暖かくすっかり春を思わす陽気となる。
ホトケノザという名の草には紅紫の花が咲き始めた。 農家の人達にとっては害草だと言われているけれど。 その花はなんとも愛らしくその色に心をうばわれる。
彼の発作も昨夜のうちに治まり。 今朝はすっかり元気になっていてほっとした。 さあ頑張るぞと言い張り切って川仕事に出掛ける。
ずいぶんと疲れがたまっているのだと思う。 もっと休ませてあげたくても本人が承知しない。
作業をしながらぐるぐると考えごとをしていた。 来月早々には母の手術と入院を控えている。 山里の職場にはどうしても手助けが必要になる。 けれども家業も今が最盛期。彼一人では無理ではないか。
なんとかなるさと彼は言ってくれるけれど。 私の気持ちは家業を優先させたくなっている。 そのことを母には言えなくてとても困っている。
5年前の私ならどちらも手助け出来たことだろう。 かけもちするくらい平気だった頃が私にもあったのだ。
なんとも情けない事だけれど。体力も気力も激減している。
考えれば考えるほど気分がマイナスに向かってしまう。 いったいどうすればいいのかと日に日に悩み始めてしまった。
母もきっとなんとかなるよと言うにちがいない。
今すぐにでも電話してみようかと思いつつ臆病になる。
これ以上のマイナスはいやだ。
なにかプラスしたい。なにを足せば楽になるのだろうか。
やわらかにかすむ満月。 こんな夜をおぼろ月夜というのだろうか。
そんな夜空に心を和ませながら春を感じた。
今日は山里の職場に行く予定だったけれど。 彼の持病の発作がおこりそれを中止する。 母のことも気掛かりでならないけれど。 それ以上に彼のことが心配でならなかった。
みんなが健康に。そればかりを祈っているのだけれど。
心配事は絶えない。みんながちゃんと生きている。 それだけでありがたいことだと思うことにしよう。
私もちゃんと生きている。
いちにちが暮れるとそればかりを思う。
ありがとうございましたと手を合わす。
どうかみんなに明日がありますように。
お月様はかすんでいるけれどちゃんと見てくれている。
朝から雨が降り止まぬ。 けれどもその雨のなんと優しいことだろう。 いかにも春を告げる雨のように静かに降り続く。
畑の作物や植物たちには恵みの雨になったことだろう。 雨音とともにそんな緑たちの息吹く音が聴こえてきそうだ。
今日は伯母の三回忌だった。 亡くなったのがつい先日のように思われる。 それなのにあの時の悲しさが嘘のように薄れている。
法要のため親族がみな集いにぎやかに過ごした。 遺影の伯母が微笑んでいる。きっと嬉しいのに違いない。 みんな来てくれたんだねえ。そんな声が聞こえて来そうだった。
残された従姉妹たちも元気そうでほっとする。 ただ法要の準備で数日前から忙しかった様子。 肩が凝ってどうしようもないと言うので。 私でよければと少しだけ肩をもんであげた。 ただそれだけの事なのにすごく喜んでくれた。
伯母の家の庭には梅の花がもう満開。 亡くなった日にも咲いていただろうに。 どうしても思い出せないのだった。
その白い花びらを撫でるように雨が降る。
優しい雨でよかった。伯母もきっと見ていることだろう。
お天気は下り坂のもよう。 今にも雨が降り出しそうな夜になった。
寒気は少しゆるんでいるけれど。 お気に入りのちゃんちゃんこを羽織っている。 これを着ていると不思議と気分がまったりとするのだ。
お風呂上りのビールが美味しい。 今はなにも考えることもなくてぼんやり。 考えてしまうとざわざわと騒ぎだすこころ。 たまにはからっぽにしてあげるのも良いものだ。
義妹の誕生日。モンブランを買って持って行く。 ケーキ屋さんに行くと自分も食べたくなって。 チーズケーキを買った。久しぶりのケーキが美味しい。 義妹もすごく喜んでくれたので良かったなって思う。
