ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年05月25日(水) 赤ちゃん

日が暮れるとつばめの親鳥達が巣に帰って来る。
そうして母つばめは子つばめたちを包み込むようにして羽根を休める。
父つばめは巣には入らずすぐ近くの軒下でそっと巣を見守っているのだ。

その姿をなんとも微笑ましく感じながら見上げたことだった。

これもかけがえのない家族なんだなとつくづく思う。

こどもをなんとしても守ろうとする本能。それは人間と同じなのだ。


このところずっとなぜか赤ちゃんを抱いている夢を見る。
孫なのかなと思うけれどどうやらそうではなくて。
夢のなかの私はたしかに母親なのだった。

昨夜はその赤ちゃんのオムツがびっしょり濡れていて。
早く替えてあげたいのだけれどどこにもオムツがなかった。
誰かオムツを分けて下さい。そう頼みながら走り回っている夢。

不思議なのはその子の重み。ずっしりとその感覚が伝わる。
夢だとわかっているのだけれどたしかにその子を抱いているのだった。

目が覚めてはっとしながらその子のことをかんがえる。
顔は息子でもなかった。娘でもなかった。
いったいどこの赤ちゃんだったのだろう。

もしかしたら今夜も抱くのかもしれないけれど。

私はその子のために奔走することだろう。

夢のなかのその子の母親は私しかいないのだから。



2011年05月24日(火) 霧のような雨

すっかり梅雨入りを思わすようなお天気。
霧のような雨があたりをしっとりと潤す。

そんな雨も夕方にはやみいつもの散歩に出掛ける。
湿気を含んだ風と川風が一緒になり水の匂いがする。

道端の紫陽花がまたいちだんと色づく。
明日のことを思うと散歩も楽しみでならない。




母。右足の手術が無事に終わる。
血液が順調に流れるようになったのだろう。
痛みが嘘のように軽くなったと電話があった。
今夜はぐっすりと眠れることだろう。
とてもとてもほっとしている。

母のことだからまた急いで退院するかもしれない。
せめて今週いっぱいは安静にしているように伝えた。

仕事はなんとかなっている。
なるようになると母が言った通りだった。

自分に出来る事を精一杯に。
これが親孝行と呼べるものなら救われる思いだ。


なんだかぎゅっと押し付けられていたようなきもちが。

ふっとかるくなったようにおもえる。




2011年05月23日(月) つばめ

つばめの赤ちゃんが生まれたよ

ちいちいってか細い声だけれど

お父さんとお母さんがかわりばんこに

餌をはこんできてくれるから

いっしょうけんめい口をあけて食べているよ

ひとつふたつみっつちいさなあたまが見えた

生きているんだすごくすごくちいさないのち

なんだかそれはささやかな希望のように思える

かならず空を飛べる日がきっとくるのだもの

生きているってうれしいことだね

生きているってしあわせなことだね





2011年05月22日(日) 冷やしうどん

紫陽花がほんのりと色づき始める。
その淡い色合いがなんともいえず好きだった。

そんなふうに染まりたいものだ。
好きな色というよりじぶんにあたえられている色に。

そうしてはっと気づくようにその色をたしかめてみたい。

これがじぶんなのだなと愛しく思えるような生き方をしたい。






夕方。息子がまたひょっこり帰って来てくれた。
例のごとくでご飯が足りなくて急いでおうどんを湯がく。
おろし生姜たっぷりのつゆで冷やしうどんにして食べた。
つるつると喉越しが良く美味しい。夏だなって思った。

お腹一杯になるとすぐに息子が帰ると言う。
いつもは玄関で見送るのだけれど。
今日は表に出て息子のクルマに手を振った。

じゃあまたなって言ってるみたいに息子が手を上げる。
仕事の事ほとんど話さなかったけれど疲れた・・って言っていた。
大丈夫だよねと思いながらもはらはらと心配な母だった。

しんちゃん。またいつでも帰っておいでね。

また一緒にご飯食べようね。



2011年05月21日(土) なるようになります

細かな雨が降ったりやんだり。
そろそろ梅雨入りが近いのかもしれない。

朝の国道で昨日出会ったお遍路さんをさがしたけれど見つからず。
雨の日は辛いと言っていたからすごく気になったのだけれど。
会えないものは仕方なく国道から県道の山道へとクルマを走らす。

