昨日からの寒波が少しずつ緩んでいく。 やさしいおひさまがとてもありがたく思う。
帰宅するとポストに年賀状が届いていた。 二年間ずっと音信不通だったひと。 元気にしているだろうかと気掛かりでならず。 お誕生日のメールと年賀状だけは欠かさずにいた。
便りの無いのは元気な証拠。やっとそう思えるようになって。 何があってもこの縁だけは切れることはないだろうと信じていた。
「元気にしていますか?」年賀状にはそう記されてあった。
もちろん元気ですよ。あなたも元気でいてくれたのですね。
ながいようで短かった二年間がそうして一気に埋まっていった。
出会ってから9年。私はずいぶんと変わってしまったかもしれない。 同じようにそのひとも変わってしまったのだろうと思う。
ほんとうにたいせつな縁。か細い糸でも自分から切ることは決してしない。
かといってこれ以上手繰り寄せることはないだろう。
それぞれの日々。それぞれの明日を精一杯に生きていこうね。
強い北風に小雪が舞う寒い朝。
お正月気分を吹っ切るように今日が仕事始めだった。 また日常が始まるのだなと少し感慨深く思ったりする。
すべてが順調とは限らないけれど。 何事も丸く収まるような日々であってほしいものだ。
なんとかなるよ。母の口癖が身に沁みるこの頃である。 悲観的に考えないこと。楽天家の母から教えられる事が多い。
そんな母も今年は74歳になる。 少しでも楽をさせてあげたい。それが私の仕事でもあった。
みんなの笑顔がそろい無事に今年も始まる。 不景気風に負けないように頑張ろうねと励ましあった。
お昼。山里の雪が激しくなる。あらあらと言う間に積もり始めた。 今日は早じまいしようかねと母が言ってくれて私も急いで帰路につく。
横殴りの雪。まるで吹雪のような雪だった。そんな雪はやはり怖い。
急いで帰宅したものの平野部はほんの小雪で積雪もなくほっとする。
私を帰した母はどうしているのだろう。早じまいが出来ていたらいいな。
明けて三日。今日も穏やかな小春日和となる。
毎年必ずお参りを欠かさずにいる隣町の延光寺に初詣に行く。 なにがあってもこれだけはと自分にとってはとても大切なことだった。
きりりっと身が引き締まるようなおもい。 ここから一歩踏み出すような気持ちにいつもなる。
そうして始まる一年。それがどんなにかありがたいことだろうか。
本堂でお参りを済ませ裏山のミニ四国霊場を巡った。 去年のことを思い出す。ひどく疲れてしまってもう最後かもしれないと。 情けない気持ちとうらはらに、いやなんとしても遣り遂げようと思う気持ち。
今年も少し不安だった。途中で歩けなくなるかもしれない。 けれども諦めるわけにはいかない。とにかく歩くしかない。
意を決して山道を登り始める。急がないこと。ゆっくりで良いのだ。
ひとつひとつの仏像に手を合わせながら少しずつ勇気が湧いてくる。
木漏れ日に光り輝く仏様。椿の花を仰ぎ見るように立つ仏様。
ふうふうと喘ぎながらではあったがなんとか50番まで辿り着く。 すると不思議と足が軽くなったような気がしてすっかり元気になった。
とうとう最後の88番。その時の清々しさは言葉では言い表せないほどだった。
本物の四国霊場にくらべればほんのわずかのささやかなこと。
けれども私にとってはこれが大切な一歩である。
明けてふつか。やわらかな冬の陽射しにつつまれる。
そうして静か。ふたりっきりは少しさびしい気もした。
今日はのんびりを決めつけてごろごろと寝正月。 炬燵がとてもありがたい。猫のような一日だった。
うたた寝から目覚めればもう散歩の時間になっていた。 早く行こうよとあんずが犬小屋から甘えた声で呼んでいる。
それはいつもと変わらない日常。そんな日常がいとしい。 特別なことなんて何もいらないのだとつくづくおもった。
