残りご飯を全部チキンライスにして。
巨大なオムライスを二人分作った。
とても食べきれないよと彼は言うけれど。
私は頑張ってペロリと平らげてしまった。
ときどきケチャップをチューブごと舐めたい。
そんな衝動にかられるときが私にはある。
トマト色なんかじゃなくて血のようなそれ。
からだじゅうに流し込んでみたくなるのだ。
巨大なオムライスはなんだかおびえている。
だって卵が見えなくなるまで紅く染まって。
それを切り刻むように食べる私がいるから。
ぷるんぷるんと震えているのは誰でしょう。
無駄な抵抗はおやめなさいと私はつぶやく。
よっこらしょひとやま越えればオムライス。
われながらこんなにおいしいものはない。
ほんの少し日が長くなったようだ。 午後六時。うっすらと暮れていく空に一番星が見える。
昨日お大師堂にて山梨のMさんと再会する。 いつも元気なMさんも寒さが身に堪えるとのこと。 連泊をすることになり今日もまた会うことが出来た。
すっかり顔なじみになっていても会うたびに懐かしい。 私のことを「おかあさん」と呼ぶのも変わらなかった。
奥様の供養の旅もこれで20巡目となるけれど。 いつだって初心にかえることを心がけていると言う。
そうでなければいけない理由。それは訊けなかった。 Mさんにとっては終わることのない旅なのかもしれない。
初心にかえる。それはとても大切なことだとわかっていても。 ついつい忘れてしまっては目先のことに惑わされるのが人の常。
Mさんの凜とした姿から学ぶことはとても貴重なことだった。
「ゆっくりと休むことが出来たのでまた明日から頑張りますよ」
満面の笑顔でそう言うMさんの背負っているもの。 それがどんなにか重い痛みであるかを私なりに感じることが出来た。
「じゃあまた40日くらいしたら会いましょう」
その40日を。私は苦労もせずに平々凡々と日々流されていくことだろう。
Mさんは歩き続ける。寒風にあおられながら重い荷物を背負いながら。
寒波は緩んできているとはいえ今朝も氷点下の冷え込み。 そんな寒さにもずいぶんと慣れてきたように思う。
今日は「七草」お粥ではなくお餅の七草雑煮にしてみた。 ほかほかと身体が温まる。これで無病息災だとほっとする。
たくさんの洗濯物を干して見上げる空のなんと青いこと。 冷え切った空気を朝陽がつつみこむようにあふれていた。
日中は特に予定も無く、例のごとくだらだらと過ごすばかり。 自転車で近くの地場産市場へ行き里芋と鯵の干物を買って来た。
午後三時。いつもより少し早目に散歩に出掛ける。 途中で同じく散歩中の近所の奥さんと一緒になった。 しきりに話しかけてきてくれて息子のことなどを話す。 訊かれるままに答えていたけれどふっと心苦しくなった。
その奥さんは数年前に息子さんを突然亡くされていたからだ。 生きていれば36歳だという。もう結婚をして孫も出来ていたかもしれない。 そんなことを思うと自分の息子の話などとても不謹慎に思えてきた。
けれども奥さんは終始笑顔で頷きながら私の話を聞きたがっていた。 亡くされた息子さんと重ねていたのかもしれないなって思った。
ひどい悲しみもどんな辛さもゆっくりと時が癒してくれるのだろうか。 けれども一生忘れられない痛みがそこに残っているのだろうと思われる。
家族が誰ひとり欠けることなくみんなが無事でいられること。 それがどんなに恵まれたありがたいことなのだろうとあらためて思ったことだった。
そうして今日も暮れていく。平穏無事に感謝しながらただただ手を合わす。
寒の入り。朝の気温は氷点下2度だったようだ。 いちめんに霜が降りなんとも冷たい朝になる。
せめてこころはあたたかにとほっこりと過ごす。 職場でも皆が笑顔でいてくれて和やかな雰囲気。
ほっこりさんにはほっこりさんが寄って来る。
なんだかみんなで日向ぼっこをしているようだった。
帰宅していつもの散歩道。ゆっくりと歩く。 川面に浮かぶ屋形船がゆらゆらと揺れていた。 たくさんの観光客が乗っていて手を振ってみたくなる。
