小雨が降り続く。蒸し暑さもなく過ごしやすい一日だった。
山里の職場に着くなり義父の苛立った声。 どうしたことかと身構えつつ胃がきゅうっと痛くなる。
以前にもここに記したことがあったけれど。 母の姑にあたる私にとっても義理の祖母であるひと。 その祖母の足がぷっくりと腫れてしまい動けないのだと言う。
病院に連れて行くにも手間取ってしまい義父が苛立っていた。 少しでも手助けをと思い私も祖母の家に駆けつけたのだけれど。
義父は決しておんぶをしたり抱き上げたりもしなかった。 傍目にはそれはとても酷いことのように思えてならない。 けれどもなんとしても自力で立ち上がれと叱咤激励している。 祖母も必死の様子で一生懸命ふんばっているのだった。
時間はかかったけれど祖母は精一杯頑張った。 そうしてやっとの思いでクルマに乗り込み病院へ行く。
骨には異常なし。けれども原因は分からないまま帰宅する。 祖母は赤子のように這いずりながら茶の間に落ち着いた。
義父の叱咤激励は続く。それはどうしても怒鳴り声に聞こえるけれど。 私が口を挟んで優しく言えば祖母は手を振ってそれを遮ろうとするのだった。
ありがとうね。またあした来ておくれよねと祖母。
胸に熱いものが込み上げてくる。悲しいのじゃない・・それは決して。
老いるということはこんなにもせつないことなのだろうか。
どうかおばあちゃんがちゃんと動けるようになりますように。
ただただ祈ることしか出来ない。なんだかそれが歯がゆくてならない。
昨夜降った雨のおかげだろうか。今朝はとても涼しく感じた。 けれども日中の陽射しは強くなりまた真夏日がおとずれる。
午前中は週イチのバドミントンに出掛け気持ちよく汗を流した。 熱中症も気になるけれど夏のスポーツは癖になるほど心地よいものだ。 早くも来週が待ち遠しい。身体を動かしていると心も元気になるようだ。
午後四時過ぎ。あんずに催促されていつもの散歩に出掛ける。 犬は暑さに弱いはずだけれどあんずは平気な様子で元気に歩く。 術後の経過も良く日に日に回復しているのがわかりほっとする。
もう大丈夫かもしれないと思い、今日はお大師堂まで足をのばした。 何も言わなくてもそれがわかるらしい。先へ先へとその場所を目指す。
やはりお大師堂はこころが落ち着く。ほっと安堵するような安らぎがある。 しばしのご無沙汰を詫びつつ手を合わせていると心が洗われるようだった。
願いごとはするまいと今日は思う。ただただ平穏に感謝するばかり。
あたえられている日常のすべてのことが当たり前のことではないこと。
その大切さを決してわすれてはいけないとおもう。
早朝。あんずの悲鳴のような泣き声で目覚める。 どうやらトイレを我慢しきれなくなっていたようだ。 人間の言葉はしゃべれなくてもそうやって伝えようとする。 もっともっと言いたい事があるだろうに。 そう思うとどんな些細なしぐさも感じ取ってあげなくてはと思った。
少し寝不足の朝。いつもの山道を職場へと向かう。 するといつの間に咲いたのだろう。ねむの木の花があちらこちら。 とても好きな花だった。ちいさな孔雀が木にとまっているように見える。
ことしもまたそんな季節が巡って来たのだなあと感慨深く眺めた。 紫陽花の季節が終わり始めてもこうして夏の花たちが生まれてくれる。 春夏秋冬。花はいつも傍らにありひとの心を和ませてくれるものだ。
職場に着けばヤマモモの実が赤く色づきはっと目をみはるほど。 ほんの数日見ないあいだにこんなにもたわわに実ってくれたのかと。 なんとも嬉しい気持ちになった。すっかり夏なのだなあとつくづく思う。
咲く花。実る木。すべて命があってこそのこと。 もしも失うことがあったとしても嘆いてはいけないのだと思う。
おかげでいきいきとした気持ちになり一日を過ごせた。
夏の花よありがとう。夏の実よありがとう。
早朝の爽やかさもつかの間。今日も真夏日となりとても暑くなる。 家事もそこそこに一日中だらだらと過ごしてしまった。
うたた寝をしている時に夢をみた。それは寝ている夢で。 すぐそばにサチコがいたので夢ではないのかもしれないと思い。 早く起きなくてはと目を開けようとするのだけれど起きられなくて。 やっと目が覚めた時には汗びっしょり。もちろんサチコはどこにもいない。
どうした?うなされていたぞと彼に笑われてしまった。 目覚ましに冷たい物が食べたくなりコンビニにアイスを買いに行く。 からだがふにゃふにゃと気だるくてしょうがない午後のことだった。
とにかく動き出さなくては。 晩ご飯は炊き込みご飯の予定だったので早めに下ごしらえをする。 そうしていつもの散歩に出掛けた。 いつの間に曇ったのだろう。暑さも少し和らぎ川風が心地よかった。 あんずの足取りが日に日に元気になる。私も負けてはいられない。 土手の草むらに顔をうずめるあんず。私もそれを真似てみたくなる。
