昨日にくらべたらずいぶんと涼しい一日だった。
ずっとずっと風に吹かれていたくなるような。 そうしてぼんやりと空を仰いでいられたらどんなに良いだろうか。
忘れてしまいそうなことがひとつある。 だってもう8年もの歳月が流れてしまったから。 その頃にはたしかにあった情熱のようなものが。
いまはもうなかった。
そのことがすこしさびしい。
私は人生を旅しているのだとつくづく思ったりする。
戻ることはない。片道切符の旅だもの。
だからもしも忘れてしまったとしても私は私を責めやしない。

長年使っているケイタイの周波数が変わるとかで。 もう使えなくなるのだとしつこいくらい電話がかかってきていた。 無料で新しい機種を提供してくれると言うので今日はお店に行って来た。
新しいケイタイはちょっと使い難い。 仕方ないなと思いつつかなりとまどってしまった。
メールが思うように打てない。これには参ってしまう。
友人のお誕生日だったので一生懸命それを打とうとするが。 すっかり手間取ってしまってとうとう諦めてしまった。
けれどもそのおかげで久しぶりに声を聴くことが出来てよかった。
元気そうな声にとてもほっとする。なんてありがたい声なのだろう。
爽やかな朝の風もつかのまのこと。 快晴の空から真夏の陽射しが降りそそぎ。 じりじりと焦げるような暑さになった。
6日ぶりの山里へと向かう道。 心配していた崖崩れもなくほっとする。 実り始めた稲穂もさほど被害がなかったようだ。
稲が香っているのだろうか。ふっと秋の匂いを感じた。
そんな田園風景のなかを白装束のお遍路さんが歩く。 夏遍路は暑さとの闘い。どんなにか厳しいことだろうか。
労いの言葉をかけられない替わりにそっと頭をさげる。 ひたすら歩いているそのひとには気づいてもらえない。 けれども何かが伝わってくれるような気がしてそれをする。
ただそれだけのことだけれどそれはとても清々しいきもち。
職場に着き。懐かしいような母に会う。同僚に会う。 なんだかちょっと照れくさいような気持ちになった。
母がまた堰を切ったようにおしゃべりを始める。 相槌を打つのが今日の仕事だったような一日になる。
職場のすぐ近くの魚屋さんが店先でうなぎを焼いていた。 今日が土用の丑の日であることを思い出し買って帰った。
炭火でこんがりと焼いた蒲焼の美味しかったこと。
これでこの夏の暑さも元気に乗り越えられそうだ。
名残の風が一日中吹き荒れていたけれど。 午後にはずっかり青空になりほっと空を仰ぐ。
過ぎ去ればまたその後の進路が気掛かりなもの。 どうかこれ以上の被害がありませんようにと祈るばかり。
今日こそは山里の職場に行くべきところだったけれど。 まだ崖崩れの恐れがあると言う事でもう一日休みをいただく。 おかげで洗濯をしたり荒れた庭の掃除など出来て良かった。
買物にも行ったけれどすぐ近くの県道が通行止めになっていた。 崖崩れがあり大きな木や土砂に埋もれている道を目の当たりにする。 とても怖いものだなと思う。巻き込まれた人がいなくて幸いだった。
迂回路を通って行く事は出来たけれど狭い道でかなり混雑していた。 しばらくは不便が続くだろうけれど仕方ない事と思うしかないだろう。
大地震の被災地を思うと台風の被害などほんとうに些細な事かもしれない。 そうしてすぐに戻ってくる平穏。なんと恵まれている事だろうと思うのだった。
午後三時。あんずは私が家に居る事を知っていてまたきゅいんと泣き出す。 首のカラーをやっと外す事が出来てすっかり自由になった彼女だった。
土手の道はもの凄い風。その風にあおられながらふたりで歩く。 昨日は河川敷まであった川の水が今日はもうすっかり引いている。 濁流には変わりなかったが、ほんの少しその流れが緩やかに見えた。
今日よりも明日とその川の水はすぐに澄みわたることだろう。 そうしてまた空を映し真っ青な清き流れにと戻っていくのだった。
雨戸を閉め切った家の中で一日を過ごす。 いまだ暴風雨圏内にあるようだけれど。 今は雨も降りやみ小康状態と言ったところか。
つい先ほど川の様子が気になり見に行って来たが。 かなり増水しており怖ろしいような濁流が流れていた。 市内の各所で冠水しているところがあったり。 危険水域を越えて避難をしている人も多いという。
我が家は幸いなことに無事である。 それがどんなにありがたいことだろうか。
覚悟をしていた停電もまぬがれ。 こうしてささやかに今日を記すことも出来る。
息子や娘とも連絡がとれ大丈夫だよということ。 息子は深夜まで仕事。娘も早目に帰宅できそうでほっとする。
