立夏。暦の上ではもう夏なのか。 季節ばかりが急ぎ足で過ぎていくばかり。
受けとめなければいけないことがあまりにも辛かったこの春。 前へ前へと背中を押されるようにしながら進むしかないのだろうか。
岩手。盛岡が舞台のドラマ『どんど晴れスペシャル』を見ていた。 あれから四年後という設定。震災前のロケということもあり。 まさかこんな大惨事が襲ってくるなど誰も予想していなかった事だろう。
春の盛りの一本桜。今年もきっと美しく咲いてくれたに違いない。
とにかくいまは耐えなければいけない。それがどんなに辛く苦しくとも。 祈りエールを送り続けることしか出来ない無力感に苛まれるけれど。
出来ること。それが精一杯の私だった。
夕方。息子から電話あり。 「晩飯たのむ」と言うこと。
昨夜ここに記したことが伝わったのかもしれない。 ひょっこり帰って来てくれる。それがどんなに嬉しいことか。
しみじみと家族のありがたさをかみ締める。
誰ひとり欠けてなるものか。
我が家は平和だった。それが当たり前の事とはとても思えない。
日々を授かっている。手を合わすように一日が終わる。
夕陽に染まる土手の道を近所の子供たちが駆けて行く。 なんとむじゃきであどけない姿だろうと微笑ましく思う。
ひとりふたりと子供達の声がこだまのように響いた。 私は窓辺に居ながらまるで映像のようにその姿を追う。
こどもの日。遠い昔の我が子達のことを思い出す。 どこかに遊びに連れて行ってあげることも出来ず。 せめてもと好きなハンバーグなどを作った記憶や。
こどもたちはいつも笑っていた。 親に何かをせがむという事もせずに。 いつも我慢をしていたのかもしれない。
そんなこどもたちのおかげで父になり母になれたのだとおもう。
そうしていくつになってもこどもでいてくれることのありがたさ。
しんちゃん。今日も介護のお仕事お疲れさま。 晩ご飯ちゃんとしっかり食べていますか?
サチコ。仕事忙しかったことでしょう。お疲れさま。 そろそろ資源ごみがたまっているのではないですか?
「おとう!」「おかあ!」と言って。
またひょっこりと帰って来てくださいね。
みどりの日。二階の窓をあけると柿の木があり。 その若葉の艶やかさがなんとも美しくそこにあった。
手を伸ばしてふれてみたくなるみどり。 昨夜の雨のしずくが宝石のように光る。
深呼吸をする朝。とても清々しい朝だった。
昨夜は帰省中の友人と居酒屋さんへ行く。 少なからず自粛ムードもあったけれど。 三年ぶりに会う友人と語り合う嬉しさ。 懐かしい昔話などしながら時を過ごした。
こんな時間が必要だったのだなとつくづく感じる。 こころから笑顔になれたのは久しぶりではなかったろうか。
また来年の今頃きっと会おうね。そう約束して別れた。
親子ほどの年の差がある友人だったけれど。 会わずにいた三年のあいだにすっかりおとなになっていた。 ずいぶんと苦労をしたことだろうと思う。 そうしてそれをひとつひとつ乗り越えてきたのだろうか。
友と呼びながら私は母の気持ちにならずにいられなかった。
笑顔をたくさんありがとう。きみの笑顔はぴかいちだよ。
黄砂におおわれてぼんやりと霞んだ空。 けれどもそこにはきっと青空がひろがっているのだと思う。
黄砂のベールを透かすようにやわらかな陽射しが降りそそぐ。 それはもう春のそれではなくてすっかり初夏のようだった。
散歩道。なんともいえず風が薫る。 緑のにおいだろうか花のにおいだろうか。 くんくんとしているあんずの真似をして。 私もその風のにおいをかいでみるのだった。
風のにおいで胸がいっぱいになる。 こんなに満たされていいのかと思うほど。
ちっぽけなじぶんがとても愛しくおもえてくる。
いいのだろうこれで。ばくぜんとそう感じた。
風が薫る。すべてを受けとめた風が吹きぬけていく。
| 2011年04月30日(土) |
若葉の季節に生まれたきみへ |
四月もとうとう最後の日。 カレンダーには友の名が記してあった。
その後元気にしているでしょうか? 気掛かりな事がたくさんあるというのに。 メールのひとつも出来ずにいます。
若葉の季節。きみが生まれた季節が。 光と緑のあふれる季節であったことを。 どうか忘れずにいてくださいね。
空に向かって手をのばす若き緑よ
雨の日には雨をうけとめ
風の日には風をうけとめ
そうして太陽に出会えた日には
すくっと胸をはって輝いてください
散歩の帰り道。河川敷に小さな女の子がいた。 かたわらにはお祖母ちゃんらしき女性がいて。 ふたりしゃがみこんで何かをしているふうだった。
近づいてみてなんとも微笑ましい光景を目にする。 女の子のあたまには白つめ草の花の冠がのっていた。 嬉しそうな女の子の顔。まるでお姫様のようだった。
今度は首飾り。そう言ってねだったのかもしれない。 お祖母ちゃんらしきひとの手には小さな花束がある。
その花をひとつひとつ繋げていく様子が目に浮かんだ。 そうしてそれを女の子の首に優しくかけてあげるのだ。
わたしは子供の頃を思い出す。それはとても懐かしくて。 なんだかすぐにでも駆け寄って行きたい衝動にかられる。
わたしにもいつか孫が出来るのかしら。そうしたらきっと。
花の冠や。花の首飾りを作ってあげられるようになりたい。
雨あがりの清々しい朝。 いつもの山道を行けば木々の緑が目に沁みる。
お遍路さんをひとりふたりと追い越していく峠道。 声をかけることも出来ずただ会釈を繰り返すばかり。
その足取りにその姿にどんなにか励まされることだろう。 とても眩しく見える。一歩一歩が貴重に思えてならない。
ありがたい道だった。 ひとりひとりに手を合わせたい気持ちでいっぱいになる。
四十九日の法要。 被災地から遠く離れた我が町でも供養の鐘が鳴ったということ。 俺も黙祷をしたぞと帰宅するなり彼がおしえてくれた。
私はお大師堂へ行く。 お経を唱えながら冥福を祈ることしか出来なかった。
たくさんの命が一瞬にして失われた。 いまだ行方不明の方々もいてなんとも心が痛んでならない。
名ばかりの春がいま被災地に訪れている。
元気を出して立ち向かっていくしかないと言うひともいれば。
悲しみのどん底で立ち直れないひともいることを忘れてはならない。
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