草のにおい。どんなだろうか。きっと懐かしいにおいがすることだろう。
くんくんくんと犬になりたい。おとなではなくてこどもになりたいような。
6月のカレンダーを千切るとそこには一面のラベンダー畑。 まだ一度も訪れたことがない北海道の大地に思いを馳せた。
夢だなと思う。一生叶わないかもしれないけれど夢はあるほうがいい。 ひとり旅がしてみたかった。迷子になってしまうかもしれないけれど。
親戚に不幸があり、昨夜はお通夜。今日はお葬式と慌しく過ごす。 人が死んでしまうという事にすっかり慣れてしまった自分が怖くなる。 自分もいつかはと思うともっと怖くなる。出来れば長生きがしたい。 せめて米寿までなどと欲なことをふと考えてしまったりするのだった。
帰宅後あんずと散歩。まだあまり遠くまでは歩けなくて。 日課だったお大師堂まではしばらくおあずけになりそうだ。 首にがっしりと取り付けられたカラーが嫌でたまらない様子。 歩きながらそれを地面に叩きつけるようにしながら散歩する。
お気に入りの犬小屋も入り口を広めてあげたら大喜びだった。 軒下は駄目。家の玄関も気に入らず一晩中泣いていたのが嘘のよう。 昨夜は犬小屋でぐっすりと眠ってくれてとてもほっとしている。 自分の匂いが染み付いた犬小屋がいちばん安心するようだった。
ゆっくりだけれど日に日に元気を取り戻しているあんず。
父さんも母さんもやけに優しいなあってふふっと笑っているようだ。
| 2011年06月29日(水) |
よしよし。よしよし。 |
あんずの手術無事に終わりほっとする。
本来なら病院に一泊するべきところ。 性格的にとても無理だろうと言うことで。 まだ麻酔の抜け切らないあんずを抱いて帰る。
心臓がとっくんとっくんしているの伝わってきて。 なんとか弱いことだろうと愛しさが込み上げてきた。 いつもはおてんばではしゃぎまわっているあんずが。 はあはあと息をしてとてもしんどそうに丸まっている。
高齢なのによく頑張りましねとほめてもらったけれど。 いきなりのことだったのでどんなにか途惑った事だろう。
首にはえりまきトカゲのようなカラーを付けられて。 それが気になるのかしきりに首を動かし嫌がっている。
ドックフードを私の手のひらにのせて食べさせてみた。 一粒でも良いから食べてほしかった。 そうしたら空腹だったのだろう舌先でそれをすくう。 一粒二粒と少しずつだけれど食べてくれてほっとした。
そのたびに伝わる舌先の温もり。ああ生きているんだなと思う。 今までこんなにも温もりを感じたことがなかったように思った。
ちいさな命。かけがえのない家族だった。とても愛しい末娘。
カラーが邪魔になりお気に入りの犬小屋には入ることが出来ず。 今夜からしばらくは軒下で過ごさなければいけなくなった。
落ち着かない様子。きゅいんきゅいんとせつない声で泣いている。 その声が聞こえるたびに父も母もそばに行って宥めるしか出来ない。
よしよし。よしよし。何度もその頭を撫でるばかりだった。
すっかり梅雨明けを思わすような晴天。 ああ夏なのだなとまぶしい空を仰いだ。
洗濯をたくさんする。もっともっと洗いたくなる。 主婦冥利に尽きると言うか洗濯物を干すのが楽しい。
午前中は例のバドクラブに行き心地よく汗を流した。 私も専業主婦になりたかった。毎日バドをしたくなる。 実は昨日さんざん母に嫌味を言われてやっととれた休み。 後ろめたさは消えないけれどとても貴重な時間に思えた。 どこまでが親孝行でどこからが親不孝なのかよくわからないけれど。 なんとしても週イチの楽しみを続けていきたいと思っている。
午後からは嫌がるあんずをやっとの思いで動物病院に連れて行く。 狂犬病の注射もフィラリアの予防もずいぶんと遅くなってしまった。 それと後ろ足の腫瘍。この一年で見るも無残なありさまになっていた。
獣医さんももう限界だと言う事で急遽明日手術をすることになった。 いくら元気だといえ老犬が手術に耐えられるだろうかと心配になる。 けれども腫瘍をそのままにしていると破裂してしまい危険だと言うから。 いちかばちかの気持ち。獣医さんを信じてすべてお任せする事にする。
あんずは病院に行った事にひどく参ってしまったのか食欲もなし。 明日はもっともっと参ってしまうことになるだろうと気掛かりでならない。
我が家の末娘。それなのに人間の年にするといちばんの長老だった。 そのことがたまらなくせつない。寿命というものがどうしてあるのか。
あんず。明日はあんずの一生でいちばん怖くてたまらない一日に。 なるかもしれないけれど。父さんも母さんもついているから大丈夫。 我慢して耐えようね。そうしてまた元気に走りまわろうよね。
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