玉子を早目に茹でておいてお昼におでんを仕込んだ。 二人分だと言うのに土鍋からあふれるほどのおでん。
弱火でことことと一時間くらい煮てあとは滲みこましておく。 これで晩ご飯の支度をもうしなくても良い。楽チンの気分だ。
家中におでんの匂いが漂う。なんとも美味しそうな匂い。 そんな匂いを楽しみながら茶の間でうたた寝をしていたら。 息子から「晩飯食べさせてくれよ」とメールが届いた。
「もう出来てるよ」と返信しながらくすくすと可笑しくなる。 たくさんのおでん。二人より三人のほうがずっと美味しそうだ。
そうして楽しく三人でおでんを食べる。 いつも疲れている息子が今日は元気そうでほっとした。
どんな日もあるものだ。はらはらと心配をしてみたり。 そうかと思えば今日のように笑顔でいてくれたりする。
どんな日があっても父と母は決して変わらない。 いつだって包み込んであげたい気持ちでいつもいるのだから。
じゃあね。またおいでね。今日も手を振って息子を見送った。
すっかり暗くなった路地をクルマのテールランプが見えなくなるまで。
朝からの雨が降りやまず時折りどしゃ降りの雨。
峠道で追い越したお遍路さんのことが気にかかっていた。 若い女性だった。雨の日の歩きはどんなにか辛い事だろう。
せめて声をかけてあげれば良かったといつも後から悔やまれる。 かといって雨がやむわけもなくなんの力にもなれないのだけれど。
いつも元気をいただくばかり。恩返しをしたいものだとつくづく思う。
仕事は今日も来客が多く慌しく時間が流れる。 いつもより少し遅く帰宅。たまにはそんな日もある。
散歩の時間になっても雨は小降りにはならず。 仕方なく今日の散歩は諦めてしまった。
犬小屋に晩ご飯を持って行くと。 あんずがめんどくさそうに顔を出した。 彼女は雨に濡れるのをとてもいやがる。 顔だけ出してドックフードを食べる仕草がまた愉快。
「おしっこ大丈夫?」訊いても返事があるわけもなく。 お腹が空いていたのかわき目も振らずがつがつと食べた。
そうして今日も暮れていく。あっという間にあたりが暗くなる。
特に変わったこともない平凡な一日だった。 それがとてもありがたいことなのだと最近よく思う。
夜が来れば焼酎のお湯割をちびりちびり。 平穏を肴に飲めることもまたありがたいことだった。
ぽつねんとしていてちっぽけな自分だなと思うけれど。
今日をここに記す。生きている限りそんな自分でありたい。
朝のうちほんの少しだけ雨が降る。 しっとりと潤った空気がなんともいえず好きだ。
山里へと向かう道。団体の歩き遍路さんと遭遇する。 バスツァーだろうか。少しの距離だけ歩くのらしい。 そういうのも良いなって思った。それなら私も行けるかも。 単独ではなかなか思い立てないで今に至っているけれど。 いつかはきっと叶えたい。私もお遍路さんになりたかった。
いつか。その言葉は若い頃とはずいぶんと違ってきこえる。 いつかいつかと言いながらどんどんと歳を重ねてしまうから。
そうして諦めてしまうのはあまりにもくやしい。 だからどんなに歳をとっても「いつかきっと」と言い続けたい。
ついつい焦ってしまったり弱気になることが多いこの頃。 物事を前向きに考えるのが少し苦手になった事に気づく。
でもそれではいけない。それではすべてがお終いになってしまう。
そんな人生にしてたまるものか。もっともっと勇気を出さなくては。
肌寒さもなくぽかぽかと暖かい日。
午前中に川仕事を済ませ午後はのんびりと過ごす。
昼下がり。今日が通院日だったサチコが顔を見せてくれた。 悪阻のせいか少しやつれたように見えたけれど。 懐かしいような笑顔がとても嬉しかった。
お腹の赤ちゃんはとても順調だと言うことでほっとする。 その写真とビデオを見せてもらったのだけど。 なんとも感動して胸がいっぱいになった。
ちゃんと頭がある。手らしきものも写っていた。 ビデオではすごく元気に動いている心臓もわかった。
ちっちゃな命。懸命に生きている命をこの目で確かめる。 それはなんとも神秘的で奇蹟のようなことに思えてならない。
