山里には母の姑にあたる92歳のおばあちゃんがいる。 最近では認知症がすっかり進んでしまっているのだけれど。
それがとても愛嬌があって憎めないというか愉快でならない。 先日など私の顔を見るなり「今日は学校は休みかい?」と聞いた。
「うん休みやよ」って応えると「ご飯は食べたかい?」と聞く。 「うん食べたよ」って応えると「いっぱい食べんといかんよ」と笑顔。
そんなやりとりを微笑ましく感じながら目頭が熱くなったりするのだった。 老いるということはほんとうにせつないことだと思わずにいられなくなる。
そんなおばあちゃんの右手の甲が先日からぷっくりと腫れた。 病院で診てもらっても骨には異常がなく原因不明とのこと。 おそらく日課の草むしりを頑張り過ぎたのではないかと思う。
今日の青空。草むしりをしたくてたまらないのだけれど。 手が痛くて思うようにならず、ただぼんやりとしているばかり。
お昼休み。ちらっとおばあちゃんの顔を見に行く。 そうして腫れている右手を撫でてあげながら。
ちちんぷいぷい。ちちんぷいぷい。痛いの痛いのとんでいけ〜
そうしたらおばあちゃんが子供みたいに大喜びしてくれた。
「おお!治った」と言って痛いはずの右手でぐうぱあを何度もする。
そうして今度は両手を合わして「ありがとうよ」と頭を下げるのだった。
ほろりほろり今にも涙が出そうになったのは私のほうだった。
血のつながりこそないけれど、こんなに愛しいおばあちゃんはいない。
幸いなことに台風の直撃をまぬがれ。 今日は雲ひとつないほどの晴天に恵まれる。
なんと爽やかなことだろう。久しぶりの青空だった。
散歩道を行く足取りも軽い。 風につつまれるようにしながらあんずと歩く。
なにもかも忘れていられるような時間。 そんなひと時がとても必要に思えてならない。
夕方。庭にクルマが停まったなと思ったら息子だった。 いつもは来る直前に電話をしてくるのだけれど。 今日はほんとうに突然に帰って来たのだった。
どうしたことか軽やかに口笛を吹いている。 良いことなど何ひとつないといつも言っているというのに。 今日はとてもご機嫌が良さそうでほっとした。
おまけに夕食の支度を手伝ってくれる。 母とふたりで台所に立つなんてとても久しぶりのことだった。
ご馳走なんて何もないのよと言うと。それが良いのだと言う。
三人で質素な夕食。毎日だってかまわないと母はおもう。
息子の口笛が耳についてはなれない。
あれは。もう俺大丈夫だからな!の合図だったのかもしれない。
降り止まぬ雨のままあたりがたそがれていく。 しっとりとした薄暗さ。それもまた風情があってよい。
もうじゅうぶんに潤ったことだろう。 けれども足らないなにかのために雨は降り続けるのだろうか。
犬小屋に晩ご飯を持っていく。 雨に濡れるのを嫌がるあんずが顔だけ出してそれを食べた。 そのなんともものぐさな様子が可笑しくてついつい笑ってしまった。 日課の散歩もしばらくおあずけ。けれども少しも不満ではないようす。 もはや諦めているというか。それは私とおなじ気持ちのようだった。
雨があがればまたはしゃぎ出すことだろう。 ふたり心地よく風に吹かれていつもの散歩道を歩きたいものだ。
入院していた母。昨日無事に退院し今日は出勤してくる。 けれどもまだ無理は禁物。私に任せなさいの気持ちで仕事に励んだ。 多忙な一日だったけれどやれるだけのことはやったのだと思う。
母の笑顔。それがなによりも嬉しく思えた。
元気でいてね。口に出しては言えないけれどそれがいちばんの願いだった。
絶え間なく降り続く雨。
やまない雨はないという。そんな言葉をふとつぶやく。
太陽も恋しいけれど雨もまた心まで沁みわたる。
どんな日もあるものだ。こんな雨の日も愛しく思える。
仕事帰り。買物をしていると懐かしいひとに会った。 最後に会ったのは10年くらい前だろうか。 お互いの手を取り合って再会を喜び合ったことだった。
私はずいぶんと変わったと自分では思っているけれど。 変わらないねと言ってくれる。それがくすぐったく感じる。
近況など話しながら最後は肩をぎゅっと抱きしめてくれた。
縁というものはあたたかいもの。すごくすごく嬉しく感じる。
今度はいつ会えるのかわからないけれど。
また変わらないねと言ってもらえるような自分でありたいものだ。
気温もあまり上がらず肌寒く終日の雨。
雨音がとても心地よい夜になった。
ほろ酔いつつ眠気が訪れるのを静かに待っている。
平年より少し早い梅雨入りになった。
雨の日が多くなり蒸し暑さも増すだろうけれど。
梅雨はけっして嫌いではないなとおもうのだった。
厚い雨雲のうえにはかならず太陽があるのだもの。
そうして時々は顔を見せてくれてあたりを輝かせてくれる。
そんな日をわくわくしながら待っているのが好きだなとおもう。
日が暮れるとつばめの親鳥達が巣に帰って来る。 そうして母つばめは子つばめたちを包み込むようにして羽根を休める。 父つばめは巣には入らずすぐ近くの軒下でそっと巣を見守っているのだ。
その姿をなんとも微笑ましく感じながら見上げたことだった。
これもかけがえのない家族なんだなとつくづく思う。
こどもをなんとしても守ろうとする本能。それは人間と同じなのだ。
このところずっとなぜか赤ちゃんを抱いている夢を見る。 孫なのかなと思うけれどどうやらそうではなくて。 夢のなかの私はたしかに母親なのだった。
昨夜はその赤ちゃんのオムツがびっしょり濡れていて。 早く替えてあげたいのだけれどどこにもオムツがなかった。 誰かオムツを分けて下さい。そう頼みながら走り回っている夢。
不思議なのはその子の重み。ずっしりとその感覚が伝わる。 夢だとわかっているのだけれどたしかにその子を抱いているのだった。
目が覚めてはっとしながらその子のことをかんがえる。 顔は息子でもなかった。娘でもなかった。 いったいどこの赤ちゃんだったのだろう。
もしかしたら今夜も抱くのかもしれないけれど。
私はその子のために奔走することだろう。
夢のなかのその子の母親は私しかいないのだから。
すっかり梅雨入りを思わすようなお天気。 霧のような雨があたりをしっとりと潤す。
そんな雨も夕方にはやみいつもの散歩に出掛ける。 湿気を含んだ風と川風が一緒になり水の匂いがする。
道端の紫陽花がまたいちだんと色づく。 明日のことを思うと散歩も楽しみでならない。
母。右足の手術が無事に終わる。 血液が順調に流れるようになったのだろう。 痛みが嘘のように軽くなったと電話があった。 今夜はぐっすりと眠れることだろう。 とてもとてもほっとしている。
母のことだからまた急いで退院するかもしれない。 せめて今週いっぱいは安静にしているように伝えた。
仕事はなんとかなっている。 なるようになると母が言った通りだった。
自分に出来る事を精一杯に。 これが親孝行と呼べるものなら救われる思いだ。
なんだかぎゅっと押し付けられていたようなきもちが。
ふっとかるくなったようにおもえる。
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