久しぶりの朝の道。まさかと思った雪がまだ残っていて。 山道はところどころ凍結しており冷や汗をかいてしまった。
峠道をやっとのおもいでのぼりつめるとそこも雪。 民家の屋根も畑にもまだ雪が残っていてびっくりしてしまう。 よほどの積雪だったのだろう。雪景色が目に浮かぶようだった。
いちばんのりの職場。暖房を強めにして事務所をあたためていると。 母が出勤してくる。少し咳をしていたけれど元気そうな様子にほっとする。 着膨れをしていて丸い背中がよけいに丸まって見える。 背丈は私と変わらないというのにとてもちいさく見えた。
せつない老い。どうしようもなく母は老いていくのだった。
ぼちぼちと仕事を始めたものの。母のおしゃべりが始まる。 それは堰を切ったように始まり相槌を打つのに忙しいほどだ。 よほど話し相手が欲しかったのだろう。淋しかったのかもしれない。 こんな娘でも母にとってはいちばんの話し相手なのかもしれなかった。
ああ!落ちるよ!母が叫ぶ。何事かと外を見ると。 ご近所の民家の屋根から雪のかたまりが落ちるところだった。 それは瓦目にそって整列するようにするりっと滑り落ちていく。 その様がなんとも心地よいので興奮気味の母なのだった。
ぜんぶ落ちたね。うん気持ちよかったね。とか言い合いながら。 また仕事の続きを始めたりする。ねえこれファックスしといて。
あああお腹空いたなと私。あっ!ご飯炊くの忘れてたと母。 事務所の二階はかつての住居になっていて母の台所がある。 そこで社長である夫の昼食を作るのが母の日課なのだった。
いつものことながら母ののんびり屋さんは愉快なことである。
私はお弁当を食べる。母は二階で大奮闘をしている。
そんな昼休み。わたしはあたりの屋根の雪を見上げながら。
あれも落ちそうだな。もうすぐ落ちそうだなと母を待っている。
あいかわらずの寒さ。けれども日中は冬の陽射しがふりそそぐ。 風はすこし冷たかったけれど青空はほんにありがたいものだ。
午後から市内で自動車保険の研修があったため。 けっきょく今日も山里には行かずじまいとなる。 おかげでゆっくりと洗濯をしたり畑の様子を見に行ったり。 そんな畑で思いがけず豌豆の白い花を見つけた。 雪の寒さにもめげず咲いてくれたのかとなんとも愛しかった。
ちいさな春を見つけたような気持ちになる。 どんなに寒くてもきっと春が来る。 あと少しもう少しとしんぼうしながら春を待ちたい。
研修が長引いたおかげでいつもの散歩には行けなかった。 私のかわりに連れて行ってあげてねとあんずを彼に頼んであったけれど。 犬小屋からは出たものの路地に出るなり尻込みをしたと言う。 どんなになだめても歩こうとはしなかったらしく散歩は中止。 おまえじゃないと嫌みたいだぞと苦笑いをする彼だった。
そんなことを聞くと困った子ねえとか言いながらちょっと嬉しい。 晩ご飯の支度もあったけれどせめておしっこだけでもとおもい。 土手に向かってふたりで駆け上がる。おしっこ我慢していたらしく。 身震いしながらそれをする様子もまた可愛らしいものだ。
そうして私より先になって家に帰ろうとする。 いつもの散歩ではないことをすっかり理解しているようだった。
あしたはゆっくりと行こうねと話しかけると。 気のせいかもしれないけれどうなずくような仕草をした。
夕陽がまぶしい。西の空が茜色に染まっていく頃のことだった。
昨日の雪がとけきらないうちに昨夜も雪。 しんしんととても冷たい朝になった。
道路が凍結しており仕事は自宅待機となる。 山里の雪は平野部よりもひどかったようだ。 母の住む町も身動き出来ないほどの雪だったと言う。
そんな雪も晴天にどんどんとけていったが。 結局仕事には行かず一日のんびりと過ごさせてもらった。
午前中。彼が海苔の漁場を見回りに行くと言うので一緒に行く。 まわりの雪景色に緑の海苔。なんとも色鮮やかな光景であった。 生育も順調で来週あたりから収穫が出来そうだと言うことである。
そうなれば山里の職場どころではなくなり。 また母に負担をかけてしまうことになるけれど。 こればかりは生活がかかっておりどうしようも出来なかった。
毎年の事だけれど。からだがふたつあればと思わずにいられない。 あちらをたてればこちらがたたず。二束のわらじはとても無理だった。
だいじょうぶ。なんとかなるよといつも母は言ってくれる。 私も母のように楽観的でありたいと思うのだけれど。 いつも心配が先にたち思い煩ってばかりいるようにおもう。
うんそうね。今までもなんとかなったのだからと気をとりなおす。
やれるだけのことを精一杯頑張っていればきっとうまくいくはず。
夕方から冷たい北風がひゅるひゅると吹き始めた。 明日は雪の予報。目覚めればいちめんの銀世界かもしれない。
寒さがとても身にこたえる。それは去年の冬よりももっと。 老いのきざしかもしれないけれど今年の冬は特別のようにも思える。
昨夜はとても億劫だったけれどバドミントンに行ってきた。 先週は足首に痛みがありサボってしまったので。 今年初めての練習ということになる。 行けば行ったでそれはとても楽しかった。 まだ少し足首に違和感があり思うように動けなかったけれど。 まさに老体にムチ打つという感じで頑張ってみた。
