空は気持ちよく晴れ暖かく穏やかな祭り日和。
朝、高台の神社からお神輿が出て秋祭りが始まる。 どんどこどんどこ太鼓の音に誘われて祭りの広場へと出掛ける。
地区のちいさなお祭りだけれど毎年楽しみにしている。 太鼓の音はもちろんのこと太刀踊りがとても好きだった。
くるりくるりと太刀をまわしながら勇ましく踊る男の子たち。 古くからの伝統を今に受け継ぎ今年も新しい踊り子が加わった。
その一人には息子の同級生の子供もいて。 もうこんなに立派に成長したのかとおどろく。 小学四年生。まだあどけない顔のままとても上手に踊っていた。
息子にもこんな頃があったなと懐かしく思い出す。 上手に踊れるかしらとはらはらしながら見守ったことだった。
ずいぶんと歳月が流れてしまったけれど昨日のことのよう。 そうして少年は青年になりすっかり大人になってしまったけれど。 地元に住んでいれば今も青年団で活躍していたことだろう。
もう一度見てみたいなと無理なことをついつい願ってしまう。
母親ってみんなそうなのかもしれない。
どんなに成長しても子供の頃のあどけない笑顔が懐かしく愛しくてならない。
嵐のようだった昨夜がうそのように静かな朝を迎える。 どこからか鳩の鳴き声。ぽっぽうぽっぽうと可愛い声。
そうして平穏に一日が始まることがとてもありがたくてならない。
新聞の折込にピザ屋さんのチラシがあった。 「照り焼きチキンピザ」なんて美味しそうなのでしょう。 どうしても食べたくなって11時の開店を待ちかねて注文する。
まだかなまだかな。待っている間はそわそわと落ち着かない。 庭に出てうろうろしたり路地をのぞいたりしながら待っていた。
やっと来ました。嬉しくて子供みたいな顔になっていたかもしれない。 Lサイズのピザを二人で残さず平らげる。ついでのビールもまた旨し。 お腹がいっぱいになってなんとも幸せな気分になってしまった。 節約ばかりの毎日だけれど、たまにはささやかな贅沢をしたいなと思う。
午後はあんのじょう眠くなりソファーに埋もれるようにお昼寝をした。 食べて寝てほんとうにだらしないのは今に始まった事ではないけれど。 それも至福のひと時とひとり勝手にうなずいている自分であった。
よっこらしょと起き上がればもう散歩の時間も近い。 昨日は大雨で行けなかったから今日こそはと元気に出掛ける。 胸をはっておいちにっさんし。歩くということはほんとに気持ち良い。
帰り道。土手にはちいさな子供たちが数人集まって遊んでいた。 何気なく近寄って行くとひとりの女の子が大声で泣き出してしまう。 最初は転んだのかなと思ったけれど、そうではなくて犬が怖いのだそう。
ごめんね。ごめんねと謝りながら大急ぎで他の道へと急いだ。 たまにはこんな事もあるのだけれど、ちょっと寂しい気分になった。
ずいぶんと遠回りをしてやっと我が家が近くなって来たと思ったら。 またさっきの子供たちと遭遇する。困ったな・・と戸惑っていたら。
なんと泣いていたはずの女の子が手を振っているではないか。 そばにはお母さんらしき女性が一緒に居てくれてほっとする。
ワンちゃんは怖くないよっておしえてくれたのかもしれない。
「ばいばい!」私も手を振り返してすごく嬉しい気持ちになった。
| 2011年10月21日(金) |
生きているということ |
朝からどしゃ降りの雨。 夕方から風も強くなりまるで嵐のような夜になった。
雨は嫌いではないのだけれど降り過ぎるとやはり怖くなる。 ちょうど良いくらいの雨というのもなかなか難しいものだ。
やまない雨はないという。そっとその時を待つしかなさそう。
朝の職場に思いがけない訃報が届く。 常連のお客さんが突然亡くなったという。 三日目前に来てくれたばかりだというのに。 なんということだろうとひどくショックを受けた。
いつも朗らかでにこにことした笑顔のひとだった。 ひとはこんなにもあっけなく逝ってしまうものなのか。 それは今まで何度も思い知らされてきた事だったけれど。 どうしてもすんなりとは受けとめられない事でもあった。
さびしいね・・・。うん、寂しいねと母とつぶやきあう。
明日は我が身かもしれないと思うと生きている事が奇蹟にも思える。 それは若い頃には思いもしなかった今だからこそ言えることである。
ねえ新しい本を買ったの。お昼休みに読んでみない? 母から手渡されたのは100歳の詩人柴田トヨさんの第二詩集であった。
