あたりが薄暗くなれば家の明かりを灯す。 食事をし入浴をしあたたかな布団で眠る。
それが当たり前だと思っていた日常のことが。 こんなに心苦しく申し訳ないと思ったことはない。
これでいいのだろうかと自問する。 答えは出ない。とても言葉には出来そうにもない。
ただただ祈る。罪悪感を薄れさすかのように。
ブロック塀の隙間から生きたいといって野スミレが咲く。 土は見えない。水さえも与えてはあげなかったというのに。
野に咲くスミレが我が家に咲いた。
こうして綴ることさえも不謹慎に思えるけれど。
ゆるしてください。こうしながら生きているわたしを。
なんと悲惨なことになってしまったのだろう。 テレビは被災地の様子を生々しく伝えている。 あまりにも酷いありさまに胸が苦しくなった。
とても他人事ではなかった。 明日は我が身かもしれないと思うと不安がつのるけれど。
いまはただ祈ることしかできない。
どうか光を。一刻も早く光を届けてあげてほしい。
こちらの津波など比べものにもならない。 命がある。家があるだけで幸いと思いたい。
海苔はほぼ全滅状態となったけれど。 それも仕方ない事だとすでに諦めがついた。
暮らしはきっとなんとかなるだろう。
生きてさえいればそれだけでじゅうぶんだと思っている。
あいかわらず風は冷たいけれど。 たっぷりの陽射しは春のそれだった。
作業場の庭で日向ぼっこをしながらお弁当を食べる。 味気ないコンビニのお弁当でもとても美味しく感じた。
昨夜は息子が晩ご飯を食べに来てくれた。 いつでも帰れる場所。今の息子にはそれが救いらしい。
家族会議のようなこと。愚痴も真剣に耳をかたむける。 仕事の悩みが痛いほど伝わってきてともに悩んであげたくなる。
いまを乗り越えてほしいと父も母も願っているけれど。 もはや限界ならばそれをしっかりと受け止めてあげたいと思う。
またいつでも帰って来なさいね。晩ご飯一緒に食べようね。
そう言って見送ると胸に熱いものが込み上げてきた。
幼い頃。息子を背中におんぶしていた頃を思い出す。 やたらと重たい子だった。けれども少しも苦ではない重み。
その重みががとても懐かしい。その重みが愛しくてならない。
あいかわらずの風の冷たさ。 三月の声をきいてからずっと寒い日が続いている。
けれどもかくじつに春は来ている。 冬の後姿に春が手を振っているように感じる。
今日はうぐいすの声。それはとてもにぎやか。 ほらあそこと彼が竹薮を指差しておしえてくれて。 なんとも可愛らしいその姿を間近に見ることが出来た。
うぐいす色。もっと鮮やかな色だと思っていた。 少しくすんでいる。緑と茶色を混ぜたような色。
そんなうぐいす色が竹薮をちょんちょん飛び交う。 そうして仲間を呼ぶようにしきりと鳴くのだった。
午後から山里の職場へと駆けつける。 昨日は朝から行けたのでずいぶんと仕事がはかどったけれど。 うっかりミスをしていて今日はその後始末に追われていた。
そそっかしいのは誰に似たのだろう。 母から電話があり「それはそれはご苦労様」と笑われた。
母は術後の経過も良く病室で退屈している様子だったけれど。 入院ついでにもう片方の眼も手術をすることになったそうだ。 だからすっかりまな板の上のお魚みたいな気分になっている。
心配していた仕事のことはなんとかなるよと母の言ったとおり。 昨日も今日もなんとかなった。あんずるよりうむがやすしだった。
しばらくはあちらもこちらもと気忙しくなりそうだけれど。
わたしはだいじょうぶ。やってやれないことはないのだもの。
今朝は真冬のような寒さだった。 粉雪のように霜がおり氷が張る。
けれどもいちめんの菜の花畑を見ていると。 そんな寒さも忘れてしまうほど心が温まる。
どんなときもあるものだ。 最近つくづくとそう思うことが多くなった。
そのたびに一喜一憂しているのだけれど。 つらいことがあるからこそよろこびにあえる。
そう思うと涙も笑顔もおなじように愛しくなる。
泣いたり笑ったりの人生はたのしい。
そんなたのしい人生をとことん生きてみたくなる。
むかしむかし『弥生つめたい風』という歌があったけれど。 その歌のように今日も冷たい風が吹くいちにちだった。
春の陣痛が続いている。もうひとふんばりだ。がんばれ春。
母の手術日。今回は眼の手術だったので短時間で無事に済んだとの事。 付き添ってくれた弟嫁より連絡がありほっと胸を撫で下ろす。 母は例のごとくであっけらかんとしている様子。 「ぴんぴんしているよ」と弟嫁も笑いながら知らせてくれた。
あとは退院を待つばかり。しばらく会っていない母が少し恋しい。
心配事はそうしてひとつずつ解決していくのだけれど。 あとからあとからと押し寄せるように舞い込んできたりするもの。
昨日は息子のことでいろいろとあって。 近いうちに家族会議のようなものが必要になった。
親離れ子離れがすっかり済んだものと思っていたけれど。 子を想う気持ちは変わることはなく。 なんとしても救ってあげたいのが親というものだろう。
だいじょうぶなんとかなるよと息子に言ったら。
ありがとう!ってほっとしたように言ってくれた。
冬の名残の北風が吹き荒れたいちにち。
今朝の新聞を見ていたら『寒の戻り』 それは春を生むための陣痛のようなものだとあった。 なるほどとうなずく。陣痛があるからこそ春が生まれるのだ。
そんな痛みのような寒さ。それもまた感慨深くおもう。
今日は海苔の初出荷の日だった。 それは娘を嫁に出すような気持ちに似ている。 殆どは佃煮屋さんに引き取られていくのだけれど。 緑のままの海苔を娘のように愛しく思ったりもする。
たくさんのひとに食べて欲しいそう願いつつ送り出す。
いつもの散歩。今日も路地で桜の木を仰いだ。 真っ青な青空にその花が宝石のように輝いて見えた。 どんなに北風が吹き荒れようとそこはもう春だった。
お大師堂で手をあわす。 今日は母が大学病院に入院した日でもある。 母からは何も連絡が来なかったけれど。 明後日が手術の予定らしかった。 付き添ってあげたいけれどそれも出来ず。 なんだかひどく親不孝をしているような気がした。
散歩から帰宅するなり義父より電話がある。 来週早々になんとか一日だけ助けて欲しいとの事。 もちろん承諾する。なんとしても助けてあげなくてはと思う。
ずっとあれこれと思い悩んでいたけれど。
なんとかなるときがきっと今なのだとやっと思えるようになった。
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