ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年12月19日(月) 夢を買ってみる

日中は少し暖かくなる。やわらかな陽射しがとてもありがたい。

職場の庭の山茶花がすっかり枯れてしまったと思っていたけれど。
近づいて見てみるとまだまだたくさん蕾があっておどろいてしまった。

枯れた花に手を添えて散らしてあげたら良いのだと母が教えてくれた。
桜のように潔くは散れない花。椿のようにぽとんと落ちられない花だ。



仕事帰りに今日こそはと思い宝くじを買いに行く。
今のままでじゅうぶんだと思っていてもそれを買うと欲が出てくる。
まさに夢を買った気分であれこれと想像するのがとても楽しいものだ。

もともと貧乏性なものだからリッチな夢をたくさん抱く。
あれもこれも買って死ぬまでお金の苦労をしなくて済むなんて。
そう思っては首を横に振り、人生がつまらなくなるのかなと思い直す。

当たるはずはないだろう。でも当たったらどうしようなんて。
そのうちすっかり当たった気分になってしまうのが愉快でもあった。


そうして今日も平穏無事に暮れていく。

これいじょうのありがたいことなどほかにはないだろうとふと思う。





2011年12月18日(日) 本日も平穏なり

相変わらずの風の冷たさ。
冬の陽射しがとてもありがたい。

陽だまりであんずがうたた寝をしている。
壁に寄りかかってとろんとろんとしていた。
まるで猫のよう。なんとも微笑ましい光景。


朝のうちに買物に行く。
店内はすっかりクリスマスの彩り。
あと一週間か。駆け足のように過ぎていく毎日。

花屋さんの店先でいろんな花を眺めるのが好きだ。
今はシクラメンがとても綺麗。一鉢欲しくてならない。
けれども結局買わずに帰る。せめて心に花を咲かせて。


午後は義妹が新車を買ってくれそうでダイハツへ一緒に行く。
これも私の仕事のうちで、年内になんとしても売らねばならなかった。
良かった。商談成立。義妹は迷うことなくタントを買ってくれることに。
年が明けてからより良いでしょと言ってくれる。とてもありがたい事だった。


そうして今日も夕暮れ時となりいつもの散歩。
冷たい風のなかおいちにっおいちにっと元気に歩く。

お大師堂には例のお遍路さんがまだ静養中だったけれど。
風邪もずいぶんと楽になったそうで明日は旅立つということ。
そのまま四国で年を越すらしく家に帰る予定は無いのだそうだ。

何か事情がありそうで詳しく訊くのも憚られた。
せめて暖かな場所で無事に新しい年を迎えて欲しいと願うばかりである。



2011年12月17日(土) 負けるなしんちゃん

朝はとても寒かったけれど、日中のひだまりにほっとする。
ふと思い立ち玄関先の庭木にクリスマスの飾りを付けてみた。
殺風景だった玄関のあたりがぱっと明るくなり心も和んでくる。

誰か訪ねてこないかしらと思っていると突然息子が帰って来た。
飾りつけなどにはまったく興味を示さずひどく疲れている様子。

夜勤明けだからと言ってそのまま炬燵にもぐり込んでしまった。
お昼までそっと寝かしてあげようと思いながらも気になってしまい
ついつい寝顔を覗き込んでしまう。青白い顔ぼさぼさの髪そして髭。

なんとも複雑な気持ちになり可哀想でならなくなった。
過酷な職場でありどんなにか疲れていることだろうと思う。

けれども食欲は旺盛でお昼には起きてたくさんご飯を食べてくれた。
それはとてもほっとする光景。食べている時だけは息子も笑顔だった。

来年早々にまた異動がありより過酷な現場に行かされるのだそうだ。
「俺はもうどうなってもいい」などど投げやりな言葉も呟いたりする。
なんという試練だろうと父も母も思う。今度こそ限界なのかもしれない。

頑張らなくてもいいよ。一生懸命でなくてもいいよ。
テキトウなのもいいし。いいかげんだってもいいんだ。

夕方まで寝るから。そう言ってまた炬燵にもぐりこむ息子であった。

父も母もはらはらとするばかり。これが見守るということだろうか。
ただそんな息子をしっかりと受けとめることしか出来なかった。

夕方になりお風呂に入った息子は友達との忘年会だからと帰って行く。
よほど楽しみにしていたのだろう。その頃にはすっかり上機嫌だった。

辛いことばかりではない。楽しいことや嬉しいこともきっとある。
そんな日があるから人って日々を乗り越えていけるのかもしれないよ。

負けるなしんちゃん。乗り越えられない試練を神様は決して与えないのだから。



2011年12月16日(金) 毛糸の帽子

寒波が南下してきたらしく午後からぐんと寒くなる。
山里ではみぞれのような雨が降り今にも雪に変わりそうだった。
西日本の各地から初雪の便り。四万十の初雪も近いことだろう。


