二十四節気の一つ「小寒」寒の入りとなり寒さも本番となる。
あいにくの曇り空で冬の陽射しを恋しく思う。 どんなに寒くても太陽というものはとてもありがたいものだった。
ひとり年賀状を出せなかった友人がいて。 元気にしているかしら?そればかりをおもって。 寒中見舞いの葉書をしたためポストに投函する。
ことん。その時ちいさな音がした。 ことん。なんだか声のような音だった。
どうかちゃんと届きますようにと手を合わす。
喜んでくれたらいいなってすごくすごく思った。
仕事。今日もさほど忙しくもなく母とふたりのんびりと過ごす。 急いでやらなければいけないことは何もないのだからと。 母に言うと。そうね・・明日でもいいねとうなずいてくれた。 心配していた神経痛は薬でなんとか治まっているようだったが。 そのうえに風邪をひいてしまったようでふんだりけったりだった。
すっかり丸くなった背中。ひとまわり小さくなったような母。 ふと心細くなる。なんだかとても老いてしまったことを感じる。
明日も無理をしないようにしようねお母さん。
私もね。ぼちぼちだよ。ぜんぜん頑張ってなんかいないからね。
霜の朝。ちょうど朝陽が射し始めた土手がきらきらと眩しい。 きりりっとした朝の空気。その寒さで身が引き締まるようだった。
一週間ぶりだろうか通い慣れた山道を行く。 見慣れた風景もなぜか新鮮に思えるのは。 新しい年を迎えたせいなのかもしれない。
母も同僚もまだ出勤しておらずしんと静かな職場。 事務所には母が準備したのだろう鏡餅がそなえてあった。 タイムカードの棚には小さな注連縄までつるしてあって。 母らしいなとふっと笑みがこぼれる。
暮から神経痛で苦しんでいた母。 痛み止めの薬が効いたのもつかのま。 元旦にもまた痛みがおそってきたらしい。 それなのに大晦日も仕事をしていたと言う。 ゆっくりと休んだのは元旦だけだったようだ。
今日も薬が効いているからと安静になどしない。 いつもとかわらず元気そうな素振りを見せるばかり。 何を言っても無駄でただはらはらと見守るしかなかった。
かわれるものならかわってあげたいとどんなに思ったことだろう。 ずっと寝正月をしていた自分をとても心苦しく思ったことだった。
さいわいなことに仕事はそれほど忙しくもなく。 穏やかに時がながれいちにちが過ぎていった。
早目に仕事を終え少しでも安静にするようにと母に言い聞かせ。 自分は母よりもずっと早い時間にタイムカードを押す。
今夜はどうか痛みませんように。そればかり祈っている。
年末年始の寒さがうそのように穏やかな晴天。
お正月気分もすっかりと遠のき。 そろそろ動き出す時が来たことを感じる。
午前中にまずは食料品の買出しなど。 スーパーに行けば人の少なさにはっとする。 今日が仕事始めの人も多いことだろう。 もう平日の朝なのだと思い知ったことだった。
私も明日が仕事始め。 行かなければと思うと憂鬱になってしまうから。 気分を入れ替えるように「行こう」と思っている。
仕事ばかりではない。最近は何事につけて。 やらなければしなければがあまりにも多すぎる気がする。 そのたびに億劫になり憂鬱になってしまうのだった。
やろう!という意欲。いったいどこにいってしまったのだろうか。
年のせいかなと思うけれど。世間には意欲的な老人もたくさんいて。 私なんかまだまだ若いじゃないかと笑い飛ばしてくれる人もいてくれる。
何事も気の持ちようなのだろう。わかってはいるけれど。 思うようにいかないきもち。思うように湧かない意欲だった。
やってやれないことはない。やろう!ともっと思えるようになりたい。
無理だとあきらめずに少しずつ頑張っていきたいものだ。
そうでなければいつしか自分を見失ってしまいそうでこわい。
明けて三日。寒さも和らぎほっと一息つく。
例年ならば初詣などに出掛けてみるのだけれど。 今年はどうにも動き出せないままもう三日になってしまった。
元旦には子供達も帰って来てくれてにぎやかに過ごした。 その後は火が消えたように静かになってずっと寝正月をしている。