読みながら涙があとからあとからあふれてくる。
生きているということはこんなにも優しくなれるということ。
生きているということはこんなにもあたたかくなれるということ。
そうしてたくさんの勇気を人々にとどけられるということ。
秋晴れの日が続いていたけれど今日は曇り日。 明日は雨になるのだろうか夜風が少し湿っぽい。
朝の山道を行けば毎年楽しみにしている銀杏の木が。 ほんの少しだけ色づき始めていた。緑を透かすような。 淡い黄金色。まるで光の粒子が踊り始めたように見える。
日に日にそれは変わっていくことだろう。 朝の道の楽しみがひとつ増えたようで嬉しい。
仕事を終えての帰り道。四万十大橋を渡っていたら。 歩道に人がたくさんいて何事かとスピードを落とす。 するとびっくり。そこに純白のドレスを着た花嫁さんがいた。 まるでフランス人形のように可愛くて美しい娘さんだった。
写真撮影をしていたようで青空だったらどんなにか映えるだろうに。 けれどもきっと良い記念になり素晴らしい晴れの日になった事だろう。
思いがけない光景に私のこころも弾むようだった。 帰宅するなり彼に報告したのは言うまでもない。 見せてあげたかったなとつくづく思ったことだった。
そうしていつもの散歩道。風に吹かれながら土手を歩く。
なにも考えることがなかった。とても平和な時間に思える。
お大師堂で手を合わす。ありがとうございましたと手を合わす。
あちらこちらにセイタカアワダチ草が咲いて。 その鮮やかな黄色に目をうばわれるこの頃だった。
花粉症の原因になるらしく嫌う人も多いけれど。 私には嫌う理由もなくむしろ好きだなと思ったりもする。
こんなことを言ったら花粉症の彼に怒られてしまうから。 これはここだけの話。どうかないしょにしておいて下さい。
さて。今日も散歩から帰ったら庭に息子のクルマが。 メールをしてくる時もあれば突然に帰って来る時もある。 それで良いのだなと思った。そんな気まぐれが嬉しくもある。
先日はおでんがたくさんあったけれど、今日はご飯さえ足りない。 お急ぎコースでご飯を炊いて、おかずは質素な物ばかりだった。
こんな物しかなくてごめんねって言うと。 ご馳走じゃないか!と言ってくれる息子。 なんでも美味しいと言ってくれて母はとても嬉しかった。
仕事で疲れているだろうに今日は愚痴もこぼさず。 父親と冗談を言い合っていたり母もにっこりと笑った。
ほんとうに嵐のような子で、今日も食べ終わるなりすぐに帰って行く。 気をつけてね!追いかけるように玄関まで行き息子を見送った。
その後がちょっと愉快。 犬小屋に晩ご飯を持って行った私は「あんちゃんご飯よ」って言うべきところ。
「しんちゃんご飯よ」って思わず息子の名前を呼んでしまったのだ。
可笑しくってひとり笑った。笑いすぎてちょっと涙が出ちゃった。
散歩道の河川敷を歩けば 栴檀の木に可愛い緑の実がたくさんなっていた。 もうそんな季節になったのかと感慨深く見上げる。
川面は夕陽を間近にきらきらと眩しい。 さらさらと流れる水の音も耳に心地よかった。
俯き加減に歩いていたけれどすくっと胸をはる。 自然の恵みがこんなにあふれているのだから。
今日は午前中病院へ行ったり。 パソコンショップへ行ったりと慌しく過ごす。 病院は定期的なもので特に変わったこともなし。 血液検査があって自分の血を見た時どきどきしたくらい。
パソコンショップへ持って行った愛機はというと。 これも異常なく、なんとマウスが壊れているだけだった。 お店の人と大笑いをして新しいマウスを買って帰る。 昨夜は心配ではらはらとしてしまったけれど。 今夜はこうして無事に日記を綴る事が出来る。 少々ネット中毒気味なので良い薬になったかもしれない。
日が暮れてから姑さんの家の仏壇にお線香をあげに行く。 今日は彼の父親の命日であった。もう30年が経ったのか。 なんとながい歳月が流れてしまったことだろう。
57歳で逝ってしまった義父。生きていればとその歳を思う。
ながいこと私たち家族を見守ってくれてありがとう。
おかげで今日もみんなが平穏無事でいられました。
今朝はなんともなかった愛機が突然動かなくなりました(汗)明日修理に持って行きます。早く直ると良いのですが、まともに日記書けなくてごめんなさい(涙)ケイタイからお知らせでした。
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