いつもと変わらない夕陽が落ちていく。 ただそれはとても急いでいて。 すぐに薄闇の中に消えていった。
明日のための儀式のようなひと時がそうして終わる。
今日は幼友達のお葬式だった。 やはり悲しいという感情はわいてこず。 ただただ寂しいの一言に尽きる。
集まった旧友たちもみなそう呟いていた。 長生きをしようね。まだまだこれからだよ。 そう励ましあってそれそれが家路につく。
いまこそ弱気になってはいけない。 つくづくとそう思ったことだった。
いつまであるのかわからないいのち。 最期の火が消えるまで燃え続けていたかった。
いのちあることのありがたさ。 これからも日々感謝の気持ちを忘れずにいたい。
今日は祖父の命日でもあった。
天国にいていつも見守ってくれているだろう祖父。 姿かたちは見えなくても寄り添ってくれている魂。
そんなかけがえのない魂をいつも愛しく感じていたい。
おじいちゃん。生きていると辛いことも時にはあります。
けれどもそれを乗り越えて。また笑顔の日々を送りますね。
今朝の涼しさは肌寒いほどだったけれど。 日中は真夏日となり雲ひとつない青空が広がる。
山里の職場に着くなり訃報が舞い込む。 近所に住む同級生が昨日亡くなった知らせだった。
寝耳に水とはまさにこんなことを言うのだろう。 とても信じられない気持ちですぐに駆けつけたけれど。 やはりそれはほんとうの出来事であった。
私がこの山里に転校してきたのは9歳の頃。 彼はすぐ近くに住んでいてよく一緒に遊んだものだった。 体格が良くてふっくらとしていていつもにこにこしていたっけ。 おだやかな性格で悪戯っ子という印象はあまりなかった。
その後三年間。彼とはずっと同級生であったけれど。 私はまた転校しなければいけなくなってもう遊べなくなった。
そんな彼と再会したのは二十歳を過ぎたばかりの頃だった。 彼は地元の消防署に勤めていてすぐに会うことが出来た。
子供の頃と少しも変わらない。にこにことした笑顔で。 「おう!」とか言って。気軽に声をかけてくれたのだった。
幼友達というものはほんとうに良いものである。 いくらおとなになっても子供の頃の思い出は消えることがない。
そんな彼が死んでしまったという。 その事実を受け止めるしかなかった。
だってそれはどうしようも出来ないことだもの・・・。
残されたわたしたちはなんとしても長生きをして。 彼の歩めなかった道を突き進んでいくしかない。
悲しみよりも寂しさがつのる。どうしてこんなに寂しいのだろう。
朝晩めっきりと涼しくなり秋の足音を感じる。 日中も爽やかな風。夏の後姿を揺らすように吹きぬける。
そんないちにち。遠方の栃木から友人が旅をして来てくれた。 ツァーのコースに四万十川の川舟下りが組まれていたのだった。
知らせを受けた時にはなんと思いがけなかったことか。 そんな日が訪れるなんて夢にも思っていないことだった。
団体行動のため時間も限られておりほんのつかの間であったけれど。 さらさらと水の音が聞こえる川のほとりでついに会うことが叶った。
思い起こせば7年前。ネットで私の日記を読んでくれたひとであった。 そうしてメールのやりとりが始まりすっかり仲良しになっていたのだ。 偶然にも同じ年ということもありなんだか旧友のようにも思えた。 縁というものはほんとうに不思議な糸でつながっているものである。
今日が初対面。けれどもなぜか懐かしく感じるのはなぜだろう。 どんなふうにと問われても言葉に出来ない。これが縁に他ならない。
友人とその娘さん。三人で肩を寄せ合って写真を撮ってもらった。 娘さんはとても可愛くてぎゅっと抱きしめたいくらいだった。
もう二度と会うことはないかもしれない。そう思うと別れが辛い。 もっともっと一緒にいたいと思わずにはいられなかった。
車窓のふたりに手を振って別れる。満面の笑顔で手を振り合う。
はるばると遠いところを会いに来てくれてほんとにありがとう。
今日のことは一生忘れられない素敵な思い出になりました。
午前9時。サイレンが鳴って高台を目指した。 徒歩で8分ほどで避難場所に着く。
前もってわかっている訓練だからこそ。 みな冷静でけっこうのんびりと歩いたけれど。
