とうとう夏が遠ざかってしまうのだろうか。
その背中にすがりつきたいようなきもちになる。
夕暮れて蝉が最期であるかのようにそれは必死に鳴き。
その声をとがめるように秋の虫たちが騒ぎはじめた。
まっただなかにわたしはいる。夏なのか秋なのか。
中途半端な別れ道にぽつねんとたたずんでいるようだ。
いつまでも立ち止まってはいられない。いかなくちゃ。
振り向きながらわたしはいく。もうここではないところへ。
今日も平穏に過ぎゆく。まったりと浮かんでいるような一日。 ある日突然ということをなるべく考えないようにして過ごす。
そうして折り畳むように一日を閉じればまた新しい時が広がる。 どんな色に染めるのか。どんなふうにそれを縫うのかわからない。
ただ無事に目覚めた朝のなんと清々しいことだろうか。
そのために眠っているのだと言っても過言ではないだろう。
ぐっすりと眠ろう。ひたすら眠ろう。あしたはあしたの風がふく。
お天気は下り坂。夕方になり雨が少し降る。 昼間の蒸し暑さがうそのように一気に涼しくなった。
七時にはもうあたりが薄暗くなってしまって。 川向の山を稲妻の光がライトのように照らす。
そうして遠雷が太鼓を小刻みに叩くように響いている。 どどどどどん。どどどどどん。なんだか祭囃子のよう。
わたしはいつものようにほろ酔って。 あれやこれやとどうしようもないことを考えている。
悩みなんて今はない。思い煩うようなこともなかった。
きっとあまりにも平穏過ぎるものだからこわいのだろう。 白い布をわざと汚すような行為に憧れているだけかもしれない。
そうして後悔をしたりそうして哀しんだりしたいのにちがいない。
おかしいね。ほんとおかしいよね。ばかみたい。
笑い飛ばせばあっけらかんといつものじぶんにもどっていく。
平穏。なんてありがたいことなのだろうとつくづくおもう。
だから空さん。そんなにおこらないでください。
遠くからかすかに消え入るような蝉の声。 曇り日の朝は夏の太陽をすっかり覆い隠し。 あたりの空気を涼やかな色に染めている。
こんなふうに秋は忍び寄ってくるのだろうか。
せつないのはいや。さびしいのはもっといや。
昨夜のこと。遠い地に住む友人たちと夕食。 美味しいものをたくさん食べてビールや焼酎や。 そうして語り合いとても楽しい夜を過ごさせてもらった。
我が町のことをこよなく愛してくれている友人。 春と夏にはかならず訪れてくれているのだった。
けれども会えない年もあった。 来ている事はわかっていても電話のひとつも出来ずにいて。 ああもう帰ってしまったのだなと後から寂しさを感じてしまったり。
それが今年はちゃんと連絡をしてくれてなんと嬉しかったことか。 顔を見せてくれるだけでじゅうぶんだと思っていたけれど。 一緒に夕食をと誘ってくれてほんとうに思いがけなかった。
おかげで忘れられない夏になった。素敵な夏をどうもありがとう。
これからもふたりはわたしのかけがえのない友人でいてくれるだろう。
わたしはここで老いていく。ずっとずっとここで待っている。
どんなに歳月が流れても変わらない笑顔でまたきっと会いましょう!
日が暮れるのを待ちかねていたかのように秋の虫達が鳴き始める。 コウロギだろうか鈴虫だろうかと耳を澄ましながらこれを記す。
なんだか背中を押されているような気持ちになってしまう。 わたしも夏の一部分だったのかもしれない。
後ろ髪をひかれるようにほんの少し前へとすすむ。
振り向いたってかまいやしない。だって夏が好きだったから。
昨日はサチコの誕生日だった。 一緒に暮らしている頃ならお祝いもしてあげられたけれど。 顔すら見ることも出来ずそっとメールを送った夜だった。
それが今日。仕事帰りのスーパーで偶然サチコと会えたのだった。 びっくりしたのと嬉しいのとで顔がしわくちゃになってしまう。 一日遅れたけれど何か買ってあげるねと言うとすごくはしゃいで。 ビールが良いよと言うのでそれを買ってあげると大喜びしていた。
じゃあね。またね。なんだか娘というより友達みたいにして別れた。
わたしのこころのなかには一輪のひまわり。
それが思い出のように咲いているのを感じる。
秋が来てやがて冬がめぐってきてもそのひまわりは決して枯れない。
生まれてきてくれてほんとにありがとう。
母ね。サチコのお母さんになれてすごく幸せなんだよ。
お盆休みも終わりまた日常がかえって来る。
山里ではあちらこちらで稲刈りの風景が見られた。 ほんのりと藁のにおい。それがとても懐かしく感じる。
子供の頃から慣れ親しんできたおじいちゃんちのにおいだ。
どんなに歳月が流れてしまっても忘れられない事がたくさんある。 思い出していると一瞬のうちにその頃にかえっていく自分がいた。
いちにちいちにちを大切に生きたい。 いつかそのすべてが思い出になる日が来るかもしれない。
仕事は少し多忙。どうしたわけか母のご機嫌が悪く。 気づけば自分も苛立ってしまっていたようだ。 それを母に指摘されはっと我にかえったけれど。 ついつい母の顔色を伺ってしまう癖が私にはあった。
みんなが穏やかに微笑んでいられたらどんなに良いだろう。 そのためには自分がいちばんにそうするべきだとつくづく思う。
夕暮れ時の散歩道。ほんの少し日が短くなったことを感じる。 昼間の熱を冷ますように土手を吹く風がとても爽やかだった。
ふっとそれが秋風のように思って胸がせつなくなる。
去るものは追えない。
夏の後姿はどうしてこんなにさびしいものなのだろう。
今日はもう帰らなくてはいけないという。
そこはとてつもなく遠いところにも思えるけれど。
もしかしたら寄り添えるくらい近いところなのかもしれない。
ただ姿かたちが見えないというだけであって。
ほんとうは抱きしめることだって出来るのかもしれない。
送り火を焚く。その炎がちいさくなって消えてしまうまで。
お別れというのではない。さようならとは決して言わない。
ただなんというか。薄い幕のようなものが下りていくのを感じる。
じゃあねって手を振った。またねって振り返す手が見えた。
残されたものたちは日々を精一杯に生きていかねばならない。
今日は息子が帰って来そうな気がした。
玄関に書置きを残して作業場へと出掛ける。 お昼過ぎまでちょっとした肉体労働だった。 汗だくになりふらふらしながら作業を終える。
庭に息子のクルマが停まっているような気がした。
でもそれはない。なんだかさびしくてならない午後。
今の仕事にはお盆休みというものがなかった。 きっと忙しくしているのだろうと彼を気遣う。
おじいちゃん子だったからお盆には必ず顔を見せてくれた。 でも今年の春から仕事が変わってしまって休めなくなった。
仕方ないなと思う。それは娘のサチコも同じことだった。
そのかわりまたひょっこり顔を見せてくれることだろう。 いつも突然だけれど、その突然が父も母も嬉しかった。
亡くなったおじいちゃんはそんな孫達をいつも見守ってくれている。
それは父や母以上かもしれない。だからとても心強く思っている。
開け放した窓から夜風が心地よく舞い込む。
そんな夜にふたりのこどもたちのことをおもう。
あいたいけれどあいたいとはいわないでおこう。
あえたときにとびっきりの笑顔でむかえたいから。
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