河川敷にある栴檀の木に薄紫の花が咲いているのを見つける。 川風に吹かれながらなんとも清々しい気持ちでその花を仰いだ。
やがてその花が実になる。オリーブ色の可愛い実になる。
そうして季節が流れていくのだろう。いまは初夏。 その花のことを忘れてはいけないような気がした。
ひとの心にも花を。どんなにちいさな花でもいいではないか。 花を咲かせることが出来ればきっといつかそれが実になるのだから。
そう思うと日々は種蒔きのようなものなのかもしれない。

山里の母。今日入院する。 詳しい検査はまだ明日以降になるとのこと。 徹底的に調べましょうねと主治医の先生も言ってくれたらしく。 母はまたまな板の上のお魚みたいな気分でいるようだった。
だいじょうぶなるようになるよ。それが母の口癖。 その言葉を信じてじっと見守るように待つしかないようだ。
昨年からの入院続き。そうして母が老いていくことをせつなく感じる。
いつまでも元気でいてほしい。ただただそう願うことしか出来ない。
| 2011年05月14日(土) |
元気にしていますか? |
夕暮れ時になるとどこからか聴こえてくる鳥の声。 ピピピーヨピピピーヨと透き通るような爽やかな鳴き声。
そんな声が茜色の空にこだまする。
ああ平和なのだなとつくづくと感じるひと時だった。
いつもならお休みをもらっている土曜日だったけれど。 月曜日から母が入院することもあり山里の職場へ行った。
朝の山道では緑が目に沁みるように満ちあふれていた。 田んぼもすっかり緑になり若い稲が一斉に風に揺れる。
母はいつもと変わらない。元気そうに見えるのだけれど。 気丈な母のこと。耐えていることがきっとあるのに違いない。
気遣う気持ちを忘れてはならない。それは母に限らず。 自分のまわりのすべての人にそうでありたいと思うのだった。
時には配慮に欠ける時もある。そうして傷つけてしまうことも。 けれども人間だもの。すべてが完璧になんてありえないことだ。
つい最近そういうことがあって自分の心も痛んだけれど。 相手はもっともっと心を痛めているのだということを深く感じている。
むつかしいね・・ひとと人って。とってもむつかしいのかもしれない。
| 2011年05月13日(金) |
夕焼け小焼けで日が暮れて |
あまりにも夕焼けがきれいなので。 窓から茜色の空をしばし仰いでいた。
ゆうやけこやけでひがくれて。 ふと口ずさむ歌の懐かしいこと。
平穏だったいちにちがそうして暮れていく。
その平穏がどんなにかありがたいことか。 心苦しさをつのらせながらもう二ヶ月が過ぎた。
ふつうに暮らすこと。その大切さもわかってきたように思う。 そうすることを与えられているのだということをしみじみと感じる。
だからこそありがたい。だからこそ愛しい。
粗末にしてはいけないことがきっとたくさんあるのだと思う。
些細な事でもそれは決して当たり前のことなのではない。
あんずの毛づくろいをする。 人間で言うと衣替えの季節なのだろう。 冬の間の毛がはがれるように抜けていく。
冬のそれは綿のように柔らかいのだけれど。 夏の毛はさらっとした手触りで少し硬かった。
いつものあんずは手で触れられるのをとても嫌がる。 けれどもブラシは心地よいのだろうかおとなしくしている。
ほうらもう少しよ。そう声をかけながら撫でるようにブラシをかける。 ああそこ痒いの。そんなふうにせがむような仕草をしたりもする。
抜けた毛を丸めてみるとソフトボールくらいの大きさになった。 すっかり夏毛になるまではもうしばらくかかりそうだ。 明日も時間を作ってブラシをかけてあげようと思う。
あんずは幸せなのだろうかと最近よく考えるようになった。 福島の原発近くの村。一時帰宅でやっと帰れた時には。 犬小屋で冷たくなっていた愛犬の姿が待っていたという。 なんとも遣り切れない思い。それが現実だと思うとほんとうに悲しい。
お味噌汁の残りのお豆腐。ドックフードに混ぜてあげると喜ぶ。
幸せだよねとあんずに言う。こんなに幸せなことなんてきっとないよね。
近づいている台風の影響なのか、今日も梅雨のようないちにち。 幸い雨雲はそれているのか大雨にはならず済んだのだけれど。 明日のことはわからず身構えるような気持ちで過ごすばかり。
湿気を含んだ風のなかいつもの散歩に出掛ける。 いま土手にはチガヤの白い穂がそれはたくさんになって。 風を受けて一斉になびいている姿がなんとも可愛らしい。
ゆらゆらと言うよりチロチロ。耳を澄ませばそんな音が聴こえる。
土手にいて風に吹かれているとこころがとてもほっとする。
ふかく考え込んでいたかもしれないことなどつい忘れてしまい。
そこにじぶんがいるのだという存在を確かめるような気持ちになる。
イキテイル。きっと誰もがそう感じるのではないだろうか。
チロチロうたっていられるのは風のおかげ。
チガヤはささやく。そんな白い穂に身を埋めたくなった。
時々のにわか雨。蒸し暑く梅雨を思わすようないちにち。
紫陽花の花芽が見え始めた。そんな季節。 やがて色とりどりの花を咲かせることだろう。
ゆっくりでいい。ひっそりとした気持ちでその時を待ちたい。
山里の母。足の痛みが酷くなり病院へ行く。 神経痛のようなものかと思っていたけれどそれは違った。 精密検査を兼ね来週また入院することになる。
心配し過ぎてもいけない。母のようにあっけらかんと。 命に別状はないのだしなるようになるだろうと腹をくくる。
たくさんの命が失われた被災地をおもうと。 母のことなどほんの些細な事ではないかと思うのだった。
帰宅するなり息子から電話あり。 いつでも帰っておいでと言ってあったからそれが今日。
またまたありあわせの夕食を三人でかこむ。 いただき物のソラ豆を塩茹でにしたのが美味しかった。
でも炊飯ジャーの中のご飯が二人分しかなくって。 とにかく息子に食べさせなくてはと思うのが母心。
私はソラ豆を主食にお腹いっぱいになった。 息子に気づかれないようそればかりを食べる。
立夏の声をきくなり一気に初夏らしくなる。 昨日は真夏日を記録し、今日も蒸し暑い一日だった。
土曜日に彼の従兄弟が亡くなり今日がお葬式だった。 若い頃には付き合いもあり親しくしていたけれど。 最近ではすっかり疎遠になっており病気だった事も知らずにいた。 寂しい事だな・・と彼がつぶやく。寝耳に水のような訃報だった。
病に冒されどんなにか無念だったことだろう。 まだまだこれからの人生が糸を切るようにあっけなく終わった。
どうか安らかにと祈ることしか出来ないけれど。 血をわけた人が亡くなるのはほんとうに辛い事である。
そうして今日も何事もなかったかのように暮れていくのか・・。
玄関のツバメの巣には二羽のツバメたちが帰って来る。 窓からそっと覗いてみると母ツバメは卵をあたためている様子。 父ツバメはすぐそばの軒下でそれを見守るように佇んでいた。
どうか無事に子ツバメたちが生まれてくれますように。
どんなにちいさな命でもそれはとても愛しいものだった。
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