お天気は下り坂。青空が遠のいてしまうと。 一気に秋の色に染まってしまいそうだった。
散歩道を行けばススキの穂。野菊の花。 それに猫じゃらしも加わり風に揺れている。
風が見える。たしかにこの目で風を見ていた。
川仕事も一段落し、明日は山里の職場に行けそう。 けれども母には連絡をせずにいて明日を待っている。 突然に行って驚かせてあげようと目論んでいるのだ。
仕事も溜まっている事だろう。それが少し楽しみ。 忙しいほど私は嬉しい。やる気満々になるのだもの。
明日はあしたの風が吹く。
なんども言うけれど私はこの言葉がとても好きだった。
何が待っているのやら。嬉しい事ばかりではないかもしれないけれど。
行ってみないと何もわからない。
そこへ一歩踏み出す。そんな明日があることがとてもありがたい。
厳しい残暑。忘れかけていた蝉の声に。 みじかい命の尊さをつくづくと感じる。
あした死ぬかもしれないという宿命を。 彼らはどんなふうに受けとめているのだろうか。
もう駄目なのだと決して諦めたりはしない。 最期まで燃え尽きるようにその声を響かす。
午前中は川仕事。午後は例のごとくお昼寝だった。 まさに動と静。その狭間にぽっかりと浮かんでいる自分。 気がつけば何も考え事をしていなかった。 思い悩む事など何ひとつもないのだろう。
散歩道。気だるさを振り切るようにして歩く。 あんずは相変わらず元気いっぱいに前を行く。 彼女の存在がなければ歩く事を諦めているだろう。
おかあさんがんばれ。さあ歩こう! 後姿を追うように歩いているとそんな声が聞こえる。
お大師堂の川辺には薄紅色の百日紅が咲いている。 真夏の頃よりもその花が増えているのにおどろく。
その花の下をさらさらと流れる水の清らかさ。 きらきらと光る川面にしばし立ち尽くしていた。
陽射しは夏の名残そのものだったけれど。 吹く風はほんのりと秋の匂いがする。 そんな風のことを好きになる自分がいた。
今週は山里の職場を休ませてもらって。 家業の川仕事に精を出すことになった。 まだまだ準備期間だけれどそれをしないと。 前へ進めない。こつこつとふたりで頑張る。
程よい疲れ。それがとても心地よく感じる。 やはり私は肉体労働に向いているようだった。 やれば出来るという自信にもつながってくる。
体調も良く。去年よりも元気な自分が嬉しかった。 それなのに不覚にも昨日は急な胃痛に悩まされた。 おそらく夏の間の暴飲暴食が祟ったのだろうと思う。 季節の変わり目には身体の弱い部分が悲鳴をあげる。 反省をしつつそんな自分を労わってあげなければと思った。
昨夜は中秋の名月も見ることが出来ずとても残念。
今夜は十六夜。月は私を待っていてくれるだろうか。
そうして語りかけてくれるだろうか。
いまここにあるちっぽけないのち。
祈ることしか出来ない無力なわたしのことを。
ありのままでいいのだよとゆるしてくれるだろうか。
久しぶりに家族が皆そろう。 お盆には顔も見られなくて寂しかったけれど。 こうして集まれる日があってとても嬉しかった。
ついついはしゃいでしまって話す声も大きくなる。 わいわいとにぎやかに皆で焼肉を食べた。
いろいろあった息子も仕事が落ち着いてきた様子。 愚痴ひとつもこぼさずに終始笑顔だったのにほっとする。
サチコ達も多少の苦労はあっても乗り越えている様子。 母の心配など吹き飛ばすように笑顔の花を咲かせてくれる。
いちばん嬉しそうなのはお父さん。 その満足そうな顔を見ているだけで幸せだった。
家族っていいな。ほんとうにいいなってつくづく思った。
みんなの笑顔が母の宝物。とても大切な宝物だった。
どうかこれからもみんなが平穏無事でいてくれますように。
午前中に気温が30℃を超え蒸し暑くなる。 夏は少し遠ざかっては後戻りしているようだ。 なんだか忘れ物を取りに帰って来ているよう。
秋はのほほんとしていてちょっと微笑んでいる。 バトンタッチはしたもののおっちょこちょいの夏のことが。 実はとても気になっているのにちがいない。
お昼。エアコンの効いた事務所が息苦しく感じて。 庭の木陰でおにぎりを食べた。風と話しながら食べる。
なんとも美味しい。風のおしゃべりが楽しいからかも。
風はなんだか昔好きだったひとに似ている。
私のことをくすぐりながら肩を抱いてくれるから。
ひとつっきりのおにぎりを分け合って食べる幸せ。
さいごのひとくちは風にあげたほうがよかったかな。
あーあ。食べちゃったねって風がくやしそうに笑った。
夕陽を見るひまもなくあたりがすっかり暗くなる。 それを待ちかねていたように秋の虫たちが歌い始めた。
とてもにぎやかだけれどそれもまたのどか。 一晩中歌い続けるであろうちいさな命を想う。
りりん。りりんと私が虫ならばそう歌ってみたい。 お遍路さんの鈴の音のように声を響かせてみたかった。
いつもの散歩道。ススキの穂がずいぶんと育った。 ともに風に吹かれていると清々しい気持ちになる。 たとえばちっぽけな憂鬱もすぐに消え去ってしまう。
思い煩うことなどなにもないのだなとあらためて思う。
お大師堂の庭には白い萩の花が満開だった。 そのしだれ咲くのを手のひらで受けとめてみたくなる。 けれどもなんだか穢してしまいそうで躊躇ってしまった。
きっとだいじょうぶなのに。それを出来ない時もある。
そっとふれてみればよかったのにと少し後悔をした。
蝋燭に火を灯し手を合わせる。
平穏をありがとうございました。
どうかこの平穏がずっと続きますように。
いつもと変わらない夕陽が落ちていく。 ただそれはとても急いでいて。 すぐに薄闇の中に消えていった。
明日のための儀式のようなひと時がそうして終わる。
今日は幼友達のお葬式だった。 やはり悲しいという感情はわいてこず。 ただただ寂しいの一言に尽きる。
集まった旧友たちもみなそう呟いていた。 長生きをしようね。まだまだこれからだよ。 そう励ましあってそれそれが家路につく。
いまこそ弱気になってはいけない。 つくづくとそう思ったことだった。
いつまであるのかわからないいのち。 最期の火が消えるまで燃え続けていたかった。
いのちあることのありがたさ。 これからも日々感謝の気持ちを忘れずにいたい。
今日は祖父の命日でもあった。
天国にいていつも見守ってくれているだろう祖父。 姿かたちは見えなくても寄り添ってくれている魂。
そんなかけがえのない魂をいつも愛しく感じていたい。
おじいちゃん。生きていると辛いことも時にはあります。
けれどもそれを乗り越えて。また笑顔の日々を送りますね。
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