真夏らしさを感じることがあまりないまま。 とうとう立秋をむかえてしまった。
山里では今日も蜩がもの哀しくなくばかり。
せめて笑顔をと思う。陽気に笑っていたかった。 そうでなければどこかに引き摺り込まれてしまいそう。
自転車に乗って農協にいったり郵便局に行ったりする。 魚屋さんの前の道でご主人に会って少し立ち話をした。
小学生の頃この山里で三年間ほど暮らしたことがある。 その当時住んでいたのがちょうど魚屋さんの真向かいだった。
官舎だった家はもうとっくに取り壊されているけれど。 ブロック塀などはそのまま残っておりとても懐かしい。
魚屋さんのご主人は二十歳位のお兄ちゃんだったと記憶している。 ここら辺でよく遊んでいたよねと私と弟のことを話してくれた。
あそこら辺が裏庭で大きな犬を飼っていたよねとわたし。 そうそう猟犬で名前は『ユウ』だった。白くて毛がフサフサしてて。
そんな話をしていると一気に子供の頃を思い出して目頭が熱くなった。
「いっちゃん」そのご主人の事を私はそう呼ぶ。 どんなに歳月が流れてもあの頃のお兄ちゃんをそう呼んだように。
お互い長生きしようね。なんて言って笑い合いながら別れた。
そうしてまた自転車をぐいぐいこいで山里の道を走る。
風はまだまだ夏の風であってほしい。
私の夏はまだ終わらない。私の人生がまだ終わらないように。
今日も不安定な空模様。夏はいったいどこに隠れてしまったのだろう。 入道雲や蝉時雨。焼きつけるような真夏の陽射しがとても恋しくなる。
あいかわらず動き出そうとはしない週末。 もともと行動力のようなものなどなかったに等しい。 ただ息をしている。それだけの時間に満たされている自分を感じる。
午後四時。重い身体を持ちあげるように散歩に出掛けた。 あんずはとても元気だった。負けないようにわたしも歩く。
夏草のにおい。ひたひたと水の流れ。川風がとても心地よい。
お大師堂の蝋燭に火を灯しお線香を立てて般若心経を唱える。 それが私の日課だった。そうしてこそ心が洗われるかのように。
そうして平穏な一日に感謝をする。そうしてもっともっと平穏をと願う。 なんと欲深いことだろうと思うけれど、願わずにはいられない日々だった。
蝋燭の火を消しさあ帰ろうと振り向いたその時だった。 そこに例の修行僧のお遍路さんが立っていてなんと驚いたことか。
ほんとうに偶然に。こんなふうに出会いたいと願っていたそのひと。
一昨年の秋に初めて出会ってからもう10回目の再会となった。 その笑顔は変わらずいつもつつみこむような優しさとぬくもりがある。
少し話しましょうよと言ってもらってつかの間語らうことが出来た。 近況やほんの世間話。それでもそれはとても貴重な時間に思える。
ありがとうございました。そう言って別れる。 そのひとはその時かならず手を合わしてくれるのだった。
私も手を合わして頭を下げる。縁というものはほんとうにありがたいものだ。
またきっと会えるだろう。わたしはいつだってそう信じている。
雨が降ったりやんだり。まるで梅雨の頃のようないちにち。
気温も低めのせいかなんだかしゅんと沈んだ気持ちになる。 すごく嫌だったことをふっと思い出してしまったり。 その時の気持ちにぐいっと引っ張り込まれてしまうような。
ああ嫌だなと自分のことが嫌いになってしまう。 そうしてかぶりを振るようにいろんな事を振り払おうとした。
そんなことさえなければ至って平穏ないちにちだった。
あいかわらずそんな平穏がこわくてならない。 すぐ目の前に大きな落とし穴があるような気がしてくる。
だいじょうぶなのに。ちゃんと生きているのにどうしてだろう。
夕食は独りきり。彼は消防団の慰労会があって出掛けた。 自分がいちばん食べたい物を作ろうとお好み焼きにする。
そうしたらすごく巨大なお好み焼きになってしまった。 半分くらい食べてもうお腹がいっぱいになってしまったけれど。 無理をして全部平らげてしまったものだから胃が苦しくなった。
でも幸せ。だって好きなんだもん。お腹を撫でながら大満足だった。
独りの夜はちょっとさびしいけれど。 ビールを飲んで。焼酎を飲みつつ彼の帰りを待っているところ。
