あたらしい年。あたらしいこころで。 と思ってはいるのだけれど。 一歩踏み出したという実感もなくて。 明けて二日の今日となった。
大晦日から雪が降り続きまるで北国のよう。 元旦もまぶしいほどの銀世界がひろがって。 その純白に新鮮な気持ちを描きたくなった。
はじまったのだなとおもう。
ここからいくのだなとおもう。
あしあとをつけながら歩んでいきたかった。
そんな雪もきょうはとけていく。 なんだかさびしくなってしまって。
待って。と空にさけびたいきもちになった。
けれどもすすむすすむ。
おきざりにされたようなこころを抱きしめる。
これでいいのかもしれない。
そうしてすべてがはじまろうとしているのだから。
今にも雪にかわりそうな雨。 ときどきは陽も射しながら小粒の雨が冷たく落ちる。
このいちねんをふりかえる。 織りつづけてきた布をそっとひざにのせるように。 ちぐはぐなところすこしゆがんでいるところ。 そのどれもが愛しく思えてならなかった。
生きてきたんだなとおもう。 生かされてきたんだなとおもう。
たぐりよせればたくさんの糸に恵まれていたことを知る。
この布が私です。そういって神さまに見せてあげたい。
そうしてそれをそっとたたむ。
あたらしい年になればまたあたらしい布を織ろう。
追記:ことし最後の日記になってしまいました。 いつも読んでくださったみなさまありがとうございます。 足跡がとても嬉しかったです。とても励みになりました。 みなさまどうかよいお年をお迎えください。
仕事納め。 思いがけずに年末手当をいただく。 とても苦しい経営状態だというのに。 これでお正月をしてねと母がくれたのだった。
心苦しさもあるけれどやはり嬉しさが勝る。 正直なところ年を越せるだろうかと不安でならなかった。 ほっとした気持ちであれこれと買物をする。 あまり贅沢は出来ないけれど、なんとか新年を迎えられそうだ。
恥ずかしい話しだけれど、今年ほど家計が苦しかった年はない。 そんな日々に山里の職場でいただく日当にどれほど助けられたか。 親孝行などと言いながら、ずっと母に助けてもらっていたのだった。
その母が今日は突然の神経痛におそわれ一日中苦しんでいた。 昨日まではとても元気だっただけに心配でならなかった。 かわってあげられるものならかわってあげたい。 どうすることも出来ずただはらはらと見守るだけだった。
ついさっき電話してみたところ。 ちょっとお酒を飲んだら少し楽になってきたということ。 明日も出勤するという母にくれぐれも無理をしないように伝える。
そうしたらすぐにメールが届く。
「ありがとうございました」とひとこと。
おかあさん。それはね私がお母さんにいちばん伝えたいひとことだよ。
ありがとうね。おかあさん。
このいちねんほんとにありがとう。
そうしていっぱいがんばったおかあさん。
ほんとにおつかれさまでした。
| 2010年12月28日(火) |
もういくつねるとおしょうがつ |
夕方から風がとても強くなる。 ひゅるひゅるがたがたとさわがしい夜になった。
彼が消防団の夜まわりに出掛けひとりぼっちでいる。 すこし心細い。風の音がざわざわと耳につき不安になる。
気をとりなおすようにのむ焼酎。 酔ってしまえば気分も落ち着く事だろう。
山里の職場も明日が仕事納めになった。 年末の資金繰りが苦しいせいか、母が少し苛立っている。 けれども母に言わせれば、私が苛立っているからだと言う。 どっちもどっちということだろうか。 何度かぶつかっては母が私のご機嫌をとるという感じで。 まるで荒波にもまれているようなこの頃だった。
陸はまだか。島はまだかとずっと思い続けてきた。 母もきっとおなじことをかんがえているのだと思う。
