ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2011年01月02日(日) 純白

あたらしい年。あたらしいこころで。
と思ってはいるのだけれど。
一歩踏み出したという実感もなくて。
明けて二日の今日となった。


大晦日から雪が降り続きまるで北国のよう。
元旦もまぶしいほどの銀世界がひろがって。
その純白に新鮮な気持ちを描きたくなった。

はじまったのだなとおもう。

ここからいくのだなとおもう。

あしあとをつけながら歩んでいきたかった。


そんな雪もきょうはとけていく。
なんだかさびしくなってしまって。

待って。と空にさけびたいきもちになった。

けれどもすすむすすむ。

おきざりにされたようなこころを抱きしめる。


これでいいのかもしれない。

そうしてすべてがはじまろうとしているのだから。




2010年12月30日(木) たくさんの糸

今にも雪にかわりそうな雨。
ときどきは陽も射しながら小粒の雨が冷たく落ちる。


このいちねんをふりかえる。
織りつづけてきた布をそっとひざにのせるように。
ちぐはぐなところすこしゆがんでいるところ。
そのどれもが愛しく思えてならなかった。

生きてきたんだなとおもう。
生かされてきたんだなとおもう。

たぐりよせればたくさんの糸に恵まれていたことを知る。

この布が私です。そういって神さまに見せてあげたい。

そうしてそれをそっとたたむ。

あたらしい年になればまたあたらしい布を織ろう。




追記:ことし最後の日記になってしまいました。
   いつも読んでくださったみなさまありがとうございます。
   足跡がとても嬉しかったです。とても励みになりました。
   みなさまどうかよいお年をお迎えください。



2010年12月29日(水) ありがとう

仕事納め。
思いがけずに年末手当をいただく。
とても苦しい経営状態だというのに。
これでお正月をしてねと母がくれたのだった。

心苦しさもあるけれどやはり嬉しさが勝る。
正直なところ年を越せるだろうかと不安でならなかった。
ほっとした気持ちであれこれと買物をする。
あまり贅沢は出来ないけれど、なんとか新年を迎えられそうだ。

恥ずかしい話しだけれど、今年ほど家計が苦しかった年はない。
そんな日々に山里の職場でいただく日当にどれほど助けられたか。
親孝行などと言いながら、ずっと母に助けてもらっていたのだった。

その母が今日は突然の神経痛におそわれ一日中苦しんでいた。
昨日まではとても元気だっただけに心配でならなかった。
かわってあげられるものならかわってあげたい。
どうすることも出来ずただはらはらと見守るだけだった。

ついさっき電話してみたところ。
ちょっとお酒を飲んだら少し楽になってきたということ。
明日も出勤するという母にくれぐれも無理をしないように伝える。

そうしたらすぐにメールが届く。

「ありがとうございました」とひとこと。

おかあさん。それはね私がお母さんにいちばん伝えたいひとことだよ。

ありがとうね。おかあさん。

このいちねんほんとにありがとう。

そうしていっぱいがんばったおかあさん。

ほんとにおつかれさまでした。



2010年12月28日(火) もういくつねるとおしょうがつ

夕方から風がとても強くなる。
ひゅるひゅるがたがたとさわがしい夜になった。

彼が消防団の夜まわりに出掛けひとりぼっちでいる。
すこし心細い。風の音がざわざわと耳につき不安になる。

気をとりなおすようにのむ焼酎。
酔ってしまえば気分も落ち着く事だろう。



山里の職場も明日が仕事納めになった。
年末の資金繰りが苦しいせいか、母が少し苛立っている。
けれども母に言わせれば、私が苛立っているからだと言う。
どっちもどっちということだろうか。
何度かぶつかっては母が私のご機嫌をとるという感じで。
まるで荒波にもまれているようなこの頃だった。

陸はまだか。島はまだかとずっと思い続けてきた。
母もきっとおなじことをかんがえているのだと思う。


職場の庭に母が育てているセンリョウをもらってきた。
ぜんぶ切っても良いよなんて母が優しく言ってくれる。
けれどもそれでは庭がとてもさびしくなってしまうから。
ちょきんちょきんと二本だけ切ってもらってきた。