そういえば私は泳げないのだった。 いまだかつて25メートルを達成したことがない。 いつもあと5メートルというところで沈んでしまうのだった。
がんばれ。がんばれと同級生達の声援をうけ。 飛び込み台を足から飛び込み必死で泳ごうとする。 平泳ぎもすぐに犬掻きになってもがきつつも頑張る。
今日こそはといつも思っていた。やればきっと出来る。 根性だってあった。諦めないぞって意志もちゃんとあった。
でも沈んだ。同級生達がみんな嘆き声をあげている。 駄目なんだなって思った。いくら頑張っても駄目なのだ。
夏休み。体育の先生が特訓をしてくれると言ってくれたけれど。 私は仮病をつかってそれをさぼってしまった。 水がとても怖かった。もう一生泳げなくても良いと思った。
高校最後の夏はそうして終わった。 それなのに体育は赤点ではなかったのが今でも不思議でならない。
おとなになって。それはいまでも。 水にぷっかりと浮いて自由自在に泳いでいる夢をよくみる。
なんだ泳げるじゃないかとすごく嬉しくなる夢だった。
夢の中の自分は水とたわむれていて。
泳ぐことが大好きな17歳の少女だった。
今日も不安定な空模様だった。 ご機嫌ななめの空はいつ泣き出すやらわからない。 それも突然に号泣するかのようにどしゃ降りの雨を降らす。
山里の職場では母が庭の草引きを始めた。 無理をしないようにとすぐに止めたけれど。 涼しくて面白いよと言ってその手を休めない。
それだけ元気になってくれたのだろうかと。 心配をしつつもちょっと嬉しい気持ちになった。
お昼。息子からメール。 例のごとく「晩飯たのむ」だった。
そういえばうなぎを食べたがっていたなと。 ちょっと奮発をして今夜はうな丼にすることにした。
青白い顔。目の下には隈も出来ていてずいぶんと疲れている様子。 職場でちょっとショックな出来事があったようで。 どうやらそのことを話したかったようだった。
父も母も真剣に耳を傾けることしか出来ないけれど。 そうすることで少しでも気が楽になってくれたらと願う。
そのために父と母がいる。だからいつでも帰っておいで。
大盛りのうな丼を平らげるなり息子は去っていった。
父と母は息子の抱えているだろう苦悩を思う。 どんなにか耐えている事だろうとその痛みを思う。
頑張れとは一度も言った事がない。
だってもうじゅうぶんに頑張っているのにちがいないのだもの。
曇り日。夏の太陽はまたどこかに隠れてしまったようだ。
立秋も近くなりこのまま夏が消えてしまいそうな気がしてならない。
そんなお天気のせいもあるのだろう。 今日もヒグラシが盛んに鳴き大合唱をしていた。
その声がこだまするように響き胸にせつなさが込み上げてくる。
それは命の声なのではないだろうか。
みんなみんな生きているのだなとそれを感じる。
その声に耳を澄ますじぶんもぽつねんとそこにいて。
なんだかそれが奇蹟のように尊いことに思えてくる。
明日のことなど誰にもわかりはしないけれど。
きっと生きていられるような気がしてほっとするのだった。
山里では稲穂がずいぶんと黄金色になり。 なんだか秋の風景を見ているような気持ちになる。
農家の人たちは稲刈りの事を『秋』というのだけれど。 確かにそれが夏だとは思えない独特の風情を感じるのだった。
ひぐらしがしきりに鳴く昼下がり。 こころのどこかに穴が開いたようにふっと寂しさをおぼえる。
いったい何が足りないというのだろう。 こんなに満たされているというのに不思議な気持ちになった。
わたしはもうおんなではないのかもしれない。 ふと唐突にそんなことをおもう時がある。
寂しさもせつなさもただ生きているからこそのこと。
おんなを失ってしまったのだとしたらそれでもいいのだ。
今年も職場の庭に純白のムクゲの花が咲く。
清楚で健気でなんと美しい花なのだろう。
けれども憧れたりはするまいと決心をする。
ありのままのじぶんを愛していたいとおもうのだ。
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