失いたくないとつよくつよく思うようになったこの頃。
なにもかもが当たり前のことなんかじゃなくて。
すべてがかけがえのないことのように思えてならない。
愛しさが日に日につのる。どうかこのままでいて。
どうかずっと変わらずにいてと祈るようになった。
今日の平穏をかみしめながら夜が更けていく。
心苦しさがうすれていくことを罪のように思いながら。
生きるしかない。かけがえのないものたちのために。
在り続けたいと思う。ちっぽけなひとりになって。
生かされている。それはとてもありがたいことだ。
日々たんたんと目前の事をこなしていく毎日。 いつも通りのこと。普通の暮らしを心がける。
今期の川仕事も一段落してほっと息をつく。 やれるだけのことをやったのだと思う。 大変な事もあったけれどなんとかなったのだ。
足るを知るということばが身に沁みる。 もうじゅうぶん恵まれたのだと思えるようになった。
お昼。夜勤明けの息子が帰って来て三人で昼食。 相変わらず質素なものだけれど文句ひとつ言わず。 昨夜から何も食べていないのだと言いご飯を頬張る。
仕事の話しはいっさいしない。 あれほど辛がっていたのに愚痴ひとつ言わなかった。
被災地の避難所にいる人達のことを話し始めた。 小さな避難所では一日一食のところもあるんだぞ。 おにぎり一個とかパン一個しか食べられない人もいるんだからな。
仕事頑張ってねとは父も母も言わない。 明日は休みだという息子に「ゆっくり休みなさいよ」と言う。
うん、また来るわ。メシ食わせてくれよな。
またまた嵐のように息子が去って行く。
嵐の後の静けさに母はつぶやく。
あのこもうだいじょうぶかもしれないね。
寒の戻りを思わすような肌寒さ。 冷たい風が吹き荒れて身震いするばかり。
夕方近く大橋のたもとの東屋にお遍路さんがいた。 どうやらそこで野宿をするふうで気になって仕方がない。 おせっかいを承知で話しかけてみたらやはりそうだった。
お大師堂の場所を教えると「行ってみます」と言ってくれる。 その笑顔がとても嬉しかった。声をかけてみて良かったなと思う。
帰宅してずっと窓の外を見ていた。 大きな荷物を背負ったその人が土手を歩く姿が見えてほっとする。 冷たい風に立ち向かうように歩く姿に胸が熱くなるほどだった。
吹きっさらしの東屋で一夜を明かすことを思うと。 お大師堂の畳がどんなにかありがたいことだろう。 ぐっすりと眠ってまた明日から頑張ってほしいと願う。
お風呂にもはいれないひと。 お布団で寝ることもできないひと。
お遍路さんと被災地の人達が重なる。
せめて少しでもほっとする時間があればどんなにかいいだろうか。
久しぶりに聞く雨音が胸に沁みる
しっとりと潤っていくもの
それは土手の草花だったり
芽吹いたばかりの木々の緑
わたしもどこか乾いていたのか
その水を求めてみたくなった
ざわざわとおちつかない心に
ひたひたちその水が流れ込む
これでいいのかこのままでと
だれにきけばいいのだろうか
だれにきけばいいのだろうか
いつもの散歩道を行けば お大師堂の前で私を待っていてくれたひとがいた。
ほぼ一年ぶりの再会。懐かしさと嬉しさがこみ上げてくる。
修行僧のお遍路さん。会うのはこれで七回目となった。
よほど縁があるのでしょうねと微笑みあう。 とても不思議な縁のように私は思う。 初めて会ったのが一昨年の秋だったと記憶している。 その時の言葉に出来ないような懐かしさを今も忘れていない。
ソウルメイトという言葉があるがきっとそうなのだろう。
こんな時だからこそ。今日はそんなことを語り合った。 日々の暮らしを心苦しいとは思わずに それはとてもありがたいことなのだと。 ひとつひとつをそう受け止めて過ごすようにと言われる。
そうしてこんな時だからこそ『慈悲』の心を失わないようにと。
こころが洗われたように清々しくなる。
またきっと会いましょうね。そう約束して家路についた。
ありがとうございましたとお互い手を合わせて別れたことだった。
作業場の庭の片隅に母子草の花が咲く。 やわらかな黄色。とても優しい色をしている。
母子草とはいつの世に誰が名付けたのであろうか。 その名のとおりそれはほんとうに母と子のように寄り添う。
子を想わぬ母はいず母を想わぬ子はいない。
その絆ははかりしれないほど深いものだと信じる。
母を亡くした子。子を亡くした母。 痛ましい現実を目の当たりにしなければならないこの春。
けれども何事もなかったかのように花は咲くばかり。
おかあさんどこにもいかないでね
おかあさんずっとぼくのそばにいてね
やくそくだよ。ゆびきりげんまんだよ
やわらかな黄色が優しく微笑む。
寄り添う子たちを抱くようにしながらその花は咲く。
今年はもう駄目なのかもしれないと諦めていたけれど。 今日はその姿を見つけてどんなにかほっとしたことか。
ツバメたちが帰って来てくれた。 我が家にふたつある古巣には近寄ろうとはしないけれど。 軒下にそれはいて安心しきったふうで羽根を休めていた。
それだけでじゅうぶんなのだと思う。
いつもとは違う春をツバメたちも察しているのかもしれない。 けれども帰る場所。そこで生きる術を知っているのだと思う。
もしかしたら古巣のことを思い出してくれるかもしれない。 そうしてそこでまた新しい命を育んでくれるかもしれない。
一縷の望みを抱いてその姿に手を合わせた。
帰って来てくれてありがとう。感謝の気持ちでいっぱいだ。
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