お大師堂でまた顔見知りのお遍路さんと再会をして。 笑顔と笑顔で「こんにちは」って言い合うのも嬉しい。
そのお遍路さんに先日のあんずの前世の話を聞いてもらった。 そうしたらそれは絶対に違うよってはっきりと言ってくれた。
少しも怯えている様子もないしただ甘えているだけだよって。 犬も年をとれば子供の心にかえるのかもしれないねって笑った。
すごくすごくほっとする。あんずは悪い事なんてしていなかったんだ。 ただ年をとって甘えん坊になっただけ。そう思うとよけいに愛しくなる。
「お母さん、お母さん」って呼んでいるみたいだね。 お遍路さんもあんずの叫び声を聴きながら微笑んでいた。
「はいはい、帰りましょうかね」お母さんも甘えん坊には勝てなかった。
何度も会っているのに名も知らぬお遍路さん。今日はほんとにありがとう。
朝から雨が降りやまず雨音が心地よい夜になった。 昼間はとても冷たく感じた雨が夜には不思議と暖かく感じる。
一雨ごとに春が近づくにはまだ早いのかもしれないけれど。 ひたひたと満ちていくようなこころに一粒の種を蒔きたくなった。
何も始められないでいる。だからこそ一粒の種が必要なのだ。 そうして芽が出てくれたらどんなにか励みになることだろう。
出来ない事を数えるよりも出来る事を数えていたい。
咲けない事を嘆くよりも一粒の種のありがたさを知ろう。
むかし。私は詩人のようになりたくてたまらなかった。 そのちっぽけなプライドが今はもう跡形もなくなってしまった。
だからもう私には何もこだわることがないのかもしれない。
ただ平凡な毎日をそっと書き留めるだけの日々である。 つまらないこと。なんでもないこと。それが日常でもあった。
そうして生きている。そんな日々が愛しくてならない。
愛しいものはなんとしても守りたいものだ。
いまここに一粒の種がある。そっと蒔いておきましょう。
少し曇っていたけれど今日も暖かないちにち。 寒さがやわらぐとこころもやわらかくなるようだ。
朝イチの職場で母にちょっと叱られてしまったけれど。 いつもなら落ち込む気分も今日は少しも気にならなかった。
母の怒鳴り声を久しぶりに聞いたようにおもう。 良かれと思ってした事がよけいな事だったようだ。 素直に反省をする。お節介もほどほどにしなければいけない。
そうしてとにかく穏やかに。それも私の仕事なのだと思う。 うんざりすることもたくさんあるけれど微笑がいちばんなのだ。
母の良いところはすぐに機嫌がよくなるところだった。
「ねえねえ、いいことをおしえてあげようか」
昼下がりとても嬉しそうにそう告げる母。
いったい何だろうと思えば、庭に水仙の芽がたくさん出ているとのこと。 水仙は冬の花だから今年はもう咲かないかもしれないよと言うと。
春になったら絶対に咲くのだと言ってきかない。
そう言われてみると、もしかしたら咲くかもしれないなって思えてくる。 咲いたらどんなにか母が喜ぶことだろう。咲いて欲しいなあって願った。
今はすっかり冬枯れてしまった庭に。緑が少しずつ増えていく。
そんな春が待ち遠しくてならない。春になったらもっともっと微笑もう。
笑顔の花がたくさん咲きますように。そうしてみんなが笑顔になりますように。
| 2012年01月17日(火) |
お遍路さん(その10) |
雨あがり。山里は濃霧にすっぽりとつつまれていた。 その霧がゆっくりと晴れていくと真っ青な青空が見え始める。 そうしてやわらかな冬の陽射しがあふれるように降り注いだ。
お昼に庭に出て少しだだけ日向ぼっこをしてみる。 何も物思うことがない。ただただおひさまと語り合うだけ。
仕事を終え帰宅するなり散歩に出掛けた。 風もなく暖かでなんだか春の日のように思えた。 ずっとこんな日が続けばどんなに良いだろうか。
お大師堂では会うのが二度目のお遍路さんと再会する。 まだ若い青年で髪が長髪だったのでよく憶えていた。
前回はほんの挨拶程度で別れていたけれど今日はよく話す。 髪の毛は目標の10巡目を結願するまで伸ばすのだそうだ。 今回が6巡目。予定では今年の夏には目標が達成出来そう。
おじいちゃん子だったらしく子供の頃からお遍路を経験していたらしい。 おじいちゃんが車でお遍路に行く時はいつも一緒に行っていたそうだ。
そのおじいちゃんも亡くなり、一年後に今回のお遍路を思い立ったとのこと。 車ではなく歩きで。そうして野宿をしようと決めたのだそうだ。
