ざわざわと落ち着かない気持ち。
ふと平穏を感じる時の心細さだったり。
ありのままの自分で良いのだと認めたけれど。
言葉が逃げていく。どこへいくのだろう。
待って。待ってとすがるように追いかけるばかり。
お大師堂の道端に咲くたんぽぽの綿毛が
ゆらゆらと風に揺れては旅をしたがっている。
いっておいで。自由なのはとてもありがたいこと。
いっておいで。きみを待っているひとがいるかもしれない。
ほっとしたとあるひとが伝えてくれた。
その言葉にどんなにか救われたことだろう。
綴ることはむつかしい。今の私にはそれはとても。
けれども綴りたい気持ちを抑えられなくなってくる。
不器用でうまく言葉に出来ないことばかりだけれど。
たとえばひかりのようなこと。
たとえばあかりのようなこと。
あおいでくれるだろうか。
手をかざしてくれるだろうか。
ほっとしてくれるだろうか。
ちっぽけなひかり
ちっぽけなあかり
ちっぽけなわたし
手をあわす。沈みかけた夕陽が降りそそぐお堂で。
手をあわす。南無大師遍照金剛。なむだいしへんじょうこんごう。
あたりが薄暗くなれば家の明かりを灯す。 食事をし入浴をしあたたかな布団で眠る。
それが当たり前だと思っていた日常のことが。 こんなに心苦しく申し訳ないと思ったことはない。
これでいいのだろうかと自問する。 答えは出ない。とても言葉には出来そうにもない。
ただただ祈る。罪悪感を薄れさすかのように。
ブロック塀の隙間から生きたいといって野スミレが咲く。 土は見えない。水さえも与えてはあげなかったというのに。
野に咲くスミレが我が家に咲いた。
こうして綴ることさえも不謹慎に思えるけれど。
ゆるしてください。こうしながら生きているわたしを。
なんと悲惨なことになってしまったのだろう。 テレビは被災地の様子を生々しく伝えている。 あまりにも酷いありさまに胸が苦しくなった。
とても他人事ではなかった。 明日は我が身かもしれないと思うと不安がつのるけれど。
いまはただ祈ることしかできない。
どうか光を。一刻も早く光を届けてあげてほしい。
こちらの津波など比べものにもならない。 命がある。家があるだけで幸いと思いたい。
海苔はほぼ全滅状態となったけれど。 それも仕方ない事だとすでに諦めがついた。
暮らしはきっとなんとかなるだろう。
生きてさえいればそれだけでじゅうぶんだと思っている。
あいかわらず風は冷たいけれど。 たっぷりの陽射しは春のそれだった。
作業場の庭で日向ぼっこをしながらお弁当を食べる。 味気ないコンビニのお弁当でもとても美味しく感じた。
昨夜は息子が晩ご飯を食べに来てくれた。 いつでも帰れる場所。今の息子にはそれが救いらしい。
家族会議のようなこと。愚痴も真剣に耳をかたむける。 仕事の悩みが痛いほど伝わってきてともに悩んであげたくなる。
いまを乗り越えてほしいと父も母も願っているけれど。 もはや限界ならばそれをしっかりと受け止めてあげたいと思う。
またいつでも帰って来なさいね。晩ご飯一緒に食べようね。
そう言って見送ると胸に熱いものが込み上げてきた。
幼い頃。息子を背中におんぶしていた頃を思い出す。 やたらと重たい子だった。けれども少しも苦ではない重み。
その重みががとても懐かしい。その重みが愛しくてならない。
あいかわらずの風の冷たさ。 三月の声をきいてからずっと寒い日が続いている。
けれどもかくじつに春は来ている。 冬の後姿に春が手を振っているように感じる。
今日はうぐいすの声。それはとてもにぎやか。 ほらあそこと彼が竹薮を指差しておしえてくれて。 なんとも可愛らしいその姿を間近に見ることが出来た。
うぐいす色。もっと鮮やかな色だと思っていた。 少しくすんでいる。緑と茶色を混ぜたような色。
そんなうぐいす色が竹薮をちょんちょん飛び交う。 そうして仲間を呼ぶようにしきりと鳴くのだった。
午後から山里の職場へと駆けつける。 昨日は朝から行けたのでずいぶんと仕事がはかどったけれど。 うっかりミスをしていて今日はその後始末に追われていた。
そそっかしいのは誰に似たのだろう。 母から電話があり「それはそれはご苦労様」と笑われた。
母は術後の経過も良く病室で退屈している様子だったけれど。 入院ついでにもう片方の眼も手術をすることになったそうだ。 だからすっかりまな板の上のお魚みたいな気分になっている。
心配していた仕事のことはなんとかなるよと母の言ったとおり。 昨日も今日もなんとかなった。あんずるよりうむがやすしだった。
しばらくはあちらもこちらもと気忙しくなりそうだけれど。
わたしはだいじょうぶ。やってやれないことはないのだもの。
今朝は真冬のような寒さだった。 粉雪のように霜がおり氷が張る。
けれどもいちめんの菜の花畑を見ていると。 そんな寒さも忘れてしまうほど心が温まる。
どんなときもあるものだ。 最近つくづくとそう思うことが多くなった。
そのたびに一喜一憂しているのだけれど。 つらいことがあるからこそよろこびにあえる。
そう思うと涙も笑顔もおなじように愛しくなる。
泣いたり笑ったりの人生はたのしい。
そんなたのしい人生をとことん生きてみたくなる。
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