そうしたら分れ道の所で立ち止まっている外国人のお遍路さんを見つけた。
男女のカップルで雨合羽を着ていて地図を広げているところだった。

すぐさまクルマをとめて駆け寄り声をかけてみる。
道わかりますか?と訊くと「サンキュー」と笑顔で応えてくれた。

ふたりが手を振ってくれる。その笑顔のなんと嬉しかったことか。
これもささやかな縁。こんな朝はとてもありがたくてならない。



仕事は少し多忙。いつも土曜日はお休みをもらっているのだけれど。
これからは臨機応変に対処しなくてはとつくづく思ったことだった。

入院中の母が外泊許可をもらって一時帰宅をしてくる。
決して無理をさせないようにとはらはらと見守るばかりだった。

家に帰れば彼が川仕事の後片付けに追われている様子。
なんとかならないかと言うのだけれど私のからだはひとつしかない。

母は月曜日の午後までに病院へ戻らなくてはいけないと言う。
職場のことはなんとしても私が守らなくてはいけないと思った。

あちらをたてればこちらがたたずだけれど。

わたしはしゃきっとここに立っています!

なるようになります。なにごとも。




2011年05月20日(金) お遍路さん

このところずっと夏日が続いている。
けれども風はとても爽やかでずいぶんと過ごしやすい。

いつからか夏のことが好きになったけれど。
猛暑や蒸し暑さはやはり苦手なままだった。

今年はどんな夏になるのだろう。
空や太陽はなんて答えてくれるのだろうか。



いつものようにお大師堂で手を合わせていると。
チリンチリンと鈴の音が響いてきた。
はっとして振り向くと大きな荷物を背負ったお遍路さんの姿。

なんだか自分の家に招き入れるような気持ちになってしまう。
お遍路さんは遠く山形から来たという23歳の青年だった。
そう聞くとすっかり母親のような気持ちになってしまって。
胸の奥のほうがむずむずとしてしまいどうしようもなくなる。

例のごとくでおせっかい。あれこれと聞かれもしないことを教えたり。
自分でも何をしゃべっているのやらと可笑しくなるほどだった。

けれども青年は笑顔でうなずきながら私の話を聞いてくれた。
すごく好青年。そんな印象を強く受け浮き立つような気持ちになる。

陽射しが山形よりずっと強くて暑いこと。
荷物が15キロほどもありとても重いこと。
雨の日は靴もずぶ濡れになって辛いこと。

青年もいろんな苦労話を聞かせてくれた。
それでも歩く。前へ前へとひたすら歩くことに頭が下がる思いだった。

ずっとテントで野宿だったけれど屋根のあるところで今夜は寝れます。

お大師堂のことをとても気に入ってくれたみたいですごく嬉しかった。

これもささやかなご縁。ありがたい日だなとつくづく思った。

旅の無事を祈ります。出会ってくれてほんとにありがとう!





2011年05月19日(木) 姫女菀(ヒメジョオン)

土手のチガヤの白い穂がふわふわになった頃。
それを待っていたかのように姫女菀の花が咲き始める。
マーガレットを小さくしたようなそれは可愛い花だった。

散歩道でこころがはずむ。好きな花が咲くと嬉しくてならない。

雑草と呼ばれある日は無残にも草刈り機になぎ倒されてしまうのだけれど。
そんな運命を知っているのかとても健気に力強く咲いてくれる花だった。

南風に吹かれながらてくてくと歩く。深呼吸をしながら心地よく歩く。

生きているってこんなに素敵なことなのだなとつくづく思った。






山里の母。検査の結果やはり両足の血管が詰まっているとの事。
昨夜遅くまでかかり左足の手術をする。
遠方の病院でもあり付き添ってあげることも出来なかったけれど。
私は職場のことを任されただ精一杯に働くことだけだった。
母が仕事の事を忘れていられるように。治療に専念出来るように。
それが親孝行になるのならほんとうに救われる気持ちになる。

痛みの酷い右足は来週手術をすることに決まる。
今夜も痛んでいるかもしれないと思うと可哀想でならない。
とにかく一日も早く母を楽にしてあげてほしいと願うばかりだった。




 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加