だらだらとしたきぶんにも我ながら嫌気がさしてきて。 今日は彼が喫茶店に行くというので一緒に連れて行ってもらった。
いとこが経営している喫茶店。彼は常連さんだけれど。 私は開店以来ほとんど行った事がなかった。
「まあめずらしいこと!」と歓迎してもらって笑顔になる。 すると他のいとこ達もぞろぞろとやって来てそれはにぎやか。 まるで親戚の新年会のようになっておしゃべりの花が咲いた。
気がつくと私はわたしではないかのように声がはずんでいる。 あまりにもよくしゃべるので彼も不思議がっているようだった。
そろそろ帰ろうかと促された時もわたしはしゃべり続けていた。 自分でも首をかしげたくなるほどの可笑しなひと時を過ごす。
ひと恋しかったとでもいうべきだろうか。
ときどきはこんな時があってもいいだろうとおもったことだった。
そうして帰宅するとあたりまえのように花がしぼんだようになる。
枯らしてしまうにはあまりにもさびしく。
またきっと咲けるようにと水をやり続けようとおもう。
あたらしい年。あたらしいこころで。 と思ってはいるのだけれど。 一歩踏み出したという実感もなくて。 明けて二日の今日となった。
大晦日から雪が降り続きまるで北国のよう。 元旦もまぶしいほどの銀世界がひろがって。 その純白に新鮮な気持ちを描きたくなった。
はじまったのだなとおもう。
ここからいくのだなとおもう。
あしあとをつけながら歩んでいきたかった。
そんな雪もきょうはとけていく。 なんだかさびしくなってしまって。
待って。と空にさけびたいきもちになった。
けれどもすすむすすむ。
おきざりにされたようなこころを抱きしめる。
これでいいのかもしれない。
そうしてすべてがはじまろうとしているのだから。
今にも雪にかわりそうな雨。 ときどきは陽も射しながら小粒の雨が冷たく落ちる。
このいちねんをふりかえる。 織りつづけてきた布をそっとひざにのせるように。 ちぐはぐなところすこしゆがんでいるところ。 そのどれもが愛しく思えてならなかった。
生きてきたんだなとおもう。 生かされてきたんだなとおもう。
たぐりよせればたくさんの糸に恵まれていたことを知る。
この布が私です。そういって神さまに見せてあげたい。
そうしてそれをそっとたたむ。
あたらしい年になればまたあたらしい布を織ろう。
追記:ことし最後の日記になってしまいました。 いつも読んでくださったみなさまありがとうございます。 足跡がとても嬉しかったです。とても励みになりました。 みなさまどうかよいお年をお迎えください。
仕事納め。 思いがけずに年末手当をいただく。 とても苦しい経営状態だというのに。 これでお正月をしてねと母がくれたのだった。
心苦しさもあるけれどやはり嬉しさが勝る。 正直なところ年を越せるだろうかと不安でならなかった。 ほっとした気持ちであれこれと買物をする。 あまり贅沢は出来ないけれど、なんとか新年を迎えられそうだ。
恥ずかしい話しだけれど、今年ほど家計が苦しかった年はない。 そんな日々に山里の職場でいただく日当にどれほど助けられたか。 親孝行などと言いながら、ずっと母に助けてもらっていたのだった。
その母が今日は突然の神経痛におそわれ一日中苦しんでいた。 昨日まではとても元気だっただけに心配でならなかった。 かわってあげられるものならかわってあげたい。 どうすることも出来ずただはらはらと見守るだけだった。
ついさっき電話してみたところ。 ちょっとお酒を飲んだら少し楽になってきたということ。 明日も出勤するという母にくれぐれも無理をしないように伝える。
そうしたらすぐにメールが届く。
「ありがとうございました」とひとこと。
おかあさん。それはね私がお母さんにいちばん伝えたいひとことだよ。
ありがとうね。おかあさん。
このいちねんほんとにありがとう。
そうしていっぱいがんばったおかあさん。
ほんとにおつかれさまでした。
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