ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年06月24日(金) 夕涼み

日中の気温は30℃を越え今日も真夏日となる。
蒸し暑さは感じたけれど吹く風はとても心地よかった。

夕涼みを兼ね食後に散歩に出掛ける。
水辺のひたひたと満ちるような水の匂いが好きだった。

あれこれと物思いにふけりたくなったけれど。
あんずに振り回されてそれも思うようにはいかず。
私は少しご機嫌斜めになる。あんずを叱ってみたり。

それでも彼女はまったく聞く耳をもたない。
犬と喧嘩をしても仕方ないけれどこんな日もあるものだ。

穏やかではない自分を嫌だなとつくづく思う。
そういえば昼間の仕事中も苛立っていたなと気づく。

どうしてだったのだろう。その理由さえもわからずにいた。


こころにゆとりがなかったのかもしれない。
些細な事ばかりにこだわっていたのかもしれなかった。


ゆとりってなんだろう?

たとえばゆったりと流れるままの川の水のようなことかな?

どうすればそんな川の水のようになれますか?



2011年06月23日(木) 過去という名の現実

昨日旧友の声を聞いてからというもの。
高校時代のことが押し寄せてくるように思い出されてならない。

それはまるで昨日のことのように鮮やかな記憶だというのに。
いったいどれほど遠いところまで来てしまったのだろうか。

放送部で始まり放送部で終わったような私の青春だった。
そこに属していなければ私の人生までも変わっていたことだろう。

ひとりはS先輩。もうひとりはN先生。
恋というものは今思えばあまりにも儚くて。
どうしてあれほどまでに胸を痛めたのかわからなかった。

もう終りにしようとS先輩が告げたのは放送室の片隅。
嘘でしょ?って思った。だってずっとずっと信じていたから。
それが本当のことなら私は死ななくてはと本気で思った。
死に場所まで決めたというのに私は死ねずに生きる事になった。

S先輩が卒業し、私は放送部の部長になった。
リクエストボックスなるものを設置しお昼休みに音楽を流す。
教育実習で来ていたN先生はそれをとても喜んでくれた。
毎日のように放送室に押しかけてくるN先生と意気投合する。

それからのことはここに記すことが出来ないけれど。
N先生との出会いが私の人生を大きく変えてしまったのだった。

それはとても辛く悲しい現実をともなう。その現実を一生背負うことになる。


36年の歳月が流れた。けれども私はいまだに背負い続けている。

生きている限り。いや死んでしまっても背負い続けていることだろう。

それが女に生まれた。母という名のさだめだと思っている。





2011年06月22日(水) 懐かしき声

梅雨の晴れ間は嬉しいけれどなんとも蒸し暑い一日だった。


山里の職場を休ませてもらって先週からお世話になっているバドクラブへ行く。
後ろめたさはあるけれど、バドを続けたい一心で決めたことだった。
そうして身体を動かし気持ちよく汗を流すことに満たされている自分を感じる。

クラブには専業主婦のメンバーが多いのだけれど、
そのひとりが私と同じ高校の出身で後輩だとわかった。
先週から意気投合しあれこれと気軽におしゃべりなどしていた。
今日は何年生まれですか?と訊かれちょっとあたふたとしていたところ。
彼女のお姉さんの話しになり私と同い年だと言うことがわかった。
それも同じ高校だということでびっくりしたのは言うまでもない。

そうしてお姉さんの名前を聞きもっともっと驚くことになる。
クラスは違ったけれど同じ放送部ですごく仲良しだったあっ子ちゃん。

すぐに電話をかけてくれてなんと32年ぶりにその声を聞くことが出来た。
懐かしいと一言ではとても言い表すことが出来ないほどの感激だった。

私が先に結婚をし、長男がまだお腹のなかにいた頃だった。
遠路はるばるあっ子ちゃんが我が家を訪ねて来てくれたことがある。
臨月間近だった私は自分の身体のことで精一杯でろくにおかまいも出来ず。
いま思えばなんとそっけなく接してしまった事だろうと後悔している。

そうしてそれから間もなくあっ子ちゃんから結婚の報せを受けた。
私はその時もそっけなく。心からお祝いの言葉さえかけられなかったのだ。
その時の電話が最後だった。それ以来ぷっつりと途絶えてしまった友情。

私がもっと親身になってさえいればずっと育んでいられたものを。
若き日を思い出すたびにそれを悔やみ苦い思い出となって心に残っていた。


あっ子ちゃんの声は少しも変わらない。なんとも懐かしい声だった。

32年。あまりにも歳月が流れてしまったけれど。また繋がった縁。

近いうちにきっと会おうね。そう約束して電話を切った。

変わらないことがひとつでもあることはとても嬉しいことだと思う。



2011年06月21日(火) 再会

降り続いていた雨がやっとやむ。
午後から薄日が射し始め気温がぐんと上がった。
蒸し暑さは苦手だけれど梅雨の中休みは嬉しいものだ。


散歩道。久しぶりにお大師堂まで足をのばす。
お経を唱え手を合わせていると心が澄みわたるようだ。
そうしてついついとお願い事などしてしまうのだった。

お賽銭がずいぶんと増えている。
雨の日も欠かさずお参りに来ている人がいる証拠でもある。
それを思うと私などはほんとうに気まぐれなのだなと思った。

信仰心はさほどない。ただ心が落ち着くというだけで参っている。
これからもそれはあまり変わらないのではないだろうかと思うけれど。
年を重ねるごとに信仰心も芽生えてくるものなのかもしれなかった。


