久しぶりの晴天。やっと夏の太陽に会えた。 心地よい夏風のおかげで暑さもさほど気にならずにすむ。
今はちょうど夕陽が沈むところ。 茜色に染まる空を仰ぎながらこれを記している。
明日もきっと晴れるのにちがいない。空とゆびきりげんまんをしよう。
今日も平穏だった。それはとてもありがたいことなのだけれど。 ふっとこわくなる。突然に何かを失ってしまいそうで不安になる。
誰しもそんなきもちになることがあるのではないだろうか。 なにもかもが決して当たり前のことなんかではないのだと。 あたえられている日常がとても貴重な時間のように思えてくる。
だからといってそれは特別な時間ではないのだった。 普通のこと。ささやかなこと。それがいちばんの幸せに思えてくる。
きっとこれでいいのだろう。何も不安がることなんかないのだろう。
あとは眠るだけ。そうして何事もなく朝を迎えるだけ。
大丈夫。生きているのだもの。大丈夫。ちゃんとここにいるから。
曇り日。大気が不安定なのだろう時折りにわか雨が降る。 ここしばらく夏の太陽というものを見ていなかった。 それがとても恋しく思えてならない今日この頃である。
山里ではしきりに蜩(ヒグラシ)が鳴く。 他の蝉の声にくらべるとなんともの哀しい鳴き声なのだろう。 静寂にこだまするようにそれは鳴きふっとせつなさをおぼえる。
誰かをそっと呼んでいるような。
誰かをそっと待っているような。

毎朝出勤前にNHKの連続ドラマ『おひさま』を見ている。 BSだと7時半からなので欠かさず見ることが出来るのだった。 ドラマはもちろんのことその主題歌がとても好きになった。 残念ながら毎朝はそれが流れずどうしてだろうといつも思う。
とても優しいきもちになれる気がする。
大切なひとをすごくすごく守りたいなっておもう。
今が真夏であることを忘れてしまうほどの涼しさ。 過ごしやすいけれどなんとなく物足りなさを感じる。
夏がかくれんぼをしているのだろうか。
そうだとしたら早く見つけてあげなくてはいけない。
そんな涼しさに誘われたのかもしれない。 山里にはもうコスモスの花が咲き始めていた。 あまりに思いがけなくてびっくりとしながら。 好きな花を見つけるとやはり嬉しいものだった。
いちにちがたんたんと過ぎていく。 このうえなく平凡でこのうえなく平穏だった。
それが何よりも幸せなことなのだとあらためて思う。
真夜中から明け方にかけて激しい雷雨だった。 稲光と爆弾のような雷鳴が響き殆ど眠れないまま朝を迎える。
けれども雨上がりの朝のなんとも清々しい空気。 蒸し暑さもなく涼しくて過ごしやすい一日となった。
山里で仕事をしながらふとあるご老人の顔が浮かんでくる。 常連さんのお客さんだったけれど最近見かけないななんて。 元気でいてくれたらいいなって思ったその矢先のことだった。
なんとそのご老人がひょっこりと立ち寄ってくれたのだった。 手にはのど飴の袋。差し入れだよと言って私に手渡してくれた。 テレパシーというのだろうか。あまりの偶然にびっくりとする。
パンク修理とかオイル交換とかまったくそういうのじゃなくて。 ただ顔を見せたくなったのだと笑って言って手を振って帰って行った。
ほのぼのと嬉しさが込み上げてくる。これもささやかな糸のおかげだろう。
思いというものは必ず通じるものなのだろうか。 そう信じたくなるような出来事だったけれど。
ときには思うことさえも諦めてしまうことが私にはあった。
最近はとくに。ついつい投げやりな気持ちになることが多い。
けれどもひとを思うということはとても大切な事ではないだろうか。
みんなみんなか細くてもしっかりとした糸でつながっている。
その糸を自ら切るような事をしてはいけないなとつくづく思った。
気温はさほど高くならなかったが風がなく蒸し暑いいちにち。
午前中少しだけ家事をしただけでまたまた怠け者と化す。 ぐうたらぐうたら寝るというまことにだらしない有り様。
お昼にそうめんをたくさん湯がいた。 お腹一杯食べておいて晩ご飯もまたそうめんだった。
好きなのだ。あのつるつる感がなんともいえない。 三食そうめんでも良いなと思うくらい好きなのである。
好きな物をお腹一杯食べられることほど幸せなことはない。
そうして平穏に一日が暮れていくことが何よりに思う。
どうか無事にあしたがきますように。
いつもそう願いつつちいさな仏壇に手を合わせて眠りにつく。
昨日にくらべたらずいぶんと涼しい一日だった。
ずっとずっと風に吹かれていたくなるような。 そうしてぼんやりと空を仰いでいられたらどんなに良いだろうか。
忘れてしまいそうなことがひとつある。 だってもう8年もの歳月が流れてしまったから。 その頃にはたしかにあった情熱のようなものが。
いまはもうなかった。
そのことがすこしさびしい。
私は人生を旅しているのだとつくづく思ったりする。
戻ることはない。片道切符の旅だもの。
だからもしも忘れてしまったとしても私は私を責めやしない。

長年使っているケイタイの周波数が変わるとかで。 もう使えなくなるのだとしつこいくらい電話がかかってきていた。 無料で新しい機種を提供してくれると言うので今日はお店に行って来た。
新しいケイタイはちょっと使い難い。 仕方ないなと思いつつかなりとまどってしまった。
メールが思うように打てない。これには参ってしまう。
友人のお誕生日だったので一生懸命それを打とうとするが。 すっかり手間取ってしまってとうとう諦めてしまった。
けれどもそのおかげで久しぶりに声を聴くことが出来てよかった。
元気そうな声にとてもほっとする。なんてありがたい声なのだろう。
爽やかな朝の風もつかのまのこと。 快晴の空から真夏の陽射しが降りそそぎ。 じりじりと焦げるような暑さになった。
6日ぶりの山里へと向かう道。 心配していた崖崩れもなくほっとする。 実り始めた稲穂もさほど被害がなかったようだ。
稲が香っているのだろうか。ふっと秋の匂いを感じた。
そんな田園風景のなかを白装束のお遍路さんが歩く。 夏遍路は暑さとの闘い。どんなにか厳しいことだろうか。
労いの言葉をかけられない替わりにそっと頭をさげる。 ひたすら歩いているそのひとには気づいてもらえない。 けれども何かが伝わってくれるような気がしてそれをする。
ただそれだけのことだけれどそれはとても清々しいきもち。
職場に着き。懐かしいような母に会う。同僚に会う。 なんだかちょっと照れくさいような気持ちになった。
母がまた堰を切ったようにおしゃべりを始める。 相槌を打つのが今日の仕事だったような一日になる。
職場のすぐ近くの魚屋さんが店先でうなぎを焼いていた。 今日が土用の丑の日であることを思い出し買って帰った。
炭火でこんがりと焼いた蒲焼の美味しかったこと。
これでこの夏の暑さも元気に乗り越えられそうだ。
|