亡くなったおじいちゃんもきっと天国から見守ってくれているだろう。
「心強いよね。頑張ろうね!」「はい、ありがとうございます」
そう言って手を合わせて頭を深々とさげてくれた。
そうして「また会えますよね」と言ってくれてすごく嬉しかった。
ささやかな縁。私はその糸をしっかりと結びつけて笑顔で帰って行った。
音もなく静かに降り続く雨。 それはとても冷たい雨だったけれど。 からからに乾ききっていたすべてを。 しっとりとつつみこむような雨だった。
雨の日は春をおもう。
むくむくと緑の芽が生まれてきそう。
土手のよもぎやたんぽぽの息が聴こえてくる。
昨日は息子。今日は娘のサチコが帰って来てくれた。 検診日だったためまた赤ちゃんのビデオを見せてくれる。 ひと月前よりずいぶんと大きくなっていてびっくりしてしまった。
とっくんとっくんと元気に動いている心臓。 はっきりとは見えなかったけれど目をあけているよう。 その目が瞬きをしているようでかすかに動いたように見えた。
手足はとにかくよく動かしている。お腹の中で遊んでいるよう。 キックしたりするんだよとサチコが嬉しそうに微笑んでいた。
「あっ!ほら今も蹴ってる」どれどれとそっとお腹に手を当てた。 ほんとだ。ぽこんってキックしてる。それはすごい感動であった。
ちいさな命が一生懸命がんばっているんだなとおもう。 生きているんだな。この世に生まれたくて必死になって。
早く抱っこしてあげたいな。その日が待ち遠しくてならない。
朝からずっとどんよりとした曇り日。 おひさまが見えないというだけでこんなにも寒いのか。 炬燵から離れられずにごろごろと猫のように過ごす。
そんな寒さも散歩の時には歩くほど身体が温まり。 厚着をしていたせいでうっすらと汗をかいてしまった。
もっともっと歩きたいといつも思うばかりで。 根っからの怠け者はついつい帰宅を急いでしまう。
せめて休日ぐらいはたっぷりと歩きたいものだ。
帰宅するなり息子からメールが届く。 「晩飯たのむよ」その短い一言が嬉しい母であった。
とは言え、今日は買物もさぼってしまっていたので。 昨夜の残り物しかなくて後は白菜のお漬物とお味噌汁。
質素な夕食だというのに、息子はこれでじゅうぶんだと言う。 例のごとくご飯の大盛りをおかわりして美味しそうに食べてくれた。
いつも心配なのは仕事の事。けれども今日は何も話さず。 ただにこにこと笑顔でいてくれてどんなにかほっとしたことだろう。
辛い時とそうでもない日が波のようにあるのだろうと思う。 いつも穏やかな波ならどんなに良いだろうかと思った。
「また来るけん」「うん、いつでも帰っておいでや」
息子が帰ってしまった後はし〜んと静かな我が家であった。
「お父さん」と呼べば「お母さん」と応える人とふたりきり。
今日も平穏無事に夜が更けていこうとしている。
お大師堂でまた顔見知りのお遍路さんに会った。 これまで何度か会っているけれど名も知らぬ人。
初めて会った時にあんずのことを。 この犬は人間の生まれ変わりだとおしえてくれた人であった。
ほんとにそうなのかな少し半信半疑だったけれど。 今日もまた同じことを言われてなんとなく信じたくなった。
例のごとく悲鳴のような声をあげて泣き叫ぶあんず。 その人はすぐに駈け寄って行って「そうか、そうか」と。 うなずきながらまるで犬と話しているようであった。
お大師さんが怖くてたまらないって言ってますよとか。 前世でこっぴどくお大師さんに叱られたみたいですねとか。
だから人間に生まれることが出来なかったのですよと言う。
信じる気持ちと信じたくない気持ちでなんとも複雑な心境。 けれども否定することも出来ずただ頷くことしか出来なかった。
もし本当だとしたらあんずが憐れでならなかった。 いったいどんな悪い事をしたのだろう。もう赦してはもらえないのか。
そうして来世もまた犬になってしまうのだろうか。
それはあまりにも可哀想。どうか人間になれますように。
お遍路さんが話しかけてくれたおかげであんずはすぐに泣きやむ。 ちゃんと話を聞いてくれる人が欲しかったのかもしれないなと思う。
「ありがとうございました」お礼を言って家路につく。
ふっと振り向くとその人が微笑みながら見送ってくれている姿が見えた。
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