いざと言う時にはパニックになるだろうと思った。 その前に大きな地震があることを忘れてはいけない。
怪我をするひとも必ずいることだろう。 自分は大丈夫か。歩けるのだろうかと不安になる。
足の悪い姑は今日の訓練に参加できなかった。 もしもの時にも「おいて行け」と彼は言う。 どうしてそんなことが出来るだろう。 なんとしても一緒に生き延びなければいけない。
それは真冬かもしれない。真夜中かもしれなかった。 考えれば考えるほど不安はつのるばかりである。
けれども生きることを決して諦めてはいけない。 必死で逃げる。たとえ何もかも失ってしまったとしても。 命だけはなんとしても守らなければいけないのだと思った。
高台から皆で肩を寄せ合いながら。ゆるやかに流れる川を眺めた。
なんと平和なことだろう。なんと幸せなことだろうとつくづく思う。
灰色の雲をかきわけるようにして夕陽が見える。 風はまだ強いけれどなんと穏やかな夕暮れ時だろうか。
心配していた台風は高知県東部に上陸したようだ。 幸いなことに西部は難を逃れた事になりほっと安堵している。
けれども広範囲にわたり各地に被害をもたらしたようで。 とても他人事には思えず心を痛めてしまう結果となった。
明日の朝には日本海に抜ける予報。 どうかもうこれ以上の被害がないことを祈るばかりである。
台風の名残の風に吹かれながら散歩に出掛けた。 あんずも待ちかねていたのだろう。足取りがとても良い。 私の足取りも軽かった。やはり散歩は心地よいものだ。
お大師堂には三人のお遍路さん。 そのうち二人は先日再会したばかりのお遍路さんで。 台風を避けるために一昨日後戻りして来たのだと言う。
私の姿を先に見つけてくれて、二人が飛び出して来てくれた。 その笑顔の嬉しかったこと。あんずも頭を撫でてもらって喜ぶ。
明日からはまたながい遍路旅を再開するとのこと。 お遍路の経験のない私には気が遠くなるほどの道のりだった。
またここに戻ってきますよ。そう約束してくれて今回は別れる。
私はいつだってそんな縁をそっと待ち続けていることだろう。
※私信。盛岡のYさんおかげさまで平穏にしています。 台風のこと気遣ってくれてありがとうございました。 とても嬉しかったですよ^^
午前中は激しく降っていた雨が午後には静かになる。 けれども台風は確実に近づいて来ているようだった。
嵐の前の静けさだろうか。なんとも不気味さを感じる。 身構えるような気持ちでその時を待つしかないようだ。
いつもより早目に帰宅して彼と海を見に行った。 大荒れの海。打ち砕かれるような白波に目を瞠る。 怖いなと思った。あの日の津波の光景がよみがえる。
幸い高波の被害はまだなかったけれど。 真夜中に召集があるかもしれないなと彼がつぶやく。 ぎっくり腰がやっと治り始めたというのに。 消防団員である限り避けられないことなのだろう。
どうか平穏な夜であってほしい。そう願わずにいられない。
雨で散歩も行けず、お大師堂にお参りも出来なかった。 そんな日はなんとなく心が落ち着かない。 大切な事を忘れているみたいに気掛かりでならないのだった。
心のなかで手をあわす。いつも願ってばかりでごめんなさい。
いつも守ってくれてありがとうございます。
大きな台風が不気味に近づいている。 そのせいか湿気が多く蒸し暑い一日となった。
そうして九月が始まる。 いく夏を惜しむように夕暮れ時の蝉の声。 空は茜色に染まり土手のススキを映し出す。
終わろうとするものと始まろうとするもの。 そのはざまにぽつねんと佇んでいるような九月だった。
今日は山里の職場をお休みさせてもらって。 久しぶりにバドミントンを楽しんできた。
少し動いただけで汗がふき出してきたけれど。 それがなんとも心地よく感じられた。
はしゃぐように動く。こころがとても喜んでいる。 好きなことに夢中になれることは幸せなことである。
毎週とはいかないけれどなんとしても続けたいことだった。 いつかは限界が来るだろう。その日までは諦めないでいたい。
継続はチカラなり。そのチカラを宝のように思って大切にしたいと思う。
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