みぞれのような冷たい雨。
また冬に戻ったようなこの頃だけれど。 かくじつに春に向かっているのだと言い聞かす。
晴れたらまた小さな春を見つけよう。 そうしてほっとして空を仰ぎたいものだ。
毎年この日に届くように贈り物をしていたけれど。 今年はさんざん迷った挙句それをやめてしまった。 指折り数えてみるともう8年目のこの日だった。 もしかしたらそうすることが束縛だったのかもしれない。 そんなことをふと考える。真心だとか愛情だとか。 そんな大切なことをモノで伝えることはむつかしい。 それをやめたからといって縁が切れるわけではないから。
そう言い聞かす。わたしはとても身勝手なのかもしれないけれど。
細々と続けているホームページが今日で9周年を迎えた。 けれどもとくに感慨深く受け止めているのでもなかった。 10年一昔と言うから。もう昔と同じ事なのかもしれない。
ただ愛着はある。それはあと何年経っても変わらないだろう。 ただ在り続けるということ。それだけを誇りに思っている。
詩や写真や。もうずいぶんと遠ざかってしまった。 消極的である。意欲というものがすっかり失せてしまっている。
そんなこころもとない場所だというのに訪ねて来てくれるひとがいる。 それはほんとうにありがたいことでありすごく励みになっている。
そんなひとたちにこころからありがとうって言いたい。
このさきどんなに老いても在り続けることだろう。
すごいおばあちゃんになってもゆらゆらと日々を綴っているだろう。
雪混じりの強い北風。 しばらく暖かい日が続いていただけに。 今日の寒さに身震いしてしまった。
寒の戻り。まだまだこんな日があることだろう。 梅の花に雪。それもまた風情があってよいものだ。
川仕事は休めず。 朝の雪に私は休もうと言ったのだけれど。 彼はどうしても休まないと言い張り仕方なく行く。
途中から雪が激しくなる。 強い風にあおられ川の水も波打つ。 ほうらだから言ったでしょとなり。 彼のほうから帰ろうと言い出す始末。 それでも行けば行っただけの収穫があるから。 無理をして良かったのだと思うことにしよう。
午後は炬燵にすっぽり。 テレビを見ながらうたた寝もしたりしてゆっくりと休む。
晩ご飯は湯豆腐。八宝菜。鮭の塩焼き。熱燗美味し。
東京や大阪は雪だという。 高知も山間部では雪になったけれど。 我が町はそんな寒気から逃れられたのか。 小雨が少し降っただけで午後から晴天となる。
川仕事から帰るなり海苔を干す。 天日干しにはとてもありがたい陽射しだった。
すると足元にぺんぺん草の花が咲いていて。 その小さな白い花がなんとも可愛らしかった。 海苔を干しながらこころがほっこりと和んでいく。
それに気づかずに踏みつけた日もあったかもしれない。 ほらここにいるよと花を咲かせて知らせてくれたのだろう。
とにかくその日その日。目の前の事だけをこなしていく。 あれもこれもとたくさんのことが出来るわけもなく。 毎日がおなじことの繰り返しのように思うけれど。 日々は流れる。日々は積み重なっているのだと思う。
心配ごとのひとつやふたつ誰にだってあるだろう。 ただ受け止め方は人それぞれで重くするのは心次第だと思う。
もっともっとあっけらかんと生きたいものだ。
| 2011年02月10日(木) |
からだがふたつあれば |
雪の予報に身構えていたけれど。 それほどの冷え込みもなく夕方から小雨が降り始めた。 かすかな雨音が耳に心地よく響いている。
今日は川仕事をお休みして山里の職場に行っていた。 いったい何日ほったらかしにしていたのだろう。 机の上には未処理の仕事が山積みになっていた。
母は留守。今日は内科の通院日だった。 仕事をしながら母の帰りを待つ。 やっと母の顔を見れたと思ったら私の帰宅時間となり。 あまりゆっくりと話すことが出来なかったのだけれど。
先日、大学病院の眼科で検査をしたところ。 すぐに手術をすすめられたのだそうだ。 どうしてもっと早く来なかったのかと叱られたと言う。 すぐには無理。月末も無理だと母は言い逃れて。 なんとか来月早々にと予約をして帰って来たと言うこと。
私が仕事を手伝ってあげられていたらと心が痛んだ。 なるようになるからと母は口癖のように言うけれど。 失明の恐れもあるとのことで、とても心配でならない。
今日いちにち手伝ったくらいでどうなると言うのだろう。 なによりもいちばんに母を助けてあげなくてはいけない。
からだがふたつほしい。そんな無理なことを真剣に願っている。
大丈夫よと微笑む母。うらはらに私のこころはとても重い。
山里には梅の花がもうたくさん咲き始めていた。
母も見つけただろうか。その香りを肩をよせあってかいでみたいと思った。
今夜は雨が降るのだという。 なんと久しぶりの雨だろうか。 雨音がむしょうに聴きたくなって。 待っている。からっぽの器のように。
今日はいつもの散歩道を行く。 枯れ草ばかりの土手であんずが立ち止まる。 ふと見ると雀色の野に若い緑が萌えている。 蓬の新芽だった。しきりに匂いを嗅ぐあんず。 私も屈みこんで鼻をくっつけてみたくなった。
ちいさな春を見つけたきぶん。 日に日に緑が濃くなっていくことだろう。 雑草たちの呼吸が聴こえてきそうだった。
食後。台所で後片付けをしていると。 仕事帰りの息子がひょっこりと寄ってくれた。 仕事がとても大変そう。辞めたくなったと呟く。 辞めてどうするのだと言うと家業を継ぐのだなどと。 はんぶん本気そうな事を言って父も母もびっくり。
晩ご飯食べて行きなさい。と言っても要らないと言い。 早く帰ってビールが飲みたいと風のように去って行った。
仕事がそんなに辛いのか・・と母は心配でならず。 ちょっと愚痴りに来ただけさと父は笑っている。
そうであってほしい。父も母もいつだって聞いてあげるから。 嫌なことがあったらちゃんと話して欲しい。
しんどい時はそう言って。決して無理をしないでいてね。
春霞かとおもうような空。 そんなぼんやりとした空からやわらかな陽射し。 ぽかぽかと暖かい。ふんわりと浮かぶような気持ち。
日々。目の前にあることだけをたんたんとこなす。 頑張っているのかもしれない。自覚こそないけれど。 なんだか日捲りの暦を千切っては重ねているような毎日。
捨ててしまえばいいのに捨てられない。 それを重ねていったいどうしようというのだろうか。
散歩。今日はいつもとはちがう道を歩いた。 そっちではないこっちなのだとあんずが嫌がる。 宥めながら無理やり引っ張るようにして連れて行く。 時間にゆとりがないとこんな時もあってしまうものだ。 私も少し反省しながら、明日はいつもの道をと思った。
夕暮れていく。そうして夜空になり三日月が浮かぶ。
なんとか細い月だろう。なんとせつない月だろう。
今日も日中はとても暖かくなる。 つい先日の雪がうそのように思った。
ほっとして空を見上げる。 そうして遠い空のしたのかのひとを想う。 ずっと音信不通が続いているけれど。 どうか元気でと空に向かって呼びかけた。
私はもうひつようではないのかもしれない。 そんなことをおもうとたまらなくさびしい。
けれどもこころのどこかでそんな時を待っていたような。 それだけながい歳月が流れてしまったことになる。
縁というものはきってもきれないようでいて。 それはそれは儚いものだということを知っている。
10年20年を経て。ああ、あの頃にわたしがいたんだなと。
いつか思い出してもらえるような存在でありたい。
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