ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年08月16日(火) 送り火

今日はもう帰らなくてはいけないという。

そこはとてつもなく遠いところにも思えるけれど。

もしかしたら寄り添えるくらい近いところなのかもしれない。

ただ姿かたちが見えないというだけであって。

ほんとうは抱きしめることだって出来るのかもしれない。



送り火を焚く。その炎がちいさくなって消えてしまうまで。

お別れというのではない。さようならとは決して言わない。

ただなんというか。薄い幕のようなものが下りていくのを感じる。


じゃあねって手を振った。またねって振り返す手が見えた。

残されたものたちは日々を精一杯に生きていかねばならない。






2011年08月15日(月) 夜風に吹かれながら

今日は息子が帰って来そうな気がした。

玄関に書置きを残して作業場へと出掛ける。
お昼過ぎまでちょっとした肉体労働だった。
汗だくになりふらふらしながら作業を終える。

庭に息子のクルマが停まっているような気がした。

でもそれはない。なんだかさびしくてならない午後。

今の仕事にはお盆休みというものがなかった。
きっと忙しくしているのだろうと彼を気遣う。

おじいちゃん子だったからお盆には必ず顔を見せてくれた。
でも今年の春から仕事が変わってしまって休めなくなった。

仕方ないなと思う。それは娘のサチコも同じことだった。

そのかわりまたひょっこり顔を見せてくれることだろう。
いつも突然だけれど、その突然が父も母も嬉しかった。

亡くなったおじいちゃんはそんな孫達をいつも見守ってくれている。

それは父や母以上かもしれない。だからとても心強く思っている。


開け放した窓から夜風が心地よく舞い込む。

そんな夜にふたりのこどもたちのことをおもう。

あいたいけれどあいたいとはいわないでおこう。

あえたときにとびっきりの笑顔でむかえたいから。



2011年08月13日(土) 迎え火

燃えているような夕陽。

空がそのまま迎え火のように見えた。

どうか帰って来てくださいね。

祈りをこめて手を合わす夕暮れ時だった。

亡き父をおもう。亡き祖父や祖母をおもう。

帰る家は我が家ではないかもしれないけれど。

もしかしたら立ち寄ってくれるような気がした。

ちいさな松明が燃える庭先で私はそっと待っている。

おとうちゃんあいたかったよ。

おじいちゃんあいたかったよ。

おばあちゃんあいたかったよ。

みんなみんなおかえりなさい。



2011年08月12日(金) いつかの夏

気温36℃の猛暑日。

過ぎ去ったいつかの夏を思い起こす。

そのひとは旅人だった。手を振って別れた駅のホーム。

ずっと続くと信じていた縁だったけれど。

もう旅人ではなくなったその日をさかいに。

ぷっつりとその縁が途切れてしまったのだった。

けれども私はその日から夏が好きになった。

そうして夏が来るたびにそのひとを思い出す。


元気にしていますか?

届かない言葉をなんども繰り返しながら。

縁というものの儚さを思い知るばかり。


けれども確かにあったその縁を。

いつまでたっても忘れることなどないだろう。





2011年08月11日(木) 赤とんぼ

夕陽の道を散歩する。

赤とんぼがそれはたくさん飛んでいた。

歩けばふれあうように目の前を横切っていく。

夕焼け小焼けの赤とんぼ。なんだか歌の中にいるような気がした。

茜色に染まる空。落ちていく太陽のなんとまぶしいことだろう。

そうして平穏に暮れていくいちにち。

誰もがみんなそうならどんなにか良いだろうかと思った。



大震災から今日で5ヵ月。
決して忘れてはならないことがたくさんあるのだと思う。

絶望を希望にかえるにはとてつもない時が必要なのではないだろうか。

報道は被災地の笑顔を映すばかり。ほんとうにそれで良いのだろうか。

もっともっと痛みを分かち合うべきではないかと私は思う。




2011年08月10日(水) お遍路さん(その2)

猛暑日にこそならなかったけれど心地よいほどの暑さ。
夏も頑張っているんだなと思う。その力を振り絞るようにして。


朝の道でのこと。峠道の手前で自転車を押して歩くお遍路さんを発見。
いつものようにスピードを落とし会釈をして追い越したのだけれど。
おや?っと不思議に思ったのはすぐその後だった。

どうして自転車に乗っていなかったのか。
もしかしたらパンクでもしていて乗れなかったのかもしれない。
クルマを停めて声をかけてあげれば良かったとひどく後悔をする。

引き返そうかと思ったけれど、私のクルマではどうすることも出来ず。
とにかく職場へと急ぎ軽トラックに乗り換えて来た道をまた走った。

峠道はただでさえきつい。自転車を押して歩くのはどんなに辛いことか。
きっと困っているだろう。助けてあげたい一心でその姿をさがした。

けれども歩いているはずのそのひとはどこにも見当たらなかったのだ。
しばしキツネにつままれたような気持ちになってしまったのは言うまでもない。

そうしてやっと気づく。通りがかった誰かが助けてあげたのにちがいない。
私と同じように不思議に思って声をかけた人がきっといたのだろう。

ああ良かった。なんとほっとしたことか。

若い茶髪のお遍路さんだった。きっと良い旅をと願わずにはいられない。

明日は自転車でぐんぐん行けますように。

夏の光と夏の風をいっぱいに浴びて元気でいてくれますように。



2011年08月09日(火) 苦を楽にかえる

立秋をさかいに夏が振り向いてくれたのだろうか。
残暑というにはなんだか惜しいような真夏日となった。

山里からの帰り道。短パン姿で颯爽と歩くお遍路さんを見かけた。
ふくらはぎが真っ赤に日焼けしていてとても痛そうに見える。
それでもその元気な足取りにほっとして勇気を頂いたような気持ち。

次の札所まであと少し。がんばれがんばれとエールを送った。

夏のお遍路はすごく厳しそうだけれど。それを楽しむ気持ち。
出会うたびにその大切さを教わっているような気がしてならない。

苦を楽にかえる。生きていくうえでそれはとても大切なことだと思う。



今日はあまりの暑さに夕食後の散歩になった。
夕陽に向かって歩くのもまた心地よいものである。

土手にはいつのまにかススキの若い穂が伸び。
夕風になびいているのを見るとふと秋を感じる。

季節は決して留まろうとはしない。日々歩むようにすすむ。

そんな日々にあっていろんなことを感じながら。

生きていることをたしかめるような生き方をしたいものだ。


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