いちだんと肌寒い朝。風も冷たく身震いをするほど。 まだまだこれからが冬本番。少しずつ慣れていくだろうか。
年々寒さに弱くなっている我が身を感じる。 子供の頃には大好きだった冬が苦手になる。 霜柱を踏んだり雪遊びをしたのは遠い昔のこと。
いまは老いた猫のようになって陽だまりをさがしている。
このままで良いのだろうかと猫はおもう。 もっともっと冬の楽しみを見つけたいものだ。
いつもの散歩道。ついに冬の防寒着を着て行く。 フードをすっぽりと被ればとても暖かかった。 何人か散歩仲間に会うと皆まだ薄着で頑張っている。 少し恥ずかしくなってそっとフードを外したりした。
お大師堂は西日が差し込んでぽかぽかと暖かい。 しばらくそこでまったりとしていたいのは猫のせいか。
相変わらず泣き叫ぶあんずのこともあまり気にならなくなった。 どんなに呼んでも私はわたしの日課を全うするしかない。
せっかくの穏やかな気持ちが犬と喧嘩していては台無しだもの。
と。猫はおもう。ぐんぐんと早く家に帰ろうと急ぐ犬の後から。
わざとゆっくりと歩いてみせる猫であった。
雲ひとつない青空。小春日和かなと思っていたけれど。 風がだんだんと強くなり木枯らしのように吹き荒れる。
朝のうちに買物に行った。食料品を買い衣料品を見る。 特に欲しい物もなくあれこれと手にとっては元に戻す。 普段はそんな時間がないから日曜日ぐらいはと思った。
午後は例のごとくごろごろ。炬燵がとてもありがたい。 「アッコにおまかせ」を見ているうちに眠り込んでいた。 何度か目を覚ましてはまたうとうととついに三時になる。
洗濯物を取り入れているとあんずがまた大声で叫び出す。 「早くしろ」と命令されているようでちょっとむっとした。
甘えているだけだよ。彼が言ってくれてはっと我に返った。 知らず知らずのうちに犬と張り合っている自分が可笑しい。
冷たい向かい風の中を突っ切るようにしてふたりで歩いた。 もしもあんずがいなくなってしまたらとふと考えていた。 私はひとりでも散歩を続けられるだろうかなんて思った。
ながくてあと5年。犬の寿命の短さをあらためて感じる。 そう思うとどんなに喧嘩をしてもこんなに愛しいものはなかった。
甘えたいだけ甘えればいい。いっぱいわがまま言えばいい。
母さんはいつも優しいわけではないけれど。ゆるしてねあんず。
朝から激しい雨と風。まるで嵐のようだった。 雨音を聞きながら家の中でまったりと過ごす。
そんな雨もお昼過ぎには小降りになりサチコがやって来た。 悪阻も治まったようで食欲が出てきたらしくたこ焼きを持参。 たくさん買って来たのだよと言うので私もごちそうになった。
茶の間でお腹の赤ちゃんのビデオを見る。 ひと月前より確かに大きくなっていてほっとする。 元気に動いている心臓。時々手も動かしていて可愛い。 へその緒らしきものも見える。しっかりと繋がっているんだ。
なんとも神秘的なせかい。感動もひとしおであった。
また来月のお楽しみね。元気に帰って行く娘を見送る。 その頃には雨もやみうっすらと陽が射し始めていた。
雨上がりの道を散歩する。とても清々しい気分だった。 青空がなにかのごほうびのように雲の間から見えた。
増水して濁った川に夕陽が道のような光を映し出して。 きらきらと眩しく光る。その光が水を清めてくれるように。
ゆっくりとゆっくりと歩いた。しんこきゅうをいっぱいした。
小雨だった雨が夕方から本降りになってきた。 雨水の弾ける音。地面を叩きつける音。 そのリズミカルな音が耳に心地よく響いてくる。
雨の夜が好きだ。うまく言葉に出来ないけれど。 なんて言ったら良いのだろう。すっぽりと水に。 つつみこまれた湖のなかの生物のようなきもち。
ラベンダーのお香を焚きうっとりとしているいま。 あれこれと日々の事など綴ろうとしていたけれど。 それがなんだかどうでも良い事のように思えてきた。
いまはいまをたのしもう。それがいちばんかもしれない。
今日も平穏な一日だった。とてもありがたいこと。
明日は娘のサチコが顔を見せてくれるそうで楽しみでならない。
| 2011年11月17日(木) |
なんでもないことだけれど |
晴れのちくもり。週末は雨になりそうだ。
夕陽の見えない散歩道を歩く。 ひっそりとしていてし〜んと静かだった。 ただ川の水だけがひたひたと囁いている。
夕食の支度を終えさあ食べようとしたら。 炊飯ジャーの中がかっらぽであらまあだった。 おにぎりでも買って来ようと急いでコンビニへ行く。
そうしたら思いがけずに温かなご飯を売っていて助かる。 お茶碗を汚さなくてもと彼が言いパックのままで食べた。
大相撲中継を観ながらいつもと変わらない平穏な時間。 そそっかしくてちょっとヘマをしたけれどそれも忘れる。
明日の朝はちゃんとご飯が炊けていますように。 そうしてまた平穏にいちにちが始まりますように。
なんでもないことだけれど。それがとても幸せなことに思える。
ご飯を食べたりお風呂に入ったりお布団でぐっすり眠る。
そんな日々の当たり前のことがとてもありがたいことに思える。
ストーブの準備をしておいてよかった。 今朝はそのオレンジ色に心まで暖かくなる。
北の地からはもう雪の便りが届き始める。 どんなにか寒いことだろうと気遣っている。 ながいながい冬。耐え忍ぶような毎日だろう。
南国の冬はつかの間。寒いと言うのも心苦しく思う。
日中はありがたいことに小春日和。 仕事の手を休めてはその陽射しを浴びた。
おひさまのちからはすごいなとおもう。
からだのなかから芽が出てきそうだもの。
それはいつかまいた種。生きているなっておもう。
その芽を大切に育てて春になったら花を咲かそう。
帰宅していつもの散歩道。 除草作業がどんどんと進んでいる道を歩く。 川沿いの道には刈られたススキが横たわっていた。 それはたくさん。なんだか安らかに眠っているよう。
刈られるということは無残なことではないのかもしれない。 ふとそう思った。ススキは少しも悲しそうではなかったから。
げんじつをうけとめるというのはこういうことかな。
なんだか散髪をしてもらってすっきりとしたような根。
だって根はいつまでも生き続けることが出来るのだもの。
その根のことを愛しくおもう。生きているよねって語りかける。
朝の肌寒さが日に日に増していく。 明日の朝も冷えそうでストーブの準備をした。
寒いのは苦手だけれど暖を取る楽しみがある。 炬燵も好き。ストーブのオレンジ色も好きだ。 そうそうそれからお気に入りのちゃんちゃんこも。
今日は父の命日。もう8年が経ってしまった。 しんみりと思い出すことも多いのだけれど。 いつまでも寂しがっていては父が悲しむだけ。 そう思うといつも通りに微笑んでいるのがいちばん。
だって父はいつもそばにいてくれるから。 その存在を確かに感じている毎日だった。
そうしてみんなを見守ってくれている。 平穏無事でいられるのは父のおかげだと思う。
「ねえ、おとうちゃん」遺影に手を合わせ話しかける毎日。
「おお、そうか。それはよかった」と応えてくれる父。
これからもいっぱい私の話を聞いてね。
そうして一緒に喜んでいっぱい微笑んでいてね。
おとうちゃんいつもありがとう。
今日もねみんなが無事で元気でいられたよ。
|