ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年06月16日(木) ありのままの空

絶え間なく降り続く雨。

やまない雨はないのだからと雨音に耳をかたむけていた。
それはあきらめに少し似ている。けれどもそれは受けとめること。

ありのままの空でいてほしいとおもう。
だってそれはどうしようもできないことだもの。


日課の散歩に行けない日が続いている。
あんずは犬小屋にこもって寝てばかりいる。
一日中雨音を聴きながら何を思っていることだろう。

じっと我慢しているのかもしれないと思ったけれど。
そんな様子にはとても見えない。まるでおさぼりのような。
雨だから行かなくてもいいよと言わんばかりの仕草だった。

犬は飼い主に似ると言うけれど。そういうところが私と似ている。


かと言って雨があがるのを待っているわけではなかった。

雨は降りたいだけ降ればいいのだと思っている。

雨あめふれふれ母さんは。お空の下で生きている。



2011年06月15日(水) 語らい

霧のように雨。音もなく静かに降りそそぐ雨だった。

山里ではホトトギスがしきりに鳴き。
「テッペンカケタカ」と何度も何度も問うのだった。

そんな声を聴いているとなにか応えたくてたまらなくなる。
「カケタヨカケタヨ」とつぶやきながら雨の空をあおいだ。

どこにいるのだろう。その姿は見つけられない。
けれども応えることで通じ合えたような気がした。

人だから鳥だからと隔てることは何もないのかもしれない。

みんな生きている。それがとてもありがたいことなのだと思った。


植物もおなじ。それは姿は見えても声は聴くことが出来ない。
けれども草木はたしかに語らっているのだとわたしはおもう。

ひとはもっともっと耳を澄ましてその命を感じなければいけない。

たとえば雨にしっとりと濡れるばかりの紫陽花の花だったり







2011年06月14日(火) 復活

午前中久しぶりにバドミントンをしに行く。

仕事を休んでまではと躊躇していたけれど。
無性に身体を動かしたくなって行くことに決めた。

誘ってくれるバド仲間がいてくれることはとてもありがたく。
そうでなかったらどんどんと遠ざかりついに諦めてしまったかもしれない。

好きなこと。大好きだったバドを諦めてしまうこと。
もう年だし仕方ないのかもしれないと思っていた。
25年も続けることが出来てもうじゅうぶんだったから。

でも今日は行ってみてほんとによかったと思う。
最初は以前のように動けないかもしれないと不安だったけれど。
やり始めると自然に身体がついていってくれた。
そうしてどれだけ自分がバドを好きだったかを思い出す。

諦めてはいけないと強く思った。
やってやれないことはないのだと少し自信もわいてくる。

今日を復活の日としよう。

いつかは限界が来るだろうけれど今はまだその時ではない。

がんばれわたし。好きなことずっとずっと忘れないでいよう。



2011年06月13日(月) 微笑み

朝。窓をあけると久しぶりの青空が見えた。
雨上がりのなんともいえない爽やかな空気。

しんこきゅうをいっぱいする。私は心呼吸と書く。


山里の職場へと向かう山道で今朝もお遍路さんに出会った。
それがどうしたことか道の真ん中で何かをしているところ。
クルマのスピードを落としゆっくりと近づいてみたところ。
道路には赤い蟹がたくさんいて道を横断しているではないか。

お遍路さんはその蟹を助けようと杖で蟹を誘導しているのだった。
ほらほら急いで。早く渡らないとクルマに轢かれてしまうよ。

私はもちろんクルマを停めた。そうして窓越しに微笑みかける。
そうするとそのお遍路さんもにっこりと微笑みを返してくれた。

声をかけることはできなかったけれど。
互いの思いは伝わったようでなんとも嬉しいきもちになる。

こころ優しいひとなのだろう。ちいさな命を愛しむこころ。

それはとても大切なことだと私は思う。

みんなみんな精一杯生きているのだもの。


おかげでほんわかと優しい気持ちをいただく。

今日はとてもいい日だったなってすごくすごく思った。



2011年06月11日(土) 希望の光

ずっとずっと雨。かたつむりのようにして一日を過ごす。
思うようにはすすめない。いくら前を向いていたとしても。

こころのどこかをはげしく打つように雨が降る。
けれども平穏だった。なんと恵まれていることだろうか。


悪夢のような大震災から三ヶ月が経った。
被災地はいったいどうなっているのか。
被災された人達の暮らしはどうなのか。
気掛かりでならないことばかりだというのに。

テレビをつけるたびに政治のことばかりが耳に入る。
そんなことどころではないだろうと怒りさえ覚えた。

どうか一日も早い復旧を。みながそう願っているのではないだろうか。
無力な私はただただ祈ることしか出来ない。これからも祈り続けるだろう。

どうか光を。希望の光がすこしでも届きますように。


震災前には当たり前のように思っていた日々の暮らし。
それが今ではとても尊くかけがえのないことのように思える。

日々をかみしめるように大切に生きていかなければいけない。

生きているということはとても幸せなことなのだから。



2011年06月10日(金) 雨音を聴きながら

ずっとずっと昔のことを昨日のように思い出している夜。

ずいぶんと遠いところに来てしまったのだけれど。
一瞬にして帰っていけるように思えるのが不思議だった。

あの頃には10年後20年後をかんがえる心のゆとりもなかった。
まして30年後のことなどあまりにもはるかに遠いことだったから。

なにも変わらないこと。ひとつくらいはあるのかもしれない。
けれどもいろんなことがめまぐるしく変わってしまったように思う。

それが生きるということだろうか。それが人生というものだろうか。


お誕生日おめでとう。またいつでも帰って来てね。
息子にメールする。もちろん返事など来ないのだけれど。
帰る場所があるというだけで安心してくれるような気がする。

母が母であること。父が父であること。それだけはずっと変わらない。


こどもの成長が親の成長でもある。

そうしてどんな些細なことでも心配するのが親の務めでもある。

心配をしたいのだ。いつだって気遣っていたいのだ。

だってそれが愛だもの。愛しているよって胸をはって言える。


父さんも母さんもちょっとだけ老いました。

でもこれからも長生きするね。いっぱい長生きするからね。



2011年06月09日(木) 願いとは

とうとう土手の除草作業が始まった。

チガヤの白い穂も姫女苑の花も。
なんとも無残になぎ倒されていく。

仕方ない事なのだなとわかっていても。
とてもこころが痛んでならなかった。

これが雑草の運命というものだろうか。

そうだとしたらなんと儚い命なのだろう。

けれども根は残る。それだけが救いだった。

雑草はとても強い。ひとが思うよりもずっと強いのだ。




今日もお大師堂で手を合わす。
散歩の道すがら通い始めてかれこれ三年になる。
願いごとはしない。ただただ感謝をする場所であった。

それが最近では願いごとをするようになってしまったのだ。
今日はふっとそれがいけないことのように思えてならなかった。

なんと欲なことをとお大師様もあきれているかもしれない。
けれども願わずにいられない自分もはがゆく思う。

願いとは。いったいなんだろう。

漠然と思った。それが叶うなどとは思ってもいないけれど。

こころのなかでその願いが日々ふくらんでいく感触。

たとえば伝わるかもしれないという期待。

もしかしたら救われるかもしれないという希望。

なによりもこころが澄みわたるようなきもち。


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