明けて三日。今日も穏やかな小春日和となる。
毎年必ずお参りを欠かさずにいる隣町の延光寺に初詣に行く。 なにがあってもこれだけはと自分にとってはとても大切なことだった。
きりりっと身が引き締まるようなおもい。 ここから一歩踏み出すような気持ちにいつもなる。
そうして始まる一年。それがどんなにかありがたいことだろうか。
本堂でお参りを済ませ裏山のミニ四国霊場を巡った。 去年のことを思い出す。ひどく疲れてしまってもう最後かもしれないと。 情けない気持ちとうらはらに、いやなんとしても遣り遂げようと思う気持ち。
今年も少し不安だった。途中で歩けなくなるかもしれない。 けれども諦めるわけにはいかない。とにかく歩くしかない。
意を決して山道を登り始める。急がないこと。ゆっくりで良いのだ。
ひとつひとつの仏像に手を合わせながら少しずつ勇気が湧いてくる。
木漏れ日に光り輝く仏様。椿の花を仰ぎ見るように立つ仏様。
ふうふうと喘ぎながらではあったがなんとか50番まで辿り着く。 すると不思議と足が軽くなったような気がしてすっかり元気になった。
とうとう最後の88番。その時の清々しさは言葉では言い表せないほどだった。
本物の四国霊場にくらべればほんのわずかのささやかなこと。
けれども私にとってはこれが大切な一歩である。
明けてふつか。やわらかな冬の陽射しにつつまれる。
そうして静か。ふたりっきりは少しさびしい気もした。
今日はのんびりを決めつけてごろごろと寝正月。 炬燵がとてもありがたい。猫のような一日だった。
うたた寝から目覚めればもう散歩の時間になっていた。 早く行こうよとあんずが犬小屋から甘えた声で呼んでいる。
それはいつもと変わらない日常。そんな日常がいとしい。 特別なことなんて何もいらないのだとつくづくおもった。
川辺の道を歩く。栴檀の木の実を見上げたり川面をながめたり。 もうすぐ夕陽に変わるおひさまのなんとまぶしいことだろうか。
お大師堂にはお遍路さんのたくさんの荷物が広げられていた。 姿が見えず買物にでも行ったのかなと思っていると声が聞こえた。 川で洗濯をしていたらしく「こんにちは」と言って帰って来てくれた。
汽水域の川の水は塩分があり洗濯には向いていないのだけれど。 汚れを落すだけでじゅんぶんなのですよと気にならないようす。
水道の無い事を詫びるばかり。どんなにか不便な事だろうと思う。
けれどもお遍路さんは微笑んでくれてなんだか救われたような気持ち。
その笑顔が忘れられない。その笑顔がこころからの微笑みに思えた。
今年初のささやかな出会いであった。とても嬉しくおもう。
このさきどんな出会いが待っていることだろう。楽しみなことだった。
いつもと変わらない穏やかな朝が愛しくてならなかった。
ああ無事に新しい年が始まったのだなと感慨深くおもう。
どんな年になるのだろうと不安に思うこともたくさんあるけれど。 前を向いてすくっと笑顔で歩んでいればきっと乗り越えられるだろう。
笑う角には福来る。平穏無事でいられることが何よりの福である。
お昼には家族が皆揃いにぎやかな元旦となった。 夜勤明けの息子も眠気よりもビールだとそれは愉快。 サチコは食欲旺盛で私の作った昆布巻きを喜んでくれた。 お婿さんは好物の蟹と鶏の唐揚げ卵焼きなどをがっつり。
家族はほんとうに宝物である。今年は新しい命も誕生する。 それがなんだか奇蹟のように思えてならない母であった。
どうか今年も皆が健康で平穏無事に暮らせますように。
お大師堂に初詣。穏やかな気持ちのままで手を合わす。
この清々しさはなんだろう。心が洗われたような気分であった。
見渡せばゆったりと流れる大河。その流れは広大な海へと続く。
私も流されていくのかもしれない。そんな日々に身をまかせようではないか。
今年もいちまいの布が出来上がりました。
ほんの少しちぐはぐとしていてかっこ悪いけれど。
ほほをよせてみるとふんわりとやわらかな布です。
ありのままでいられることはとてもしあわせなこと。
