ストーブの準備をしておいてよかった。 今朝はそのオレンジ色に心まで暖かくなる。
北の地からはもう雪の便りが届き始める。 どんなにか寒いことだろうと気遣っている。 ながいながい冬。耐え忍ぶような毎日だろう。
南国の冬はつかの間。寒いと言うのも心苦しく思う。
日中はありがたいことに小春日和。 仕事の手を休めてはその陽射しを浴びた。
おひさまのちからはすごいなとおもう。
からだのなかから芽が出てきそうだもの。
それはいつかまいた種。生きているなっておもう。
その芽を大切に育てて春になったら花を咲かそう。
帰宅していつもの散歩道。 除草作業がどんどんと進んでいる道を歩く。 川沿いの道には刈られたススキが横たわっていた。 それはたくさん。なんだか安らかに眠っているよう。
刈られるということは無残なことではないのかもしれない。 ふとそう思った。ススキは少しも悲しそうではなかったから。
げんじつをうけとめるというのはこういうことかな。
なんだか散髪をしてもらってすっきりとしたような根。
だって根はいつまでも生き続けることが出来るのだもの。
その根のことを愛しくおもう。生きているよねって語りかける。
朝の肌寒さが日に日に増していく。 明日の朝も冷えそうでストーブの準備をした。
寒いのは苦手だけれど暖を取る楽しみがある。 炬燵も好き。ストーブのオレンジ色も好きだ。 そうそうそれからお気に入りのちゃんちゃんこも。
今日は父の命日。もう8年が経ってしまった。 しんみりと思い出すことも多いのだけれど。 いつまでも寂しがっていては父が悲しむだけ。 そう思うといつも通りに微笑んでいるのがいちばん。
だって父はいつもそばにいてくれるから。 その存在を確かに感じている毎日だった。
そうしてみんなを見守ってくれている。 平穏無事でいられるのは父のおかげだと思う。
「ねえ、おとうちゃん」遺影に手を合わせ話しかける毎日。
「おお、そうか。それはよかった」と応えてくれる父。
これからもいっぱい私の話を聞いてね。
そうして一緒に喜んでいっぱい微笑んでいてね。
おとうちゃんいつもありがとう。
今日もねみんなが無事で元気でいられたよ。
朝の肌寒さもつかの間。すぐに暖かくなりほっとする。 春風に似た風が吹いていた。風に吹かれながら空を仰ぐ。
そんな時はふと何かを考えようとしてしまうくせがある。 どうしようもできない事だったり堂々巡りだったりして。
いやいやと首をふる。ただ空を仰いでいるだけでよいのだ。 ぼんやりとしている時間。それがとても大切に思えてくる。
そよ吹く風に吹かれながらぽつねんとしている自分を見る。 心細いことなど何もない。こんなに生きているのにと思う。
大橋を渡って帰宅していると土手の除草作業をしていた。 ああまたそんな頃。なんともあっけなく刈られていく草。 どんどんと雀色に変わっていく土手はなんだかさびしい。
これも冬支度。そうして春の新しい緑を待つしかなかった。 蓬や野スミレや土筆。土の中で息をしている命たちを想う。
老いたススキにさよならを告げるように散歩道を歩いた。 また季節が巡ればきっと会える。決して悲しみやしない。
そうして今日も平穏に暮れていった。
「ありがとうございました」今夜も手を合わせて眠りにつこう。
小春日和に誘われてパンジーの苗を植える。 殺風景だった庭が一気に明るくなった気がする。
パンジーは寒さに強い花。 雪に埋もれることがあってもきっと大丈夫。 そんな花に元気をもらって私も春に向かいたい。
夕暮れ間近の散歩道。夕陽がとても綺麗だった。 川向の山に溶け込むようにして落ちていく太陽。 川面が茜色に染まり水の頬を撫でるように落ちる。
私は平穏をかみしめていた。決して砕かないように。 そっと抱くようにしてそれを胸につつみこむように。
誰もがみんなそうであればどんなにかよいだろうか。 太陽はひとつきりだと言うのにそれぞれの一日がある。
どんなに微笑んでいても涙をながしているひともいる。 そう思うとこころが痛む。どうしようもできないけれど。