帰り道の土手で例のお遍路さんと再会する。
電話連絡も何もない。ほんとうに偶然に出会うことが出来た。
土佐を打ち終え伊予路に向かったと思っていただけにとても驚く。

打ち戻るにはなにか理由があるのだろうけれどあえて聞かなかった。
ほんのつかの間の立ち話をしただけで今回は別れる。
肝心なことを話しそびれてしまったけれどまあ良いかなと思った。

縁深いひとだからまたきっと出会うことが出来るだろう。
あくまでも偶然に。そう願うばかりである。

土手の階段を下り家路に向かう道。なんだか後ろ髪を引かれる思い。

もしかしたら大切な縁を粗末にしているのではないかとふと思った。





2011年06月20日(月) どしゃぶりの雨

山里へ向かう朝の道でどしゃぶりの雨にあう。

クルマのワイパーも役に立たないほどの凄い雨。
ハンドルを持つ手がぶるぶると震えた。

嫌いではないはずの雨がとても怖いと思った。
ちょうど良いくらいの雨ばかりとはいかないものだ。

ありのままの空のこと。今日はご機嫌斜めなのだなと思う。
雷まで鳴り始めてとてつもなく怒っているような空だった。

どんな日もある。こんな日もあってよし。


そんな雨も夕方にはぴたりとやみ。
ほんの少しだけ土手の道を散歩する。
川の水は濁流になりずいぶんと増水していた。

そんな川を見ていると気分がざわざわとしてくる。
なにか怖ろしい事が起こりそうで不安になってしまうのだ。


けれども平穏なまま日が暮れていくありがたさ。
今夜は息子もひょっこり帰って来て三人で夕食を囲んだ。

鰹のタタキを美味しいと言って食べてくれる息子。
いつもは離れていてもいつだって家族に変わりはない。

母さんはいつも四人分作るんだぞと夫が言う。

そうなんです。それが母さんの日課なのです。

だからしんちゃんいつでも帰ってきてね!



2011年06月18日(土) 雨の日に

雨の週末。家事もそこそこにほとんど寝てばかり。
からだがどんどんと重くなっていくのを感じる。

けれどもこころはさっぱりと軽いような気がした。
思い悩むことが何ひとつないということは幸せなことだった。


午後サチコ達が顔を見せてくれて父の日のプレゼントを持って来てくれた。
うれしそうなお父さん。欲しがっていた柄物の涼しそうなステテコだった。

ありがとねサチコ。お父さんが嬉しいとお母さんも嬉しいよ。



いつもなら散歩の時間。今日も雨であきらめるしかなかった。
携帯に着信あり。それは出る暇もなくすぐに途切れてしまう。
先月何度目かの再会をした修行僧のお遍路さんからだった。
電話番号を交換した事を今更ながら少し後悔している。

今までずっと偶然に出会うことが出来たひとだったから。
これからもそのほうがずっと気楽なような気がしたからだ。

折り返し電話をすることをとてもためらってしまった。
けれども無視することも出来ずに一時間ほど間をおき電話をする。

やはりお大師堂で待っているとのこと。なんとも気が重くなる。
こんなはずではなかったのにと。縁さえも心もとなく感じるばかり。

雨のせいにして今回は丁重にお断りをした。
会わなければいけない理由が漠然と不可解なものに変わったように思う。

縁とはいったいなんだろう。どうしても考えずにはいられない。

縁とはやはり手繰り寄せるようなものであってほしい。

今度再会したら素直に正直に自分の気持ちを告げたいと思った。


それがいつになるのか。それくらいの距離がわたしはほしい。



2011年06月17日(金) 切るということ

雨上がりの青空が見えたのもつかのま。
午後にはまたうす雲につつまれていく空。

山里ではしきりにウグイスが鳴く。
それがあまりにも透き通った綺麗な声で鳴くものだから。
母が真似をして歌うように鳴いてみせたりしていた。

そんなひとコマが微笑ましくてならない。
平和だなと思う。なんとのどかな午後なのだろうか。

その母が急に思い立ったように庭の桜の枝を切り始めた。
どうして?とはらはらするような気持ちでそれを見守る。
サクランボの実がなるはずの桜の木だったのだけれど。
今年はそれがならなかったから切ってしまうのだと言う。

だからと言って切ってしまうなんて酷いではないか。
そこまで出掛かった言葉をぐっと飲み込むように我慢する。

母というひとは時々そんなふうに衝動的な行動をするひとだった。

切り落とされた緑の艶やかさ。哀しいと思うのは私だけかもしれない。


そうかと思うと今度は蕾をいっぱいにつけたクチナシの木の手入れ。
それが芳香を放ち咲く日をとても楽しみにしているようだった。

日頃から植物を愛してやまない母のこと。
『切る』ということも愛なのかもしれないとふと思う。


私は『切る』ということがとても苦手だった。
どんなに生い茂っていても切ることをためらってしまう。

そうすることで植物が息を吹き返すことがあるのだとしても。


切るということはとても勇気がいるように思えてならない。

それは決して植物だけに限られたことではなかった。







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