北風がとても冷たい。けれども夕陽がそれを和らげてくれる。 波打つ川面を照らしてきらきらと眩しく光っていた。
お大師堂でまた泣き叫ぶあんず。それも慣れてしまったけれど。 いったいいつまで泣くのだろうとしばらくにらめっこしていた。
言葉が通じればどんなに良いだろうかと思う。 「ぎゃいんぎゃいん」とは何を伝えようとしているのだろうか。
そんなことを思いながらも私の意地悪が過ぎたのかもしれない。 あんずの目から涙のようなものが流れているのが見えてはっとする。
今日は母さんが悪いことをしたね。ごめんなさいあんず。
昨日からの寒波が少しずつ緩んでいく。 やさしいおひさまがとてもありがたく思う。
帰宅するとポストに年賀状が届いていた。 二年間ずっと音信不通だったひと。 元気にしているだろうかと気掛かりでならず。 お誕生日のメールと年賀状だけは欠かさずにいた。
便りの無いのは元気な証拠。やっとそう思えるようになって。 何があってもこの縁だけは切れることはないだろうと信じていた。
「元気にしていますか?」年賀状にはそう記されてあった。
もちろん元気ですよ。あなたも元気でいてくれたのですね。
ながいようで短かった二年間がそうして一気に埋まっていった。
出会ってから9年。私はずいぶんと変わってしまったかもしれない。 同じようにそのひとも変わってしまったのだろうと思う。
ほんとうにたいせつな縁。か細い糸でも自分から切ることは決してしない。
かといってこれ以上手繰り寄せることはないだろう。
それぞれの日々。それぞれの明日を精一杯に生きていこうね。
強い北風に小雪が舞う寒い朝。
お正月気分を吹っ切るように今日が仕事始めだった。 また日常が始まるのだなと少し感慨深く思ったりする。
すべてが順調とは限らないけれど。 何事も丸く収まるような日々であってほしいものだ。
なんとかなるよ。母の口癖が身に沁みるこの頃である。 悲観的に考えないこと。楽天家の母から教えられる事が多い。
そんな母も今年は74歳になる。 少しでも楽をさせてあげたい。それが私の仕事でもあった。
みんなの笑顔がそろい無事に今年も始まる。 不景気風に負けないように頑張ろうねと励ましあった。
お昼。山里の雪が激しくなる。あらあらと言う間に積もり始めた。 今日は早じまいしようかねと母が言ってくれて私も急いで帰路につく。
横殴りの雪。まるで吹雪のような雪だった。そんな雪はやはり怖い。
急いで帰宅したものの平野部はほんの小雪で積雪もなくほっとする。
私を帰した母はどうしているのだろう。早じまいが出来ていたらいいな。
明けて三日。今日も穏やかな小春日和となる。
毎年必ずお参りを欠かさずにいる隣町の延光寺に初詣に行く。 なにがあってもこれだけはと自分にとってはとても大切なことだった。
きりりっと身が引き締まるようなおもい。 ここから一歩踏み出すような気持ちにいつもなる。
そうして始まる一年。それがどんなにかありがたいことだろうか。
本堂でお参りを済ませ裏山のミニ四国霊場を巡った。 去年のことを思い出す。ひどく疲れてしまってもう最後かもしれないと。 情けない気持ちとうらはらに、いやなんとしても遣り遂げようと思う気持ち。
今年も少し不安だった。途中で歩けなくなるかもしれない。 けれども諦めるわけにはいかない。とにかく歩くしかない。
意を決して山道を登り始める。急がないこと。ゆっくりで良いのだ。
ひとつひとつの仏像に手を合わせながら少しずつ勇気が湧いてくる。
木漏れ日に光り輝く仏様。椿の花を仰ぎ見るように立つ仏様。
ふうふうと喘ぎながらではあったがなんとか50番まで辿り着く。 すると不思議と足が軽くなったような気がしてすっかり元気になった。
とうとう最後の88番。その時の清々しさは言葉では言い表せないほどだった。
本物の四国霊場にくらべればほんのわずかのささやかなこと。
けれども私にとってはこれが大切な一歩である。
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