帰りに菊の花を買い帰宅して床の間に活ける。
可愛らしい赤い実。ああお正月がくるのだなって思った。

もういくつねるとおしょうがつ。

ねておきてねておきてねておきてねておきよう。



2010年12月25日(土) 初雪

初雪がふる。風にのって舞うようにそれはふる。
積もるような雪ではなくてとても儚い粉雪だった。

クリスマス。だというのに町に買物に出掛けたら。
もうお正月の鏡餅が山積みにされ売られていた。
ツリーも跡形もなく片付けられていてなんだか寂しい。
みんなみんな急いでいるようで少しとまどってしまった。

私にはあれもこれもしなくっちゃという気持ちがいまはない。
いっそ何もしなくても新年がくるのだからと思ったりもする。

そんなゆったりとしたいまの気持ちを失いたくないとおもう。


そのくせしみじみとこの一年を振り返っている。
ずいぶんと老いてしまったなどとマイナス感情はさておき。
どうにかこうにかなにごともなるようになったんだなとおもう。

いろんな苦労もあったけれどそれも人生のひとこま。

苦労があったからこそ喜びをかみしめることが出来たのだもの。


今年もあとわずか。そのわずかのあいだをたのしもう。



2010年12月23日(木) 木漏れ日ランチ

穏やかな小春日和にほっとする。
ずっとこんな日が続けばどんなにか良いだろうか。


お昼に友人と待ち合わせをして郊外のお店へ。
眼前に四万十川が流れるお気に入りの場所だった。

きらきらと光る川面を眺めながらおしゃべりがすすむ。
アマチュア写真家でもある彼女の写真も見せてもらった。
夏から秋へと季節を感じる写真をたくさん見せてもらいながら。
そうして流れてしまった日々を懐かしむように思い浮かべた。

彼女の行動力。それは私にはまったくないと言ってもいい。
眩しいほどの行動力が彼女にはあった。

とにかく動かなくちゃ。動くように自分を仕向けていくこと。
会うたびに私は学ぶ。彼女のように生きたいと強く思うのだった。

けれども今年一年を一字にたとえるとしたら。
『老』なのだと彼女は言う。
私もそうだった。他に思いあたる字なんて見つかりそうにない。

それではあまりにもマイナスでしょ!と言う。
だから『旅』なのだと彼女は言った。

旅。なんて素敵な言葉なのだろう。
老いていく人生もまた旅なのかもしれないと思った。

そう思うとまだまだ旅の途中である。
行き着くところまで。いや行けるところまで行かなければいけない。


今日はほんとに会えてよかった。

ありがとうって心から彼女に伝えたい。



今日の日替わりメニューは『木漏れ日ランチ』





2010年12月22日(水) 気分転換

冬至とは思えないほどの暖かないちにちだった。

かぼちゃも食べず柚子湯にも入らず。
だいじょうぶだろうかとふっと不安になったけれど。
いまの元気をありがたくこの冬を乗り越えたいものだ。


散歩道。民家の庭先などに水仙の花を見つける。
まだ咲き始めたばかり。ちいさなつぼみもまた愛しい。
散り始めた山茶花をさびしく思っていただけに。
冬を彩ってくれる花はほんとうにありがたいものだ。

そんな道をのんびりと歩いた。
いつもは先を急ごうとするあんずも今日はのんびり。
今年も押し詰まってきたけれど急ぐことはなにもない。
ゆったりとした気持ちで新年を迎えたいとつくづく思った。


明日は友人と昼食をともにする約束をした。
おしゃべりをしながら美味しいものを食べようとおもう。

きっといい気分転換になることだろう。


いまのわたしはひとところにばかりとどまっては。

ぐるぐるぐるぐるおなじところをまわっているような気がする。

そこに扉があるのならそれを開いてみるべきだろう。

きっかけはいくらでもあるのではないのだろうか。


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