少し曇っていたけれど今日も暖かないちにち。 寒さがやわらぐとこころもやわらかくなるようだ。
朝イチの職場で母にちょっと叱られてしまったけれど。 いつもなら落ち込む気分も今日は少しも気にならなかった。
母の怒鳴り声を久しぶりに聞いたようにおもう。 良かれと思ってした事がよけいな事だったようだ。 素直に反省をする。お節介もほどほどにしなければいけない。
そうしてとにかく穏やかに。それも私の仕事なのだと思う。 うんざりすることもたくさんあるけれど微笑がいちばんなのだ。
母の良いところはすぐに機嫌がよくなるところだった。
「ねえねえ、いいことをおしえてあげようか」
昼下がりとても嬉しそうにそう告げる母。
いったい何だろうと思えば、庭に水仙の芽がたくさん出ているとのこと。 水仙は冬の花だから今年はもう咲かないかもしれないよと言うと。
春になったら絶対に咲くのだと言ってきかない。
そう言われてみると、もしかしたら咲くかもしれないなって思えてくる。 咲いたらどんなにか母が喜ぶことだろう。咲いて欲しいなあって願った。
今はすっかり冬枯れてしまった庭に。緑が少しずつ増えていく。
そんな春が待ち遠しくてならない。春になったらもっともっと微笑もう。
笑顔の花がたくさん咲きますように。そうしてみんなが笑顔になりますように。
| 2012年01月17日(火) |
お遍路さん(その10) |
雨あがり。山里は濃霧にすっぽりとつつまれていた。 その霧がゆっくりと晴れていくと真っ青な青空が見え始める。 そうしてやわらかな冬の陽射しがあふれるように降り注いだ。
お昼に庭に出て少しだだけ日向ぼっこをしてみる。 何も物思うことがない。ただただおひさまと語り合うだけ。
仕事を終え帰宅するなり散歩に出掛けた。 風もなく暖かでなんだか春の日のように思えた。 ずっとこんな日が続けばどんなに良いだろうか。
お大師堂では会うのが二度目のお遍路さんと再会する。 まだ若い青年で髪が長髪だったのでよく憶えていた。
前回はほんの挨拶程度で別れていたけれど今日はよく話す。 髪の毛は目標の10巡目を結願するまで伸ばすのだそうだ。 今回が6巡目。予定では今年の夏には目標が達成出来そう。
おじいちゃん子だったらしく子供の頃からお遍路を経験していたらしい。 おじいちゃんが車でお遍路に行く時はいつも一緒に行っていたそうだ。
そのおじいちゃんも亡くなり、一年後に今回のお遍路を思い立ったとのこと。 車ではなく歩きで。そうして野宿をしようと決めたのだそうだ。
亡くなったおじいちゃんもきっと天国から見守ってくれているだろう。
「心強いよね。頑張ろうね!」「はい、ありがとうございます」
そう言って手を合わせて頭を深々とさげてくれた。
そうして「また会えますよね」と言ってくれてすごく嬉しかった。
ささやかな縁。私はその糸をしっかりと結びつけて笑顔で帰って行った。
音もなく静かに降り続く雨。 それはとても冷たい雨だったけれど。 からからに乾ききっていたすべてを。 しっとりとつつみこむような雨だった。
雨の日は春をおもう。
むくむくと緑の芽が生まれてきそう。
土手のよもぎやたんぽぽの息が聴こえてくる。
昨日は息子。今日は娘のサチコが帰って来てくれた。 検診日だったためまた赤ちゃんのビデオを見せてくれる。 ひと月前よりずいぶんと大きくなっていてびっくりしてしまった。
とっくんとっくんと元気に動いている心臓。 はっきりとは見えなかったけれど目をあけているよう。 その目が瞬きをしているようでかすかに動いたように見えた。
手足はとにかくよく動かしている。お腹の中で遊んでいるよう。 キックしたりするんだよとサチコが嬉しそうに微笑んでいた。
「あっ!ほら今も蹴ってる」どれどれとそっとお腹に手を当てた。 ほんとだ。ぽこんってキックしてる。それはすごい感動であった。
ちいさな命が一生懸命がんばっているんだなとおもう。 生きているんだな。この世に生まれたくて必死になって。
早く抱っこしてあげたいな。その日が待ち遠しくてならない。
朝からずっとどんよりとした曇り日。 おひさまが見えないというだけでこんなにも寒いのか。 炬燵から離れられずにごろごろと猫のように過ごす。
そんな寒さも散歩の時には歩くほど身体が温まり。 厚着をしていたせいでうっすらと汗をかいてしまった。
もっともっと歩きたいといつも思うばかりで。 根っからの怠け者はついつい帰宅を急いでしまう。
せめて休日ぐらいはたっぷりと歩きたいものだ。
帰宅するなり息子からメールが届く。 「晩飯たのむよ」その短い一言が嬉しい母であった。
とは言え、今日は買物もさぼってしまっていたので。 昨夜の残り物しかなくて後は白菜のお漬物とお味噌汁。