「めっちゃ可愛いよね」を連発するサチコも微笑ましく。 この娘はもう母親なのだと信じられないような気持ちで私もうなずく。
出産予定日は来年の5月11日だと言うこと。
なんとしても無事にその日を迎えなければいけない。
見守ることしか出来ないけれど母は毎日祈っているよ。
がんばろうねサチコ。お腹の赤ちゃんも頑張っているよ。
金木犀が散り始めその香りが少しずつ薄れていく。 そうして秋が深まり季節は冬へと巡っていくのだろう。
毎日があっという間に過ぎていく。 いつもいつも背中を押されているように感じてならない。
だからこそ一日を大切にと思うばかりで。 あっけなく過ぎていく時を見送ってばかりいるようだ。
連休明けの仕事は少し多忙。忙しいのはとても好き。 心配していた母の体調も落ち着いているようでほっとする。 商売繁盛で平穏無事というのがいちばん嬉しいことである。
帰宅していつもの散歩。あんずは今日も元気いっぱい。 相変わらず草と戯れるのが好きで道草ばかりしていた。
私はちょっと急いでいる。だからはっと気づくことが多い。
もっともっとのんびりと歩けば良いのだなといつも思う。
たまには川辺に佇んでゆったりと流れる川を眺めてみたり。
秋らしく物思いに耽ったりする時間も必要ではないだろうか。
あんずが一緒でなかったら道草をすることも忘れているだろう。
ありがとうねあんず。母さんも今日はいっぱい道草をしたよ。
散歩道のススキと野菊が好きだ。 なんとも秋らしい風景に心が和む。
そうしてゆったりと流れる大河。 もしも何かに拘っているのだとしたら。 この川に流そう。そんな気持ちになる。
散歩から帰ると庭に息子のクルマがあった。
「今夜はお寿司だけど良い?」
「おぅ!それは良いな」
鰹でひっつけ寿司を作った。 高知の郷土料理で普通の握り寿司と違うのは。 鰹の切り身を酢に浸してから酢飯にひっつけるのである。 ワサビを効かしてちょこっとお醤油をつけて食べる。
息子は少し疲れ気味でため息をついていたけれど。 握ったばかりのお寿司を美味いなと言って食べてくれた。
元気な時もあればそうでない日もある。 けれども我が家に帰るのが気分転換になっているようだ。 そうして少しでも癒されるのならと父も母も願っている。
食べ終わるなりすぐに帰ると言う息子を庭に出て見送る。 いつもは玄関先で見送るのだけれど、今日は特別だった。
クルマに向かって手を振ると息子も照れくさそうに手をあげた。
どんな時もあるよね。しんどい時もいっぱいあるよね。
またいつでも帰ってきなさい。父も母も待っているから。
高校時代の親友達と久しぶりの再会。 別名『B型同盟』の四人組であった。
四人が揃うのはいつかの同窓会以来のこと。 そのいつかもいつの事だったか忘れてしまうほど。
10年一昔というけれどそれはほんとうにあっという間の事だった。 それぞれに年を重ねてほんの少し老いてしまったけれど。 会えば一瞬にして学生時代に戻れるのがとても嬉しかった。
四万十町窪川の道の駅で待ち合わせをして。 最近出来たばかりのホビー館へと向かう。
とても辺鄙な場所にあるフィギアを展示している施設だけれど。 なかなかの人気らしく県内外からの観光客も多いと聞いた。 思った通り狭い道にたくさんのクルマが押し寄せていた。
やっとのことで到着。わくわくしながら入場券を買う。 中に入れば見渡す限りたくさんのフィギアの数々だった。
みんな童心に帰ったような気持ちになりゆっくりと眺める。 ついつい足を止めてしまうのはやはり可愛い女の娘のフィギア。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって。 けれどもとても充実した一日となった。
今度はいつ会えるのだろう。わからないけれど。
私たちはずっとずっと仲良しの親友である。
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