いつもの散歩道を歩きお大師堂に行くと。 私が来るのを待っていてくれたひとがいた。
会うのはこれで八回目となる例の修行僧のお遍路さんだった。 今回は一人ではなくなんとフランス人の女性のお遍路さんが一緒。 徳島で出会ったそうでそれ以来一緒に旅を続けているということ。
ふたりの満面の笑顔がとても嬉しかった。 日本語チョトダケワカリマスと言ってしばし語らう。 ただそのひとは私達の会話を楽しそうに聞いているだけで。 自分からは何も語ろうとはしなかったのだけれど。 終始笑顔を絶やさずともに和んでいる様子が印象的だった。
大震災後。日本は危険だと帰国した外国人がたくさんいると言う。 けれどもこうしてお遍路をしてくれているひともいてくれるのだ。 それがとてもありがたかった。いくら手を合わせても足りないくらいに。
また会いましょうねと握手をして別れたけれど。 もっともっと一緒にいたいなとすごく思った出会いだった。
お大師堂に咲く真紅のアマリリス。
この花を見るたびに今日のことを思い出すことだろう。
ついさっきまで茜色の空を仰いでいたというのに。 ちょっと目を離した隙にそれはもう暗闇に変わる。
そんなふうに夜が来る。何かを落してしまったかのように。 それはいったい何だろう。とても大切なものではなかったか。
だからといって捜し求めるようなことはしない。 むしろ遠くどんどんと遠くに離れてしまいたくなるのだった。
わけのわからないことを言ってごめんなさい。
どうかしているのだとしたらそう認めてあげたい自分がいる。
夜ってふしぎ。けれどもそんな夜が私は嫌いではなかった。
はぁ・・ちょっと飲みすぎたかな。
あしたはあしたの風が吹くさ。この言葉大好き!
河川敷にある栴檀の木に薄紫の花が咲いているのを見つける。 川風に吹かれながらなんとも清々しい気持ちでその花を仰いだ。
やがてその花が実になる。オリーブ色の可愛い実になる。
そうして季節が流れていくのだろう。いまは初夏。 その花のことを忘れてはいけないような気がした。
ひとの心にも花を。どんなにちいさな花でもいいではないか。 花を咲かせることが出来ればきっといつかそれが実になるのだから。
そう思うと日々は種蒔きのようなものなのかもしれない。

山里の母。今日入院する。 詳しい検査はまだ明日以降になるとのこと。 徹底的に調べましょうねと主治医の先生も言ってくれたらしく。 母はまたまな板の上のお魚みたいな気分でいるようだった。
だいじょうぶなるようになるよ。それが母の口癖。 その言葉を信じてじっと見守るように待つしかないようだ。
昨年からの入院続き。そうして母が老いていくことをせつなく感じる。
いつまでも元気でいてほしい。ただただそう願うことしか出来ない。
| 2011年05月14日(土) |
元気にしていますか? |
夕暮れ時になるとどこからか聴こえてくる鳥の声。 ピピピーヨピピピーヨと透き通るような爽やかな鳴き声。
そんな声が茜色の空にこだまする。
ああ平和なのだなとつくづくと感じるひと時だった。
いつもならお休みをもらっている土曜日だったけれど。 月曜日から母が入院することもあり山里の職場へ行った。
朝の山道では緑が目に沁みるように満ちあふれていた。 田んぼもすっかり緑になり若い稲が一斉に風に揺れる。
母はいつもと変わらない。元気そうに見えるのだけれど。 気丈な母のこと。耐えていることがきっとあるのに違いない。
気遣う気持ちを忘れてはならない。それは母に限らず。 自分のまわりのすべての人にそうでありたいと思うのだった。
時には配慮に欠ける時もある。そうして傷つけてしまうことも。 けれども人間だもの。すべてが完璧になんてありえないことだ。
つい最近そういうことがあって自分の心も痛んだけれど。 相手はもっともっと心を痛めているのだということを深く感じている。
むつかしいね・・ひとと人って。とってもむつかしいのかもしれない。
| 2011年05月13日(金) |
夕焼け小焼けで日が暮れて |
あまりにも夕焼けがきれいなので。 窓から茜色の空をしばし仰いでいた。
ゆうやけこやけでひがくれて。 ふと口ずさむ歌の懐かしいこと。
平穏だったいちにちがそうして暮れていく。
その平穏がどんなにかありがたいことか。 心苦しさをつのらせながらもう二ヶ月が過ぎた。
ふつうに暮らすこと。その大切さもわかってきたように思う。 そうすることを与えられているのだということをしみじみと感じる。
だからこそありがたい。だからこそ愛しい。
粗末にしてはいけないことがきっとたくさんあるのだと思う。
些細な事でもそれは決して当たり前のことなのではない。
あんずの毛づくろいをする。 人間で言うと衣替えの季節なのだろう。 冬の間の毛がはがれるように抜けていく。
冬のそれは綿のように柔らかいのだけれど。 夏の毛はさらっとした手触りで少し硬かった。
いつものあんずは手で触れられるのをとても嫌がる。 けれどもブラシは心地よいのだろうかおとなしくしている。
ほうらもう少しよ。そう声をかけながら撫でるようにブラシをかける。 ああそこ痒いの。そんなふうにせがむような仕草をしたりもする。
抜けた毛を丸めてみるとソフトボールくらいの大きさになった。 すっかり夏毛になるまではもうしばらくかかりそうだ。 明日も時間を作ってブラシをかけてあげようと思う。
あんずは幸せなのだろうかと最近よく考えるようになった。 福島の原発近くの村。一時帰宅でやっと帰れた時には。 犬小屋で冷たくなっていた愛犬の姿が待っていたという。 なんとも遣り切れない思い。それが現実だと思うとほんとうに悲しい。
お味噌汁の残りのお豆腐。ドックフードに混ぜてあげると喜ぶ。
幸せだよねとあんずに言う。こんなに幸せなことなんてきっとないよね。
近づいている台風の影響なのか、今日も梅雨のようないちにち。 幸い雨雲はそれているのか大雨にはならず済んだのだけれど。 明日のことはわからず身構えるような気持ちで過ごすばかり。
湿気を含んだ風のなかいつもの散歩に出掛ける。 いま土手にはチガヤの白い穂がそれはたくさんになって。 風を受けて一斉になびいている姿がなんとも可愛らしい。
ゆらゆらと言うよりチロチロ。耳を澄ませばそんな音が聴こえる。
土手にいて風に吹かれているとこころがとてもほっとする。
ふかく考え込んでいたかもしれないことなどつい忘れてしまい。
そこにじぶんがいるのだという存在を確かめるような気持ちになる。
イキテイル。きっと誰もがそう感じるのではないだろうか。
チロチロうたっていられるのは風のおかげ。
チガヤはささやく。そんな白い穂に身を埋めたくなった。
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