もう無理かもしれないと事あるごとに思うことがある。 まだまだこれからだという意欲は皆無と言ってもいい。
けれどもやればできる。できるとまた少し勇気が湧いてくる。
そんなかけがえのない勇気を大切にしていきたいものだ。
バドミントンに限らずあらゆることに臆病になっている。 やれば出来るかもしれない事を先に諦めてしまうのだった。 諦めればもう最後。人生においてそれに臨む事はもうない。
残り少ない人生だと思うにはまだ早過ぎるかもしれないけれど。 それはいつまでという保障などない。それがとても不安だった。
気がつけばどんどんとマイナスに向かっているじぶん。 これではいけないなと最近つくづく思うようになった。
どんなちいさなことでもいい。足し算がしたい。
ちっぽけなひとつにまたちっぽけなひとつを足していきたい。
朝はやはりとても寒い。 それでも年末年始の積雪をおもえばマシなのだろうと思う。
通い慣れた朝の山道もすっかり冬枯れてしまった。 お遍路さんの歩く姿も見かけなくなって少しさびしい。
三日ぶりの職場だった。 気掛かりだった母の体調もだいぶ良くなったようでほっとする。 私も少しふらつきがあるものの昨日よりは楽になったようだった。
みんなが健康でありますように。そう祈った初詣。 この先どんなことが待ち受けているやらと不安もあるけれど。 ひとつひとつ乗り越えていけるようないちねんでありたいものだ。
午後から自動車免許の講習があり早引きをする。 そうしてゴールドの新しい免許証をもらった。 また5年後にみなさんそろって会いましょうと係の人に言われ。 ふっと5年後を思い浮かべると自分の年におどろいてしまった。 もう写真なんか撮りたくもないだろうなって可笑しくもなった。
そんな5年があっという間に来てしまうのだとしたら。 なんだかあまりにもあっけなくてとまどってしまいそうだった。
先のことなんて考えないのがいちばん。 母は口癖のように言うけれど。 私にはいつも先があって明日のことが気掛かりでならない。
いまを生きる。そうわりきれたらどんなにいいだろうか。
いちにちいちにちを大切に。愛しみながらたのしみながら生きたい。
そうおもっているけれどおもうほどにはうまくいかないものだ。
今日も晴天。冬の太陽ほどありがたいものはない。
だというのに一日中ごろごろと寝てばかりいた。 今に始まったことではないがほんにだらしない有様である。
昨日は予定通り隣町のお寺まで初詣に行ってきた。 毎年裏山のミニ八十八ヶ所巡りをするのが習いなのだけれど。 今年はどうしたことかずいぶんと疲れてしまって動悸息切れ。 一年でこんなにも体力がなくなってしまったのかと情けなく思う。
それでも最後の仏像に手を合わした時の清々しいきもち。 無理だと途中で諦めずに歩き続けて良かったのだなと思った。
たかがひと山越えるだけでこの疲れ。 四国霊場を巡るお遍路さんの苦労をしみじみと感じたことだった。
帰り道は少し弱気になってしまって。来年は無理かもしれないと思う。 けれども一日経って今日になれば来年もきっと行こうと思えるようになった。
その疲れもあったのだろう今日は少し体調悪し。 めまいふらつきなどそれももう慣れてしまってもいい頃である。 だましだまし付き合っていくしかないのかもしれない。
気だるさを吹っ切るようにいつもの散歩。
「さあ、かあさん行くよ!」あんずの声がきこえるようだった。
冬の陽射しがありがたく穏やかな晴天となる。
新聞のかたすみに『日向ぼっこ』という記事を見つけた。 炬燵や暖房に頼らずに冬の陽射しをもっとたのしもうと書いてある。 そうだなって私も思った。今日は絶好の日向ぼっこ日和だもの。
散歩道で冬の陽射しをいっぱいに浴びる。 土手の石段にしばし腰をおろして川面を眺めた。 観光船がゆったりとゆっくりと横切っていく。 傾き始めた太陽の光が川面をきらきらと染める。
どんなに寒くてもこんないちにちもある。 とてもほっとするおだやかなひと時だった。
仕事は今日から三連休をいただいていたけれど。 母のことが気掛かりになり電話をしてみた。 そうしたら病院にいて点滴をしているとのこと。 風邪の具合があまりよくないようだった。 私は三日も休まなくていいから今から行こうかと言うと。 だいじょうぶ。来なくても良いからと言ってきかない。 母が無理をしているようで気になって仕方なかったけれど。 はらはらとしながら私だけお休みをもらってしまったのだった。
明日は遅くなってしまったけれど初詣に行って来ようと思う。 毎年行っている隣町の四国霊場のお寺なのだけれど。 やはりそこから始めないと一年が始まらないような気がしてならない。
みなが健康で無事にいちねんを過ごせますように。
そうしてなによりも生きて新しい年を迎えられた事に感謝したいと思う。
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