ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年03月15日(火) 野スミレ

あたりが薄暗くなれば家の明かりを灯す。
食事をし入浴をしあたたかな布団で眠る。

それが当たり前だと思っていた日常のことが。
こんなに心苦しく申し訳ないと思ったことはない。

これでいいのだろうかと自問する。
答えは出ない。とても言葉には出来そうにもない。

ただただ祈る。罪悪感を薄れさすかのように。



ブロック塀の隙間から生きたいといって野スミレが咲く。
土は見えない。水さえも与えてはあげなかったというのに。

野に咲くスミレが我が家に咲いた。


こうして綴ることさえも不謹慎に思えるけれど。

ゆるしてください。こうしながら生きているわたしを。



2011年03月12日(土) 祈り

なんと悲惨なことになってしまったのだろう。
テレビは被災地の様子を生々しく伝えている。
あまりにも酷いありさまに胸が苦しくなった。

とても他人事ではなかった。
明日は我が身かもしれないと思うと不安がつのるけれど。

いまはただ祈ることしかできない。

どうか光を。一刻も早く光を届けてあげてほしい。



こちらの津波など比べものにもならない。
命がある。家があるだけで幸いと思いたい。

海苔はほぼ全滅状態となったけれど。
それも仕方ない事だとすでに諦めがついた。

暮らしはきっとなんとかなるだろう。

生きてさえいればそれだけでじゅうぶんだと思っている。



2011年03月10日(木) 息子

あいかわらず風は冷たいけれど。
たっぷりの陽射しは春のそれだった。

作業場の庭で日向ぼっこをしながらお弁当を食べる。
味気ないコンビニのお弁当でもとても美味しく感じた。



昨夜は息子が晩ご飯を食べに来てくれた。
いつでも帰れる場所。今の息子にはそれが救いらしい。

家族会議のようなこと。愚痴も真剣に耳をかたむける。
仕事の悩みが痛いほど伝わってきてともに悩んであげたくなる。

いまを乗り越えてほしいと父も母も願っているけれど。
もはや限界ならばそれをしっかりと受け止めてあげたいと思う。

またいつでも帰って来なさいね。晩ご飯一緒に食べようね。

そう言って見送ると胸に熱いものが込み上げてきた。


幼い頃。息子を背中におんぶしていた頃を思い出す。
やたらと重たい子だった。けれども少しも苦ではない重み。

その重みががとても懐かしい。その重みが愛しくてならない。



2011年03月08日(火) うぐいす色

あいかわらずの風の冷たさ。
三月の声をきいてからずっと寒い日が続いている。

けれどもかくじつに春は来ている。
冬の後姿に春が手を振っているように感じる。

今日はうぐいすの声。それはとてもにぎやか。
ほらあそこと彼が竹薮を指差しておしえてくれて。
なんとも可愛らしいその姿を間近に見ることが出来た。

うぐいす色。もっと鮮やかな色だと思っていた。
少しくすんでいる。緑と茶色を混ぜたような色。

そんなうぐいす色が竹薮をちょんちょん飛び交う。
そうして仲間を呼ぶようにしきりと鳴くのだった。



午後から山里の職場へと駆けつける。
昨日は朝から行けたのでずいぶんと仕事がはかどったけれど。
うっかりミスをしていて今日はその後始末に追われていた。

そそっかしいのは誰に似たのだろう。
母から電話があり「それはそれはご苦労様」と笑われた。

母は術後の経過も良く病室で退屈している様子だったけれど。
入院ついでにもう片方の眼も手術をすることになったそうだ。
だからすっかりまな板の上のお魚みたいな気分になっている。

心配していた仕事のことはなんとかなるよと母の言ったとおり。
昨日も今日もなんとかなった。あんずるよりうむがやすしだった。

しばらくはあちらもこちらもと気忙しくなりそうだけれど。

わたしはだいじょうぶ。やってやれないことはないのだもの。



2011年03月05日(土) 一喜一憂

今朝は真冬のような寒さだった。
粉雪のように霜がおり氷が張る。

けれどもいちめんの菜の花畑を見ていると。
そんな寒さも忘れてしまうほど心が温まる。


どんなときもあるものだ。
最近つくづくとそう思うことが多くなった。

そのたびに一喜一憂しているのだけれど。
つらいことがあるからこそよろこびにあえる。

そう思うと涙も笑顔もおなじように愛しくなる。


泣いたり笑ったりの人生はたのしい。

そんなたのしい人生をとことん生きてみたくなる。



2011年03月04日(金) 弥生つめたい風

むかしむかし『弥生つめたい風』という歌があったけれど。
その歌のように今日も冷たい風が吹くいちにちだった。

春の陣痛が続いている。もうひとふんばりだ。がんばれ春。



母の手術日。今回は眼の手術だったので短時間で無事に済んだとの事。
付き添ってくれた弟嫁より連絡がありほっと胸を撫で下ろす。
母は例のごとくであっけらかんとしている様子。
「ぴんぴんしているよ」と弟嫁も笑いながら知らせてくれた。

あとは退院を待つばかり。しばらく会っていない母が少し恋しい。


心配事はそうしてひとつずつ解決していくのだけれど。
あとからあとからと押し寄せるように舞い込んできたりするもの。

昨日は息子のことでいろいろとあって。
近いうちに家族会議のようなものが必要になった。

親離れ子離れがすっかり済んだものと思っていたけれど。
子を想う気持ちは変わることはなく。
なんとしても救ってあげたいのが親というものだろう。

だいじょうぶなんとかなるよと息子に言ったら。

ありがとう!ってほっとしたように言ってくれた。



2011年03月02日(水) 寒の戻り

冬の名残の北風が吹き荒れたいちにち。

今朝の新聞を見ていたら『寒の戻り』
それは春を生むための陣痛のようなものだとあった。
なるほどとうなずく。陣痛があるからこそ春が生まれるのだ。

そんな痛みのような寒さ。それもまた感慨深くおもう。


今日は海苔の初出荷の日だった。
それは娘を嫁に出すような気持ちに似ている。
殆どは佃煮屋さんに引き取られていくのだけれど。
緑のままの海苔を娘のように愛しく思ったりもする。

たくさんのひとに食べて欲しいそう願いつつ送り出す。



いつもの散歩。今日も路地で桜の木を仰いだ。
真っ青な青空にその花が宝石のように輝いて見えた。
どんなに北風が吹き荒れようとそこはもう春だった。

お大師堂で手をあわす。
今日は母が大学病院に入院した日でもある。
母からは何も連絡が来なかったけれど。
明後日が手術の予定らしかった。
付き添ってあげたいけれどそれも出来ず。
なんだかひどく親不孝をしているような気がした。

散歩から帰宅するなり義父より電話がある。
来週早々になんとか一日だけ助けて欲しいとの事。
もちろん承諾する。なんとしても助けてあげなくてはと思う。

ずっとあれこれと思い悩んでいたけれど。

なんとかなるときがきっと今なのだとやっと思えるようになった。


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