出来ることは祈ること。それが私に与えられていること。
手を合わせ目を閉じると不思議な光が見えることがある。
それはきっとこころの太陽。ひとつきりの太陽がそこにある。
快晴ではなかったけれど久しぶりに青空が見えた。 気温も高くなりぽかぽかと暖かい小春日和となる。
平穏な週末ではあったけれど気掛かりな事もあった。 少しでもちからになりたいとはがゆいように思うばかり。
そうしてどうしてもっと早く気づいてあげられなかったのだろうと。 自分を責めたくもなってくる。そのために出会った人かもしれないのに。
今はただ無事を信じて祈るばかり。どうか光を。 すべての光をその人に届けてあげたい気持ちでいっぱいである。
生きているってすばらしいこと。
枯れ始めた野菊だってちゃんと生きている。
老い始めたススキだって風の中で息をしている。
川は海に抱かれるために流れることをやめない。
みんなみんなあたえられたせかいを生きている。
見守られていることを忘れないで。
きみは決して独りぼっちではないよ。
今日も不安定な空模様。時々小粒の雨が落ちる。
幸いなことにこころは晴れている。 くよくよと思い詰めることもない。
どんな時もあるものだけれど。 こんな時を大切にしたいものだ。
多忙だった仕事を終えて帰宅。 今日もあんずの叫び声に急かされ散歩に行く。 途中で自転車に乗った子供たちと一緒になり。 ワンちゃんと遊びたいよと言ってもらって嬉しかった。
ちょっと繋いでおくから遊んであげてねと言った矢先。 リードが首輪から外れてしまってあんずが逃げてしまった。
子供たちも一緒に追いかけてくれたけれど。 追えば追うほど好き勝手に逃げ回るのだった。
「野良犬になっちゃっうよ」子供たちの言うとおり。 「お菓子をあげてみようか」そう言って協力もしてくれた。
けれどもとても素早くてどうしても捕まえられない。 そのうち子供たちも諦めてしまって「ばいばい」となる。
私ももう知らない。勝手にすればいいわ。 土手で遊んでいる彼女を無視して家に帰って来た。
そうしたらとぼとぼと後を追ってくるではないか。 犬小屋まで戻ったところをソーセージを見せてやっと捕まえた。
でもなんだか叱る気にはなれなくてそっとしておく。
毎日どんなにか我慢をしていることだろうと思うと。 たまには好きなようにさせてあげても良いだろうと。
人間だと80歳が近いおばあちゃん犬である。
それなのにいつまでたっても甘えん坊でやんちゃなところがちょっと好き。
今日も曇り日。いちだんと肌寒くすっかり初冬を思わす。
おひさまが恋しい。やわらかな陽射しをいっぱいに浴びたい。
仕事から帰宅するなりあんずが叫ぶように声をあげる。 おしっこを我慢していて私の帰りを待ちかねていたようだ。
ほらほら大急ぎと全速力で土手へと駆けていく彼女。 私も引っ張られながら走った。ふぅ早くも息が切れる。
彼女はとても気持ち良さそうにおしっこをする。 その恍惚とした顔。なんともいえない顔をする。
そうしてそれが済むと今度はのんびりと歩き出す。 相変わらず草と戯れるのが好きで道草ばかりしている。
お大師堂の近くの石段の手すりに彼女を繋いだ。 それが彼女にとっていちばん嫌なことのようだ。
とにかく悲鳴のような声をあげて叫び続けている。 置いとけぼりにされるのがよほど寂しいのだろうか。 単に我がままなのだろうか。それは知る由もないけれど。
泣き叫ぶ我が子を独りぼっちにするような母の気持ちになるのだ。
けれどもそれがもう日課になってしまった。 そうして私はやっとお大師堂にお参りすることが出来る。
そこまでしなくてもとふと自分を咎めるような気持ちにもなる。
けれどもこれだけは譲れないと強気になってしまうのだった。
お大師様もきっと毎日微笑んでいることだろう。
ワンちゃん今日も泣いてますよってつぶやいているかも。
「ありがとうございました」手を合わせ何度も頭をさげて。
決して急ぐことなく彼女の元へと帰る。
そうして頭を撫でてあげるとご機嫌になる彼女であった。
|