ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年12月21日(水) ありがとうございました

今日も穏やかないちにち。

年末の気忙しさも少しはあるけれど。
ゆったりとした気持ちでいられる時がありがたいものだ。

あれもこれもしなくてはと焦る気持ちが今年はあまりない。
まあなるようになるだろうとど〜んと構えているような感じである。

あと10日もすれば今年が終わるのかと感慨深く思うことも多い。
今年は特に大変なことがあってこんなに心を痛めた年はなかった。
そんな年が終わるのだとしてもどうして忘れることが出来ようか。

日々平穏をかみしめるような毎日だった。
普通に暮らし平凡に生きることがとても尊いことのように思えてならない。




いつもの散歩道。毎日見ている変わり映えのしない風景も愛しい。

水仙の花。大きな銀杏の木。鳥がたわむれる栴檀の木。

ゆったりと進む遊覧船。静かに釣り糸をたれる川舟の老人。

「ありがとうございました」今日もお大師堂で手を合わす。



2011年12月20日(火) 豚汁ばんざい!

今夜は豚汁にしてみた。

我が家のは最初からおうどんを入れたりお餅を入れたりする。

だから豚汁と言うより煮込みうどんのお餅のせみたいになる。

そうして私だけ桃屋のキムチの素をぶっかけて食べるが好き。

それがとても美味しいのである。なんとも身体が温まるのである。

紅く染まったおうどんやお餅。お豆腐や白菜もめっちゃ美味しい。

ご飯は一口も食べずにそればかりをお椀に四杯ほど食べてしまった。

いやはや満足この上ない。こんなに幸せで良いのかしらと思うほど。


明日の朝には残り汁にまたおうどんとお餅を投入するつもりである。

うまくいけば明日の夜も食べられそうである。なんかわくわくしてきた。



2011年12月19日(月) 夢を買ってみる

日中は少し暖かくなる。やわらかな陽射しがとてもありがたい。

職場の庭の山茶花がすっかり枯れてしまったと思っていたけれど。
近づいて見てみるとまだまだたくさん蕾があっておどろいてしまった。

枯れた花に手を添えて散らしてあげたら良いのだと母が教えてくれた。
桜のように潔くは散れない花。椿のようにぽとんと落ちられない花だ。



仕事帰りに今日こそはと思い宝くじを買いに行く。
今のままでじゅうぶんだと思っていてもそれを買うと欲が出てくる。
まさに夢を買った気分であれこれと想像するのがとても楽しいものだ。

もともと貧乏性なものだからリッチな夢をたくさん抱く。
あれもこれも買って死ぬまでお金の苦労をしなくて済むなんて。
そう思っては首を横に振り、人生がつまらなくなるのかなと思い直す。

当たるはずはないだろう。でも当たったらどうしようなんて。
そのうちすっかり当たった気分になってしまうのが愉快でもあった。


そうして今日も平穏無事に暮れていく。

これいじょうのありがたいことなどほかにはないだろうとふと思う。





2011年12月18日(日) 本日も平穏なり

相変わらずの風の冷たさ。
冬の陽射しがとてもありがたい。

陽だまりであんずがうたた寝をしている。
壁に寄りかかってとろんとろんとしていた。
まるで猫のよう。なんとも微笑ましい光景。


朝のうちに買物に行く。
店内はすっかりクリスマスの彩り。
あと一週間か。駆け足のように過ぎていく毎日。

花屋さんの店先でいろんな花を眺めるのが好きだ。
今はシクラメンがとても綺麗。一鉢欲しくてならない。
けれども結局買わずに帰る。せめて心に花を咲かせて。


午後は義妹が新車を買ってくれそうでダイハツへ一緒に行く。
これも私の仕事のうちで、年内になんとしても売らねばならなかった。
良かった。商談成立。義妹は迷うことなくタントを買ってくれることに。
年が明けてからより良いでしょと言ってくれる。とてもありがたい事だった。


そうして今日も夕暮れ時となりいつもの散歩。
冷たい風のなかおいちにっおいちにっと元気に歩く。

お大師堂には例のお遍路さんがまだ静養中だったけれど。
風邪もずいぶんと楽になったそうで明日は旅立つということ。
そのまま四国で年を越すらしく家に帰る予定は無いのだそうだ。

