雨が降ったりやんだり。まるで梅雨の頃のようないちにち。
気温も低めのせいかなんだかしゅんと沈んだ気持ちになる。 すごく嫌だったことをふっと思い出してしまったり。 その時の気持ちにぐいっと引っ張り込まれてしまうような。
ああ嫌だなと自分のことが嫌いになってしまう。 そうしてかぶりを振るようにいろんな事を振り払おうとした。
そんなことさえなければ至って平穏ないちにちだった。
あいかわらずそんな平穏がこわくてならない。 すぐ目の前に大きな落とし穴があるような気がしてくる。
だいじょうぶなのに。ちゃんと生きているのにどうしてだろう。
夕食は独りきり。彼は消防団の慰労会があって出掛けた。 自分がいちばん食べたい物を作ろうとお好み焼きにする。
そうしたらすごく巨大なお好み焼きになってしまった。 半分くらい食べてもうお腹がいっぱいになってしまったけれど。 無理をして全部平らげてしまったものだから胃が苦しくなった。
でも幸せ。だって好きなんだもん。お腹を撫でながら大満足だった。
独りの夜はちょっとさびしいけれど。 ビールを飲んで。焼酎を飲みつつ彼の帰りを待っているところ。
そういえば私は泳げないのだった。 いまだかつて25メートルを達成したことがない。 いつもあと5メートルというところで沈んでしまうのだった。
がんばれ。がんばれと同級生達の声援をうけ。 飛び込み台を足から飛び込み必死で泳ごうとする。 平泳ぎもすぐに犬掻きになってもがきつつも頑張る。
今日こそはといつも思っていた。やればきっと出来る。 根性だってあった。諦めないぞって意志もちゃんとあった。
でも沈んだ。同級生達がみんな嘆き声をあげている。 駄目なんだなって思った。いくら頑張っても駄目なのだ。
夏休み。体育の先生が特訓をしてくれると言ってくれたけれど。 私は仮病をつかってそれをさぼってしまった。 水がとても怖かった。もう一生泳げなくても良いと思った。
高校最後の夏はそうして終わった。 それなのに体育は赤点ではなかったのが今でも不思議でならない。
おとなになって。それはいまでも。 水にぷっかりと浮いて自由自在に泳いでいる夢をよくみる。
なんだ泳げるじゃないかとすごく嬉しくなる夢だった。
夢の中の自分は水とたわむれていて。
泳ぐことが大好きな17歳の少女だった。
今日も不安定な空模様だった。 ご機嫌ななめの空はいつ泣き出すやらわからない。 それも突然に号泣するかのようにどしゃ降りの雨を降らす。
山里の職場では母が庭の草引きを始めた。 無理をしないようにとすぐに止めたけれど。 涼しくて面白いよと言ってその手を休めない。
それだけ元気になってくれたのだろうかと。 心配をしつつもちょっと嬉しい気持ちになった。
お昼。息子からメール。 例のごとく「晩飯たのむ」だった。
そういえばうなぎを食べたがっていたなと。 ちょっと奮発をして今夜はうな丼にすることにした。
青白い顔。目の下には隈も出来ていてずいぶんと疲れている様子。 職場でちょっとショックな出来事があったようで。 どうやらそのことを話したかったようだった。
父も母も真剣に耳を傾けることしか出来ないけれど。 そうすることで少しでも気が楽になってくれたらと願う。
そのために父と母がいる。だからいつでも帰っておいで。
大盛りのうな丼を平らげるなり息子は去っていった。
父と母は息子の抱えているだろう苦悩を思う。 どんなにか耐えている事だろうとその痛みを思う。
頑張れとは一度も言った事がない。
だってもうじゅうぶんに頑張っているのにちがいないのだもの。
曇り日。夏の太陽はまたどこかに隠れてしまったようだ。
立秋も近くなりこのまま夏が消えてしまいそうな気がしてならない。
そんなお天気のせいもあるのだろう。 今日もヒグラシが盛んに鳴き大合唱をしていた。
その声がこだまするように響き胸にせつなさが込み上げてくる。
それは命の声なのではないだろうか。
みんなみんな生きているのだなとそれを感じる。
その声に耳を澄ますじぶんもぽつねんとそこにいて。
なんだかそれが奇蹟のように尊いことに思えてくる。
明日のことなど誰にもわかりはしないけれど。
きっと生きていられるような気がしてほっとするのだった。
山里では稲穂がずいぶんと黄金色になり。 なんだか秋の風景を見ているような気持ちになる。
農家の人たちは稲刈りの事を『秋』というのだけれど。 確かにそれが夏だとは思えない独特の風情を感じるのだった。
ひぐらしがしきりに鳴く昼下がり。 こころのどこかに穴が開いたようにふっと寂しさをおぼえる。
いったい何が足りないというのだろう。 こんなに満たされているというのに不思議な気持ちになった。
わたしはもうおんなではないのかもしれない。 ふと唐突にそんなことをおもう時がある。
寂しさもせつなさもただ生きているからこそのこと。
おんなを失ってしまったのだとしたらそれでもいいのだ。
今年も職場の庭に純白のムクゲの花が咲く。
清楚で健気でなんと美しい花なのだろう。
けれども憧れたりはするまいと決心をする。
ありのままのじぶんを愛していたいとおもうのだ。
風もなくとても蒸し暑い一日だった。
蝉の声が一気に元気になったような気がする。 今を生きている小さな命。がんばれがんばれと応援したくなる。
西日本は夏の高気圧におおわれているけれど。 東日本はずっと不安定な天気が続いているようだった。
新潟や福島の豪雨のニュースはなんとも心が痛んでならない。 天は容赦なく襲いかかってくるもの。どうしようも出来ない事が。 あまりにも多過ぎるのではないだろうか。ひとはみな耐えるしかない。
俺達はこんなに恵まれているんだな。夕食をとりつつ彼がつぶやく。 普通に暮らしていけることのありがたさをあらためて感じたことだった。
そうして平穏にいちにが暮れていく。なんと幸せなことだろうか。
散歩道ではあんずが夏草とたわむれ。とても満足そうな顔をしていた。 先日の台風ではすっかり濁流と化していた川も今は清らかに流れている。
いつまでもそうであってほしいと願わずにはいられなかった。
生きている限りどんな時もある。どうしようもできないことも。
けれども生きていかなければいけない。精一杯に日々を歩んでいこう。
猛暑日。おそらくこの夏いちばんの暑さではなかっただろうか。
以前は夏の暑さがとても苦手だったことを思い出す。 それが今では耐えられるようになったのが不思議だった。
夏が大好きだった子供の頃にはほど遠いけれど。 ふと童心にかえったかのように夏を楽しむ気持ちになる。
夏休み。おじいちゃんの畑のスイカがとても美味しかったこと。 くちびるが紫になるくらい川で水遊びをしたことなど懐かしい。
おじいちゃんも死んでしまった。おばあちゃんも死んでしまった。 けれども記憶のなかではいつでもかえって行ける夏があるのだった。
そういえば弟はスイカが大好物だったっけ。 半分に切ったのをスプーンでほじくってペロリと食べてしまった。 そうして残った皮の部分を頭にかぶっておどけたりしたものだった。
そうそう、そうして翌朝にはスイカ色のおねしょをしたりしたんだ。 あれはとても愉快だった。あいつまさか忘れてなんかいないだろうな。
夏にはたくさんの思い出がある。
それが夏の事でなかったなら忘れてしまったかもしれない。
そう思うと夏のことがとても愛しくてならないのだった。
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