ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年03月28日(月) 桜前線

東京にも桜が咲いたというしらせ。

桜前線はかくじつに北上している。

きっと咲く。

かならず咲くから待っていてください。



※サーバーエラーのためPCから日記の更新が出来なくなっています。
今まで知らずにいましたが、『エンピツ』のサイトは岩手県にあるのだそうです。被災されているのだろうと思います。
心配です・・・。



2011年03月26日(土) 出来ることを

土手のつくしの坊やたち

とてものんびりとしている

おとなになりたくないのかな

こどものままを楽しんでいるようだ

こんなにかなしい春はないのに

ほほえむことを忘れないでいる

かたをよせあって空へとのびる

ほほをよせあって空へとのびる




悪夢のような大震災から二週間が過ぎた。
被災地からのニュースをくいいるようにみる日々。
少しずつ少しずつだけれどほっとするような事もある。
みんながちからを合わせて乗り越えようとしている。
失ったものは計り知れないくらい大きいのだけれど。
生きていることがありがたいのだと声をそろえて言う。

見守ることしか出来ない心苦しさもあるけれど。
祈ることは出来る。応援することは出来るのだと思いたい。



昨夜。長年運営していたバドクラブがついに廃部となった。
思い出のいっぱいつまったクラブ。
かけがえのない仲間達に恵まれて。
私はほんとうに幸せ者だと思った。

残った運営費をすべて被災地への義援金にすることに。
みんながうなずきながら賛成してくれてうれしかった。

出来ること。ほんのささやかなことだけれど。
少しでも役に立ててほしいと願っている。



2011年03月24日(木) 空に

冬のあいだ何もしてあげられなかった庭の

紫陽花の枝先にふっくらと緑が芽吹く

手と手を合わせているようなしぐさ

空に向かって一心に祈っているようだ


無力感に苛まれ続けている自分を思う

誰も責めてはくれないから自分で責める

ふとそれがおおきな間違いのように思った

自分を見失ってはいけないこんな時だからこそ


何も出来ないと嘆くのではなく出来ることを

それがどんなにささいなことだってかまわない


空はどこまでもつながっているのだもの

祈りはきっと届くそう信じて祈り続けたい


みんなが空をみあげてくれたらいいな

みんなが空をみあげてくれたらいいな




2011年03月23日(水) カタツムリ

どんなにおもっていても

なにも伝えられない夜がある

そんな時はカタツムリみたいに

あたまだけ出してじっとしている

むりょくだなとつくづくおもう

けれどものろのろとすすみだす

ふりむくとささやかに光ってる

これが我が道なのかとふと思う


ごめんなさいごめんさいと

あたまをふれるだけふって

すすむすすむ夜のしじまへ


ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい

なにもできなくてごめんなさい





2011年03月22日(火) 桜咲く

桜が咲いたというしらせ

よろこびよりも心苦しさ

けれども桜は咲きながら

祈るように空を仰ぐことだろう




日々無力感におそわれているこの頃。
こんな時だからこそ言葉が大切なのだと。
ある記事を読みながら救われるような気持ちになった。

決してなにも出来ないのじゃないかもしれない。
そう思うと綴りたい気持ちでいっぱいになってくる。

魔法の言葉とあるひとは言った。
ちちんぷいぷいとつぶやきながら。

私もそんな魔法使いになりたいなと思う。



2011年03月21日(月) 雪柳

それは枝垂れ咲き遠くからみると

ほんとうに雪の積もった柳のよう

近寄ると小さくて愛らしい花が

肩を寄せ合って励ましあうように

互いの事を気遣うように咲いている

だいじょうぶみんながここにいるよ

だから笑顔をわすれないでいようね

その枝をそっと手のひらにのせてみる

雪なのにあたたかい雪なのにやさしい





メモ。

夕方息子がひょっこり帰って来た。
あり合わせの夕食をともにする。
魚なんて久しぶりだなと言って。
鯖の干物を美味しそうに食べてくれた。

仕事はどうしても限界らしい。
辞めてどうするというあてもないけれど。
父も母も引きとめるつもりはもうなかった。

いつでも家に帰って来ればいいさと父は言う。
だいじょうぶなんとかなるからと母も言った。

おおきなコドモが悩んでいる。

おおきなコドモが苦しんでいる。

どんなにおとなになっても愛しさはかわらない。



2011年03月20日(日) 生産

わずかに残った海苔を収穫する日々。

これは生産なのだと自分に言い聞かす。

ささやかなこと。なんの役にもたたないかもしれない。

けれども目の前にそれがある。

いまはそんな目前のことに精一杯でいたかった。



瓦礫の中から16歳の少年とその祖母が救出されたニュース。

テレビの前にひざまずくようにして手を合わし泣いた。

奇跡はきっとある。あきらめないで。どうかあきらめないで。


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