まがっていてもほころびていてもそれが愛しいもの。
ていねいにたたんでこころの引き出しにそっとしまいます。
たくさんの縁にめぐまれたこのいちねんでした。
そうしていただいた糸で織り続けることができました。
ありがとうございます。手を合わすたびに感じるぬくもり。
そのぬくもりを宝物のようにおもって抱きしめています。
これからもわたしの日々が続きます。生きているかぎり。
そうしていのちの布を織りつづけていきたいです。
追記:今年最後の日記となりました。 いつも読んでくださってほんとうにありがとうございます。 それがどんなにか励みになったことでしょう。 みなさまどうかよいお年をおむかえください。
朝の寒さがゆっくりと和らいでいく。 やわらかな冬の陽射しがとてもありがたい。
今年もあとふつか。あらあらと言う間に日々が流れてきた。 特に12月の早いこと。師走とはよく言ったものだとおもう。
そんな日々を少しでも丁寧に生きようとずっと思ってきた。 自分ではよくわからない。とにかく精一杯だったようにも思う。
なにか大切なことを忘れてはいなかったか。
このままで良いのだろうかと自問することも多い。
だいじょうぶだよともうひとりの自分がこたえる。
きっとやれるだけのことを成し遂げたのだろうとほっとする。
ああすれば良かった。こうすれば良かったと思うこともあるけれど。 過ぎたことは取り返しがつかないのが世の習いである。
だから前を向く。これまでのことよりこれからを大切に生きたいと思う。
だいじょうぶだよ。だいじょうぶだよ。だいじょうぶだよ。
| 2011年12月28日(水) |
ふつうに暮らしてきて |
山里はいちめんの霜の朝だった。 先日の雪がまだ残っている場所もある。
一番のりした職場で暖房を入れ皆が揃うのを待つ。 「おはよう」と笑顔で迎えるのが自分の役目のように思った。
仕事は今日も多忙。なんとか30日には仕事納めが出来そう。 今年もいろんなことがあったけれど無事にここまで辿り着く。 難破船のような職場だというのに誰ひとり諦める事がなかった。
職場の庭に今年も千両が紅い実をたくさんつけていた。 好きなだけ切って持って帰りなさいと母が言ってくれる。 仕事帰りにピンクの菊の花を買いさっそく床の間に活ける。 後は榊と鏡餅をそなえれば我が家にもお正月がやって来る。
リセットするにはあまりにも大きな震災のあったこの一年。 そのことを決して忘れず希望を持って一歩踏み出したいものだ。
これまで当たり前のように思っていたことがとても尊い。 日々の暮らしの中で自分がどんなに恵まれているかを思い知った。
それが私の今年のすべてであると言っても良い。
心苦しく思うこともたくさんあったけれど。
ふつうに暮らすことがいちばんなのだよとおしえてくれた友もいた。
その言葉にどんなにか救われたことだろう。
そのふつうをこれからも守りたい。それはとてもありがたいことだもの。
寒波も峠を越えたのか日中は少し暖かくなる。 やわらかな冬の陽射し。陽だまりのような心になりたい。
仕事は昨日の今日で朝から緊張していたけれど。 荒波がたつこともなく無事にいちにちを終えた。 このまま平穏に仕事納めが出来たら良いなと思う。
ひとのこころはそれぞれだけれど。 ちょっとした一言で機嫌を損ねてしまったり。 誤解を招くようなこともあるのかもしれなかった。
むつかしいね。ひとって。つくづくとそう思う。
家に帰ればいつも穏やかなひとが迎えてくれる。 それがどんなにかありがたいことだろうか。 土曜日に作ったおでんがまだ残っていて。 お昼に食べてしまえば良かったのにと言うと。 残しておけばおまえが楽だろうと笑いながら応える。
どんぐりころころのお散歩。お大師堂のお参り。 いつもと変わらない平穏な時間が過ぎ今日も暮れる。
あたりが薄暗くなった頃。一番星を見つけた。
そのすぐそばには細くて折れてしまいそうな月が見えた。
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