職場の庭に母が育てているセンリョウをもらってきた。 ぜんぶ切っても良いよなんて母が優しく言ってくれる。 けれどもそれでは庭がとてもさびしくなってしまうから。 ちょきんちょきんと二本だけ切ってもらってきた。
帰りに菊の花を買い帰宅して床の間に活ける。 可愛らしい赤い実。ああお正月がくるのだなって思った。
もういくつねるとおしょうがつ。
ねておきてねておきてねておきてねておきよう。
初雪がふる。風にのって舞うようにそれはふる。 積もるような雪ではなくてとても儚い粉雪だった。
クリスマス。だというのに町に買物に出掛けたら。 もうお正月の鏡餅が山積みにされ売られていた。 ツリーも跡形もなく片付けられていてなんだか寂しい。 みんなみんな急いでいるようで少しとまどってしまった。
私にはあれもこれもしなくっちゃという気持ちがいまはない。 いっそ何もしなくても新年がくるのだからと思ったりもする。
そんなゆったりとしたいまの気持ちを失いたくないとおもう。
そのくせしみじみとこの一年を振り返っている。 ずいぶんと老いてしまったなどとマイナス感情はさておき。 どうにかこうにかなにごともなるようになったんだなとおもう。
いろんな苦労もあったけれどそれも人生のひとこま。
苦労があったからこそ喜びをかみしめることが出来たのだもの。
今年もあとわずか。そのわずかのあいだをたのしもう。
穏やかな小春日和にほっとする。 ずっとこんな日が続けばどんなにか良いだろうか。
お昼に友人と待ち合わせをして郊外のお店へ。 眼前に四万十川が流れるお気に入りの場所だった。
きらきらと光る川面を眺めながらおしゃべりがすすむ。 アマチュア写真家でもある彼女の写真も見せてもらった。 夏から秋へと季節を感じる写真をたくさん見せてもらいながら。 そうして流れてしまった日々を懐かしむように思い浮かべた。
彼女の行動力。それは私にはまったくないと言ってもいい。 眩しいほどの行動力が彼女にはあった。
とにかく動かなくちゃ。動くように自分を仕向けていくこと。 会うたびに私は学ぶ。彼女のように生きたいと強く思うのだった。
けれども今年一年を一字にたとえるとしたら。 『老』なのだと彼女は言う。 私もそうだった。他に思いあたる字なんて見つかりそうにない。
それではあまりにもマイナスでしょ!と言う。 だから『旅』なのだと彼女は言った。
旅。なんて素敵な言葉なのだろう。 老いていく人生もまた旅なのかもしれないと思った。
そう思うとまだまだ旅の途中である。 行き着くところまで。いや行けるところまで行かなければいけない。
今日はほんとに会えてよかった。
ありがとうって心から彼女に伝えたい。
今日の日替わりメニューは『木漏れ日ランチ』
冬至とは思えないほどの暖かないちにちだった。
かぼちゃも食べず柚子湯にも入らず。 だいじょうぶだろうかとふっと不安になったけれど。 いまの元気をありがたくこの冬を乗り越えたいものだ。
散歩道。民家の庭先などに水仙の花を見つける。 まだ咲き始めたばかり。ちいさなつぼみもまた愛しい。 散り始めた山茶花をさびしく思っていただけに。 冬を彩ってくれる花はほんとうにありがたいものだ。
そんな道をのんびりと歩いた。 いつもは先を急ごうとするあんずも今日はのんびり。 今年も押し詰まってきたけれど急ぐことはなにもない。 ゆったりとした気持ちで新年を迎えたいとつくづく思った。
明日は友人と昼食をともにする約束をした。 おしゃべりをしながら美味しいものを食べようとおもう。
きっといい気分転換になることだろう。
いまのわたしはひとところにばかりとどまっては。
ぐるぐるぐるぐるおなじところをまわっているような気がする。
そこに扉があるのならそれを開いてみるべきだろう。
きっかけはいくらでもあるのではないのだろうか。
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