消防団の夫は午前中に招集があり高潮の警戒に出掛けた。 もう慣れているはずだったけれど。さすがに独りは心細く。 「行かないで」と言ったら「バカかおまえは!」と笑われた。
でもよくよく考えてみたら独りぼっちなんかじゃなかった。 庭の犬小屋にいたあんずを家の中に引っ張り込んで。 彼女の寝ている姿に安堵しつつ時を過ごす事になる。
それにしても急に静かになった。 嵐はもう過ぎ去ったというのだろうか。
いやまだ油断は出来ない。無事に明日がくるまでは。
おとうさんはやく帰って来てくれたらいいな・・・。
台風6号が不気味に接近していて風雨が強まってきた。 来るものは避けようがなく身構えるような気持ちで時を過ごすしかない。 明日は暴風域に入る見込みでもしかしたら上陸も在りうるだろう。
息子や娘のことが心配でならない。 仕事がちょうど休みなら良いのだけれど。 一緒に暮らさなくなってから子供たちの予定がまったくわからなくなった。
心配し過ぎだよと父である彼は笑い飛ばそうとするけれど。 心配性の母はどうしても悪い事ばかり考えてしまうのだった。
どうか危険な目にあいませんようにと祈らずにはいられない。
玄関先のつばめが。二度目の子育てをしている最中でもある。 暑さのせいだろうか先日から三羽の雛が亡くなってしまった。 もう駄目かもしれないと諦めていた矢先。 一羽が無事に育っているのを確認したばかりだった。
そのかけがえのない一羽の雛に餌を運び続ける親鳥。 今日も強い雨の中を勇ましく飛び立っていく姿を見た。
そうして夕方にはいつもより早目に帰巣してきて。 雛を抱くようにしてその羽根で包みこんでいた。 愛しい我が子。この嵐からなんとしても守ろうとするかのように。
微笑ましさ以上に強い愛情を感じて目頭が熱くなった。
やまない雨はない。過ぎない嵐もないのだもの。
きっとだいじょうぶ。つよくつよく生きてほしいよ。
午前四時。あんずが泣き始めて目が覚める。 それは甘えているようななんともせつない泣き声だった。 きゅいんきゅいんと甲高い声で泣き続ける。 ご近所迷惑にもなるだろうと夫が仕方なく散歩に連れて行った。
おしっこを我慢していたのかなと思ったけれど。 どうやらそうではなくその後もしばらく泣き続けていた。 いったいどうしたことか。言葉が通じればどんなに良いだろうか。
そんなあんずも昼間は静かにほとんど寝ている。 以前のように無駄吠えをすることもなくなりそれはとても助かっている。
午後四時。また泣き始めた。 今度は私と行く散歩をせがんでいるのだとわかる。 まだ陽射しのきつい中ふたりとぼとぼといつもの道を歩く。 汗びっしょりになった。あんずも暑いのだろうぜえぜえ言っている。 それでも満足げな表情をしていて私もほっとするのだった。
午後七時。今度は泣かなかったけれど。 夕涼みをかねてまた散歩に連れて行った。 ちょうど夕陽の沈む頃。茜色の空に川風が心地よい。
土手の石段に腰をおろしてしばらくそんな空を眺めていた。 あんずはあたりの草とたわむれている。草のことがよほど好きらしい。
明日の朝はどうか泣かないでね。そう言ってあたまを撫でてあげる。 わかったのかわからないのか。きょとんした目で見つめるばかり。
なんだかあんずに振り回されてしまったような一日だったけれど。
どうしようもなく老いていしまった我が家の末娘だった。
甘えたいのならそうさせてあげたい。
そんな愛もあってもよいのではないだろうか。
暑いですね。会う人みなが合言葉のように声をかけ合う。 猛暑日にこそならなかったけれどそうなる日も近いことだろう。 日に日に夏色が濃くなっていくのを感じる今日この頃であった。
山里は平野に比べるとほんの少し涼しいのではないかと思う。 木陰で風に吹かれていると一瞬でも暑さを忘れていられる。
事務所もまだエアコンを入れないでいる。 我慢しようと思えばそれも可能で開け放した窓から風を呼ぶ。 その風のことが私はとても好きだった。 けれどもそれもそろそろ限界かもしれない。 今日は母が暑さに耐えられないと言っていたことだし。
帰宅時。クルマのエアコンもまだつけないでいる。 なるべく自然の風を浴びようと窓を全開にして走っている。 その風の爽快なこと。やはり私は風のことが好きでならないようだ。
けれどもそんな風もやがて熱風に変わってしまうのだろうか。
なんだかそれはすこしさびしい。風が風でなくなるような。
風はあくまでも風であってほしいと願う気持ちを抱きつつ。
風に吹かれてみるのがいい。夏には夏の風が歌い続けている。
|