帰宅するなり毛糸の帽子を被って散歩に出掛ける。
冷たい風が吹いていても頭だけはほっこりと暖かい。

子供の頃を思い出す。母の編んでくれた帽子が大好きだったこと。



お大師堂には昨日から逗留しているお遍路さんがいた。
風邪をひいてしまって体調があまり良くないという事。
くれぐれも無理をしないようにと伝えることしか出来なかった。

ながい道中いろんなアクシデントがあって当然なのではないか。
野宿ばかりではゆっくりと休める場所など限られているのではと思う。

休める場所でゆっくりと静養してまた元気に歩き出してほしいものだ。

あまり長話も出来ず家路を急いだけれど、明日も会えそうな気がする。


自転車をぐんぐん飛ばして帰る道。やはり毛糸の帽子はありがたいな。



2011年12月15日(木) がんばれ命

少し風が冷たかったけれど穏やかによく晴れる。

山茶花の花が散り始めはらはらとそれは儚い。
けれども南天や千両の赤い実がとても鮮やか。

赤い鳥小鳥なぜなぜ赤い。赤い実を食べた。

そんな歌をふと口ずさんではその実を愛でる。



今日はサチコの検診日だった。
病院の帰りに家に寄ってくれるというので。
仕事を終えるなり浮き立つような気持ちで家路を急ぐ。

楽しみにしていた写真とビデオを三人で見る。
ひと月前よりもずいぶんと大きくなっている赤ちゃん。
あっちを向いたりこっちを向いたりでんぐり返ったりしていた。

すごいおてんばの女の子か。それともやんちゃな男の子かと。
それはそれは微笑ましくビデオに釘付けになってしまった。

感動したのは五本の手の指がちゃんと見えたこと。
その手も盛んに動いていてなんだかお腹の中で踊っているよう。

きっときっと元気な赤ちゃんが生まれるのにちがいない。

なんだか夢を見ているような気持ち。小さな命が確かにそこで生きている。



2011年12月14日(水) しあわせ

今朝の山里は深い霧につつまれていた。
日が昇るにつれてその霧が晴れていく。
しっとりした空気に光が降り注ぐ様は。
なんとも清々しく心地よい光景であった。

ときどきじぶんもそんなときがある。
わけもなくもやもやとしているときに。
きっかけのように光がさしてくるときが。

ああ生きているんだなってすごく感じる瞬間。



今日も平穏無事。なんとありがたいことだろう。
まわりがすべて穏やかに見えて自分も穏やかでいられる。

波風をたてないようにつとめる。静かな湖のように。
もしも荒れたとしたらそれはきっとじぶんのせいだろう。



散歩道を歩けば河川敷の栴檀の実にこころがひかれる。
決して宝石ではないけれどその粒たちが空の宝物のよう。

お大師堂の銀杏の葉がはらはらと舞い降りてくる。
やがて地面を埋め尽くすことだろう。黄金色の絨毯。

見るものすべてが愛しくてならない。これが私のしあわせだった。




2011年12月13日(火) ちょっと昔のあんず

久しぶりの山里。峠道を越えると粉雪のような霜が降りていた。
寒いだろうな。ほんの少しクルマの窓を開けるとぶるっとする。
けれどもそんな寒さが心地よい。懐かしくなるような山里の風景だった。

母も同僚も変わりなく元気。仕事もてんこもりでやる気満々になる。
あらあらという間に時間が過ぎてしまって気がつけば帰宅時間になっていた。

家に帰り着けばもう散歩の時間。あんずも待ちかねていた。
今日もランちゃんに会えたら良いね。そう語りかけて出掛ける。
残念ながら会えなかったけれど、満足そうな様子にほっとした。


そうしてお大師堂。通い始めてもう三年が過ぎたことになる。
その間なんといろんな出会いがあったことだろうと思い出すことも多い。
一度きりの出会いもあれば10回も再会が叶った出会いもあった。

「竹島大師堂」ネットで検索すると画像が出てくると友が教えてくれる。
私もさっそく試してみた。そうしたら思いがけずにたくさん見つかった。

そうしてひとりのお遍路さんのブログに辿り着いた。
2009年5月28日のブログを見てびっくり。なんとそこにあんずの姿があった。

「四万十川 竹島のわんこ」 とありお大師堂の前に繋がれているあんずである。

その日私は確かにお遍路さんと出会っているはずであった。
そうして自分のその日の日記を読み返しはっきりとそのことを思い出す。

私がお参りをしているあいだ、そのひとがあんずと遊んでくれたのだ。
しっかりカメラ目線のあんず。一瞬のうちに懐いていたのだと思う。

私だけではない。あんずにもこんな出会いがあったのだとすごく嬉しくなった。


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