また来年も忘れずにいよう。笑顔に会える日だもの。
これを書いているうちにビールを飲み干してしまったので。 階段をどすんどすんと下りて行って焼酎のお湯割を作ってきた。
一口飲んではぁと言ったりふぅと言ったりするのもよい。
ちゃんちゃんこの背中がぽぽっとあたたかくなった。
あたりいちめん霜の朝。 きりりっとした寒さに身が引き締まる。
空は青空だった。降り注ぐであろう陽射しのことをかんがえる。 まるで空に恋をしてしまったかのように心が浮き立っていた。
あいかわらずの川仕事。 今日頑張ったら明日は休もうなと彼が言うので。 えっさほいさといつもいじょうに馬力を出してみる。
収穫は嬉しい。なんともいえない達成感がある。
午後。いつもの時間にいつもの道を散歩する。 土手にはスミレらしき緑の葉が見え始めた。 タンポポも見え始めた。やがては花が咲くだろう。 誰よりも先にそんな花たちを見つけてあげたくなる。
お大師堂につくと一心にお経を唱える声が響いていた。 お遍路さんかな思ったら、なんと親戚のおばあちゃんだった。 90歳はとっくに過ぎているという高齢だけど元気なおばあちゃんだ。
声をかけるのもはばかられ。その後姿に手を合わす。 その時すごくこころがあたたかくなってほっこりとした。
私も長生きをすることが出来るものなら。 おばあちゃんみたいになりたいなと思った。
誰かの心をほっこりとさせて。
そうしてにっこりとさせてあげたい。
みぞれのような冷たい雨。
また冬に戻ったようなこの頃だけれど。 かくじつに春に向かっているのだと言い聞かす。
晴れたらまた小さな春を見つけよう。 そうしてほっとして空を仰ぎたいものだ。
毎年この日に届くように贈り物をしていたけれど。 今年はさんざん迷った挙句それをやめてしまった。 指折り数えてみるともう8年目のこの日だった。 もしかしたらそうすることが束縛だったのかもしれない。 そんなことをふと考える。真心だとか愛情だとか。 そんな大切なことをモノで伝えることはむつかしい。 それをやめたからといって縁が切れるわけではないから。
そう言い聞かす。わたしはとても身勝手なのかもしれないけれど。
細々と続けているホームページが今日で9周年を迎えた。 けれどもとくに感慨深く受け止めているのでもなかった。 10年一昔と言うから。もう昔と同じ事なのかもしれない。
ただ愛着はある。それはあと何年経っても変わらないだろう。 ただ在り続けるということ。それだけを誇りに思っている。
詩や写真や。もうずいぶんと遠ざかってしまった。 消極的である。意欲というものがすっかり失せてしまっている。
そんなこころもとない場所だというのに訪ねて来てくれるひとがいる。 それはほんとうにありがたいことでありすごく励みになっている。
そんなひとたちにこころからありがとうって言いたい。
このさきどんなに老いても在り続けることだろう。
すごいおばあちゃんになってもゆらゆらと日々を綴っているだろう。
雪混じりの強い北風。 しばらく暖かい日が続いていただけに。 今日の寒さに身震いしてしまった。
寒の戻り。まだまだこんな日があることだろう。 梅の花に雪。それもまた風情があってよいものだ。
川仕事は休めず。 朝の雪に私は休もうと言ったのだけれど。 彼はどうしても休まないと言い張り仕方なく行く。
途中から雪が激しくなる。 強い風にあおられ川の水も波打つ。 ほうらだから言ったでしょとなり。 彼のほうから帰ろうと言い出す始末。 それでも行けば行っただけの収穫があるから。 無理をして良かったのだと思うことにしよう。
午後は炬燵にすっぽり。 テレビを見ながらうたた寝もしたりしてゆっくりと休む。
晩ご飯は湯豆腐。八宝菜。鮭の塩焼き。熱燗美味し。
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