質素な夕食だというのに、息子はこれでじゅうぶんだと言う。 例のごとくご飯の大盛りをおかわりして美味しそうに食べてくれた。
いつも心配なのは仕事の事。けれども今日は何も話さず。 ただにこにこと笑顔でいてくれてどんなにかほっとしたことだろう。
辛い時とそうでもない日が波のようにあるのだろうと思う。 いつも穏やかな波ならどんなに良いだろうかと思った。
「また来るけん」「うん、いつでも帰っておいでや」
息子が帰ってしまった後はし〜んと静かな我が家であった。
「お父さん」と呼べば「お母さん」と応える人とふたりきり。
今日も平穏無事に夜が更けていこうとしている。
お大師堂でまた顔見知りのお遍路さんに会った。 これまで何度か会っているけれど名も知らぬ人。
初めて会った時にあんずのことを。 この犬は人間の生まれ変わりだとおしえてくれた人であった。
ほんとにそうなのかな少し半信半疑だったけれど。 今日もまた同じことを言われてなんとなく信じたくなった。
例のごとく悲鳴のような声をあげて泣き叫ぶあんず。 その人はすぐに駈け寄って行って「そうか、そうか」と。 うなずきながらまるで犬と話しているようであった。
お大師さんが怖くてたまらないって言ってますよとか。 前世でこっぴどくお大師さんに叱られたみたいですねとか。
だから人間に生まれることが出来なかったのですよと言う。
信じる気持ちと信じたくない気持ちでなんとも複雑な心境。 けれども否定することも出来ずただ頷くことしか出来なかった。
もし本当だとしたらあんずが憐れでならなかった。 いったいどんな悪い事をしたのだろう。もう赦してはもらえないのか。
そうして来世もまた犬になってしまうのだろうか。
それはあまりにも可哀想。どうか人間になれますように。
お遍路さんが話しかけてくれたおかげであんずはすぐに泣きやむ。 ちゃんと話を聞いてくれる人が欲しかったのかもしれないなと思う。
「ありがとうございました」お礼を言って家路につく。
ふっと振り向くとその人が微笑みながら見送ってくれている姿が見えた。
気温はさほど低くないというのになんとも寒かった。
日が暮れてからいちだんと寒くなり急いでお風呂へ入る。 それが冬の楽しみでもある。お湯は節約気味だけれど。 浴槽の中で寝そべるようにすれば肩まで浸かる事が出来る。
子供のように100まで数えてみたりしては温まるのだった。 ふうふうはあはあと息をしながら何も考えることのない時間。
それがとても幸せに思える。お風呂ってほんとにありがたい。
もうひとつの冬の楽しみは湯たんぽである。 とても古い湯たんぽは息子が赤ちゃんの時のもの。 ストーブに薬缶を置いて毎日お湯を沸かしている。 それを早目にお布団に入れておけばなんとも暖かい。
寝るのがとても楽しみ。湯たんぽばんざいであった。 冷え性の私にはなくてはならない物のひとつである。
毎日寒くてうんざりとしてしまう時も多いけれど。 冬には冬の楽しみがあるのが幸せなことだなと思う。
もしかしたら他にも冬ならではの楽しみがあるかもしれない。
寒さに負けないで。嬉しいことをたくさん見つけられたらいいな。
朝はいちだんと冷え込んだけれど。 日中は風もなく穏やかによく晴れる。
すっかり冬枯れてしまった職場の庭には。 南天や千両の紅い実がそこだけ明るくて。 冬の陽射しを浴びてきらきらと輝いている。
職場はこのところずっと忙しく嬉しい悲鳴をあげている。 お客様は神様。感謝する気持ちを大切にしなければと思う。 笑顔がいちばん。その笑顔がまた笑顔を呼んで来てくれる。
少し疲れて帰宅すると彼が洗濯物を取り入れてくれていた。 そんなちょっとしたことがとても嬉しくてならなかった。
きゅいんきゅいんと甘えた声であんずが呼んでいる。 いつも私が帰るのを待ちかねているようだった。 「さあ行こうかね」と声をかけると彼女は屈伸運動をする。 それはとても愉快な仕草でなんだか「よういどん」の感じ。
とても老犬には思えなくていつまでも子犬のように思える。 けれども急いで土手の石段を駆け上がっては足を踏み外す。 そうしてよろけてはまたすくっと歩き始めたりするのだった。
彼女の老いを自分に重ねてみてはちょっとした元気をもらっている。 私だって「よういどん」がまだ出来るのかもしれないなんて思う。
何かを始めるのに遅すぎることは決してないと言うけれど。
私に何が出来るのだろうか。いったい何を始めれば良いのか。
それがわからないままスタートラインに立っているような気持ち。
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