時々のにわか雨。蒸し暑く梅雨を思わすようないちにち。
紫陽花の花芽が見え始めた。そんな季節。 やがて色とりどりの花を咲かせることだろう。
ゆっくりでいい。ひっそりとした気持ちでその時を待ちたい。
山里の母。足の痛みが酷くなり病院へ行く。 神経痛のようなものかと思っていたけれどそれは違った。 精密検査を兼ね来週また入院することになる。
心配し過ぎてもいけない。母のようにあっけらかんと。 命に別状はないのだしなるようになるだろうと腹をくくる。
たくさんの命が失われた被災地をおもうと。 母のことなどほんの些細な事ではないかと思うのだった。
帰宅するなり息子から電話あり。 いつでも帰っておいでと言ってあったからそれが今日。
またまたありあわせの夕食を三人でかこむ。 いただき物のソラ豆を塩茹でにしたのが美味しかった。
でも炊飯ジャーの中のご飯が二人分しかなくって。 とにかく息子に食べさせなくてはと思うのが母心。
私はソラ豆を主食にお腹いっぱいになった。 息子に気づかれないようそればかりを食べる。
立夏の声をきくなり一気に初夏らしくなる。 昨日は真夏日を記録し、今日も蒸し暑い一日だった。
土曜日に彼の従兄弟が亡くなり今日がお葬式だった。 若い頃には付き合いもあり親しくしていたけれど。 最近ではすっかり疎遠になっており病気だった事も知らずにいた。 寂しい事だな・・と彼がつぶやく。寝耳に水のような訃報だった。
病に冒されどんなにか無念だったことだろう。 まだまだこれからの人生が糸を切るようにあっけなく終わった。
どうか安らかにと祈ることしか出来ないけれど。 血をわけた人が亡くなるのはほんとうに辛い事である。
そうして今日も何事もなかったかのように暮れていくのか・・。
玄関のツバメの巣には二羽のツバメたちが帰って来る。 窓からそっと覗いてみると母ツバメは卵をあたためている様子。 父ツバメはすぐそばの軒下でそれを見守るように佇んでいた。
どうか無事に子ツバメたちが生まれてくれますように。
どんなにちいさな命でもそれはとても愛しいものだった。
立夏。暦の上ではもう夏なのか。 季節ばかりが急ぎ足で過ぎていくばかり。
受けとめなければいけないことがあまりにも辛かったこの春。 前へ前へと背中を押されるようにしながら進むしかないのだろうか。
岩手。盛岡が舞台のドラマ『どんど晴れスペシャル』を見ていた。 あれから四年後という設定。震災前のロケということもあり。 まさかこんな大惨事が襲ってくるなど誰も予想していなかった事だろう。
春の盛りの一本桜。今年もきっと美しく咲いてくれたに違いない。
とにかくいまは耐えなければいけない。それがどんなに辛く苦しくとも。 祈りエールを送り続けることしか出来ない無力感に苛まれるけれど。
出来ること。それが精一杯の私だった。
夕方。息子から電話あり。 「晩飯たのむ」と言うこと。
昨夜ここに記したことが伝わったのかもしれない。 ひょっこり帰って来てくれる。それがどんなに嬉しいことか。
しみじみと家族のありがたさをかみ締める。
誰ひとり欠けてなるものか。
我が家は平和だった。それが当たり前の事とはとても思えない。
日々を授かっている。手を合わすように一日が終わる。
夕陽に染まる土手の道を近所の子供たちが駆けて行く。 なんとむじゃきであどけない姿だろうと微笑ましく思う。
ひとりふたりと子供達の声がこだまのように響いた。 私は窓辺に居ながらまるで映像のようにその姿を追う。
こどもの日。遠い昔の我が子達のことを思い出す。 どこかに遊びに連れて行ってあげることも出来ず。 せめてもと好きなハンバーグなどを作った記憶や。
こどもたちはいつも笑っていた。 親に何かをせがむという事もせずに。 いつも我慢をしていたのかもしれない。
そんなこどもたちのおかげで父になり母になれたのだとおもう。
そうしていくつになってもこどもでいてくれることのありがたさ。
しんちゃん。今日も介護のお仕事お疲れさま。 晩ご飯ちゃんとしっかり食べていますか?
サチコ。仕事忙しかったことでしょう。お疲れさま。 そろそろ資源ごみがたまっているのではないですか?
「おとう!」「おかあ!」と言って。
またひょっこりと帰って来てくださいね。
みどりの日。二階の窓をあけると柿の木があり。 その若葉の艶やかさがなんとも美しくそこにあった。
手を伸ばしてふれてみたくなるみどり。 昨夜の雨のしずくが宝石のように光る。
深呼吸をする朝。とても清々しい朝だった。
昨夜は帰省中の友人と居酒屋さんへ行く。 少なからず自粛ムードもあったけれど。 三年ぶりに会う友人と語り合う嬉しさ。 懐かしい昔話などしながら時を過ごした。
こんな時間が必要だったのだなとつくづく感じる。 こころから笑顔になれたのは久しぶりではなかったろうか。
また来年の今頃きっと会おうね。そう約束して別れた。
親子ほどの年の差がある友人だったけれど。 会わずにいた三年のあいだにすっかりおとなになっていた。 ずいぶんと苦労をしたことだろうと思う。 そうしてそれをひとつひとつ乗り越えてきたのだろうか。
友と呼びながら私は母の気持ちにならずにいられなかった。
笑顔をたくさんありがとう。きみの笑顔はぴかいちだよ。
黄砂におおわれてぼんやりと霞んだ空。 けれどもそこにはきっと青空がひろがっているのだと思う。
黄砂のベールを透かすようにやわらかな陽射しが降りそそぐ。 それはもう春のそれではなくてすっかり初夏のようだった。
散歩道。なんともいえず風が薫る。 緑のにおいだろうか花のにおいだろうか。 くんくんとしているあんずの真似をして。 私もその風のにおいをかいでみるのだった。
風のにおいで胸がいっぱいになる。 こんなに満たされていいのかと思うほど。
ちっぽけなじぶんがとても愛しくおもえてくる。
いいのだろうこれで。ばくぜんとそう感じた。
風が薫る。すべてを受けとめた風が吹きぬけていく。
| 2011年04月30日(土) |
若葉の季節に生まれたきみへ |
四月もとうとう最後の日。 カレンダーには友の名が記してあった。
その後元気にしているでしょうか? 気掛かりな事がたくさんあるというのに。 メールのひとつも出来ずにいます。
若葉の季節。きみが生まれた季節が。 光と緑のあふれる季節であったことを。 どうか忘れずにいてくださいね。
空に向かって手をのばす若き緑よ
雨の日には雨をうけとめ
風の日には風をうけとめ
そうして太陽に出会えた日には
すくっと胸をはって輝いてください
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