何か事情がありそうで詳しく訊くのも憚られた。
せめて暖かな場所で無事に新しい年を迎えて欲しいと願うばかりである。



2011年12月17日(土) 負けるなしんちゃん

朝はとても寒かったけれど、日中のひだまりにほっとする。
ふと思い立ち玄関先の庭木にクリスマスの飾りを付けてみた。
殺風景だった玄関のあたりがぱっと明るくなり心も和んでくる。

誰か訪ねてこないかしらと思っていると突然息子が帰って来た。
飾りつけなどにはまったく興味を示さずひどく疲れている様子。

夜勤明けだからと言ってそのまま炬燵にもぐり込んでしまった。
お昼までそっと寝かしてあげようと思いながらも気になってしまい
ついつい寝顔を覗き込んでしまう。青白い顔ぼさぼさの髪そして髭。

なんとも複雑な気持ちになり可哀想でならなくなった。
過酷な職場でありどんなにか疲れていることだろうと思う。

けれども食欲は旺盛でお昼には起きてたくさんご飯を食べてくれた。
それはとてもほっとする光景。食べている時だけは息子も笑顔だった。

来年早々にまた異動がありより過酷な現場に行かされるのだそうだ。
「俺はもうどうなってもいい」などど投げやりな言葉も呟いたりする。
なんという試練だろうと父も母も思う。今度こそ限界なのかもしれない。

頑張らなくてもいいよ。一生懸命でなくてもいいよ。
テキトウなのもいいし。いいかげんだってもいいんだ。

夕方まで寝るから。そう言ってまた炬燵にもぐりこむ息子であった。

父も母もはらはらとするばかり。これが見守るということだろうか。
ただそんな息子をしっかりと受けとめることしか出来なかった。

夕方になりお風呂に入った息子は友達との忘年会だからと帰って行く。
よほど楽しみにしていたのだろう。その頃にはすっかり上機嫌だった。

辛いことばかりではない。楽しいことや嬉しいこともきっとある。
そんな日があるから人って日々を乗り越えていけるのかもしれないよ。

負けるなしんちゃん。乗り越えられない試練を神様は決して与えないのだから。



2011年12月16日(金) 毛糸の帽子

寒波が南下してきたらしく午後からぐんと寒くなる。
山里ではみぞれのような雨が降り今にも雪に変わりそうだった。
西日本の各地から初雪の便り。四万十の初雪も近いことだろう。


帰宅するなり毛糸の帽子を被って散歩に出掛ける。
冷たい風が吹いていても頭だけはほっこりと暖かい。

子供の頃を思い出す。母の編んでくれた帽子が大好きだったこと。



お大師堂には昨日から逗留しているお遍路さんがいた。
風邪をひいてしまって体調があまり良くないという事。
くれぐれも無理をしないようにと伝えることしか出来なかった。

ながい道中いろんなアクシデントがあって当然なのではないか。
野宿ばかりではゆっくりと休める場所など限られているのではと思う。

休める場所でゆっくりと静養してまた元気に歩き出してほしいものだ。

あまり長話も出来ず家路を急いだけれど、明日も会えそうな気がする。


自転車をぐんぐん飛ばして帰る道。やはり毛糸の帽子はありがたいな。



2011年12月15日(木) がんばれ命

少し風が冷たかったけれど穏やかによく晴れる。

山茶花の花が散り始めはらはらとそれは儚い。
けれども南天や千両の赤い実がとても鮮やか。

赤い鳥小鳥なぜなぜ赤い。赤い実を食べた。

そんな歌をふと口ずさんではその実を愛でる。



今日はサチコの検診日だった。
病院の帰りに家に寄ってくれるというので。
仕事を終えるなり浮き立つような気持ちで家路を急ぐ。

楽しみにしていた写真とビデオを三人で見る。
ひと月前よりもずいぶんと大きくなっている赤ちゃん。
あっちを向いたりこっちを向いたりでんぐり返ったりしていた。

すごいおてんばの女の子か。それともやんちゃな男の子かと。
それはそれは微笑ましくビデオに釘付けになってしまった。

感動したのは五本の手の指がちゃんと見えたこと。
その手も盛んに動いていてなんだかお腹の中で踊っているよう。

きっときっと元気な赤ちゃんが生まれるのにちがいない。

なんだか夢を見ているような気持ち。小さな命が確かにそこで生きている。


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