背高のっぽのコスモスが風に揺れている。 仰ぎ見ればそこにはうろこ雲の秋の空が広がる。
言葉に出来ないような清々しいきもち。 胸のなかには何ひとつわだかまりがなかった。
そんな秋の日に嬉しいしらせが舞い込む。 サチコのおなかにちいさな命がやどった。
このところ毎晩のように夢に出てきた赤子。 もしかしたらと思っていたけれどそれが正夢になった。
「まだ一センチくらいだけどちゃんと動いていたよ」
声を弾ますサチコに母も感動して目頭が熱くなる。
どうか無事に育ってくれますように。 ただただそればかりを祈っている。
がんばれちいさな命。みんながあなたを待っているよ。
静かに雨。秋の雨はこんなに優しかったかしら。
あたりの景色がしゅんとしぼんだように見える。
ふと心細さをおぼえる。このまま消えていって。
しまいそう。ここではないところ。そこはどこだろう。
夕暮れて。ほんとにいるのかなと自分をたしかめている。
なんだかからっぽだった。ただ息をしているのが嬉しい。
精一杯なんて嘘。わたしはいつから嘘つきになったのだろう。
けれども。なにもないところからはじまることがある。
たとえば。夜のしじまに投げかけるような夢のかけら。
こんなはずではなかったと思いながらこれでいいと思う。
きっとじゅうぶんなのだ。いまはなにも求めてなどいない。
夢のかけらをそのままにして。わたしは夜の海へ漕ぎ出す。
今日も秋晴れ。ひんやりとした朝の空気に。 すくっと身が引き締まるようだった。
もうすっかり秋なのだろう。 日中の陽射しもずいぶんとやわらかくなった。 日向ぼっこにはまだ早いけれど。 そんな陽射しを浴びているのが心地よい。
身体がふわりと軽くなったように感じる。 そうしてこころもあたたかくなっていく。
自転車で買物。近くにある地場産市場へと行く。 天然の鮎がたくさん出ていて一匹6百円とか。 とても買える値段ではなく見ているだけで終る。 塩焼きにしたら美味しいだろうなと夢のように思う。
自転車をぐんぐんこいで風に吹かれながら帰る。 どこまでも走って行きたい衝動にかられる。 自転車ってこんなに気持ちの良いものかと思った。
土手をずっとずっと走って行きたい。
そうして海にあえたらどんなに良いだろうか。
| 2011年09月23日(金) |
お遍路さん(その3) |
雲ひとつない抜けるような青空。 なんと爽やかな朝なのだろう。 小雀たちが嬉しそうに跳ねているのを。 我が子のように思いながら眺めていた。
ふっとどこかに出掛けてみたくなる。 日帰りのちいさな旅をしてみたかった。
けれども結局どこにも出掛けることなく。 相変わらずだらだらと時をつぶしてしまった。
行動力というものが年々薄れていくのを感じる。 なんだか時間の無駄遣いをしているような気持。
このままではいけないなと少し焦りを感じる。 もっともっと動き出さなくてはいけないのだろう。
それでも散歩だけは欠かさず今日もいつもの道を歩く。 土手には大好きな野菊の花がいっぱいに咲いた。 見ているだけで心が和む。薄紫に恋をしてしまいそう。
お大師堂には若いお遍路さんがぽつんと佇んでいた。 部屋には上がらず石段に荷物を置いたままだったので。 どうしたのかとついついいらぬお世話をやいてしまう。
聞けば少し休憩をしてもう少し歩くつもりだと言う。 今夜の宿も決めていないというのでとても心配になった。 あてもなく歩くうちに日が暮れてしまう事だろう。 いったいどこで寝るというのだろうとますます心配。
そこですっかり母親化してしまったおせっかいおばさん。 ここに泊まりなさいとしつこくすすめてしまうのだった。
そうしたらにっこり。じゃあそうしますと頷いてくれた。 おせっかいを反省しながらなんとほっとしたことだろう。
福岡から来たと言う青年のことがすっかり息子のように思えた。
ゆっくりと休んでまた明日からの旅を頑張ってほしい。
これも一期一会。旅の無事を祈りながら後ろ髪を引かれるように家路に着く。
涼しさを通り越して一気に肌寒くなる。 暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。
半袖Tシャツの上に長袖のシャツを羽織り出勤。 クルマの窓を開けるとひんやりとした空気が舞い込む。
ひとりふたりとお遍路さんを追い越していく山道。 歩くには今がいちばん良い季節なのかもしれない。 颯爽とした姿に朝一番の元気をわけてもらった。
ありがたい道だなとつくづく思う。 何事にも立ち向かえるような勇気がわいてくる。
たんたんと仕事をこなしながら母と亡き祖母の話をした。 お彼岸と言えば祖母の作るおはぎの美味しかったこと。 きな粉のじゃなくていつも小豆餡のおはぎだった。 私はそれが大好物で一度に三個は平らげていたと思う。
今日は祖母の命日。もう6年の歳月が流れてしまった。 けれどもいつまでも私のこころの中で生き続ける祖母。 姿こそ見えないけれど、すぐそばにいてくれるのがわかる。
あいたいな・・って先日はつぶやいてしまったけれど。 私が祖母を想う時。その時に確かに会っているのだと思う。
いっぱいいっぱい想っているよおばあちゃん。
いつもそっと見守ってくれてほんとにありがとう。
心配していた台風はやはり列島縦断となってしまったようだ。 関東から東北。北海道まで被害が及びそうでなんとも気掛かりでならない。 とても他人事には思えないこと。それはいつだって明日は我が身である。
どうか大きな被害がありませんようにとひたすら祈っている。
幸いなことに直撃を免れた高知は、久しぶりに青空が見えた。 手放しでは喜べない事だけれどなんともありがたいことである。
そうして風がすっかり秋の風となる。 それがあまりにも急な事のようで少しとまどう。 とうとう夏が逝ってしまったのかとしみじみと思った。
秋を受けとめるように肌に感じる。 それはこころの中までも吹き抜けていく風。
どこか痛い。たまらなく痛いところをぎゅっと抱く。
そうしてまた日々が流れていくのだろう。
どれほど精一杯でいられるのだろうか。なにもわからないけれど。
彼岸の入り。台風の影響で風雨強し。 直撃はなさそうだけれど進路が気になる。 本州縦断となれば被害も甚大になりそうだ。
天災ばかりはどうにも避けようがなく。 心が痛むばかりである。どんなに祈っても。 我が身の無力さを痛感せざるをえなかった。
けれども祈ることを決して投げやりには出来ない。 どうか、どうかと天に手を合わすような気持ちでいる。
彼岸花の咲く頃。その花も雨に打たれていた。 血のような涙を流したらどうしようと困惑する。 けれどもそのしずくが透明でほっと胸を撫でる。
たくさんの亡くなったいのちがその花になるのだと。 そうおしえてくれた祖母もいまは亡き人になった。
祖母もきっと咲いているだろう。とてもあいたい。
あいたいよ。おばあちゃん。
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