川辺の道を歩く。栴檀の木の実を見上げたり川面をながめたり。 もうすぐ夕陽に変わるおひさまのなんとまぶしいことだろうか。
お大師堂にはお遍路さんのたくさんの荷物が広げられていた。 姿が見えず買物にでも行ったのかなと思っていると声が聞こえた。 川で洗濯をしていたらしく「こんにちは」と言って帰って来てくれた。
汽水域の川の水は塩分があり洗濯には向いていないのだけれど。 汚れを落すだけでじゅんぶんなのですよと気にならないようす。
水道の無い事を詫びるばかり。どんなにか不便な事だろうと思う。
けれどもお遍路さんは微笑んでくれてなんだか救われたような気持ち。
その笑顔が忘れられない。その笑顔がこころからの微笑みに思えた。
今年初のささやかな出会いであった。とても嬉しくおもう。
このさきどんな出会いが待っていることだろう。楽しみなことだった。
いつもと変わらない穏やかな朝が愛しくてならなかった。
ああ無事に新しい年が始まったのだなと感慨深くおもう。
どんな年になるのだろうと不安に思うこともたくさんあるけれど。 前を向いてすくっと笑顔で歩んでいればきっと乗り越えられるだろう。
笑う角には福来る。平穏無事でいられることが何よりの福である。
お昼には家族が皆揃いにぎやかな元旦となった。 夜勤明けの息子も眠気よりもビールだとそれは愉快。 サチコは食欲旺盛で私の作った昆布巻きを喜んでくれた。 お婿さんは好物の蟹と鶏の唐揚げ卵焼きなどをがっつり。
家族はほんとうに宝物である。今年は新しい命も誕生する。 それがなんだか奇蹟のように思えてならない母であった。
どうか今年も皆が健康で平穏無事に暮らせますように。
お大師堂に初詣。穏やかな気持ちのままで手を合わす。
この清々しさはなんだろう。心が洗われたような気分であった。
見渡せばゆったりと流れる大河。その流れは広大な海へと続く。
私も流されていくのかもしれない。そんな日々に身をまかせようではないか。
今年もいちまいの布が出来上がりました。
ほんの少しちぐはぐとしていてかっこ悪いけれど。
ほほをよせてみるとふんわりとやわらかな布です。
ありのままでいられることはとてもしあわせなこと。
まがっていてもほころびていてもそれが愛しいもの。
ていねいにたたんでこころの引き出しにそっとしまいます。
たくさんの縁にめぐまれたこのいちねんでした。
そうしていただいた糸で織り続けることができました。
ありがとうございます。手を合わすたびに感じるぬくもり。
そのぬくもりを宝物のようにおもって抱きしめています。
これからもわたしの日々が続きます。生きているかぎり。
そうしていのちの布を織りつづけていきたいです。
追記:今年最後の日記となりました。 いつも読んでくださってほんとうにありがとうございます。 それがどんなにか励みになったことでしょう。 みなさまどうかよいお年をおむかえください。
朝の寒さがゆっくりと和らいでいく。 やわらかな冬の陽射しがとてもありがたい。
今年もあとふつか。あらあらと言う間に日々が流れてきた。 特に12月の早いこと。師走とはよく言ったものだとおもう。
そんな日々を少しでも丁寧に生きようとずっと思ってきた。 自分ではよくわからない。とにかく精一杯だったようにも思う。
なにか大切なことを忘れてはいなかったか。
このままで良いのだろうかと自問することも多い。
だいじょうぶだよともうひとりの自分がこたえる。
きっとやれるだけのことを成し遂げたのだろうとほっとする。
ああすれば良かった。こうすれば良かったと思うこともあるけれど。 過ぎたことは取り返しがつかないのが世の習いである。
だから前を向く。これまでのことよりこれからを大切に生きたいと思う。
だいじょうぶだよ。だいじょうぶだよ。だいじょうぶだよ。
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