おでんをたくさん作った。 お昼から煮込んでおいたのでとても美味しい。 熱々のをはふはふしながらふたりで頬張る。 ふたりきりになっても作る量は変わらない。 明日も明後日もおでんだなと彼が笑っていた。
11月6日。亡き父の誕生日。 生きていればもう81歳になるのか。 死んでしまっても誕生日は毎年来てくれる。 そのたびに父の歳を数えていることだろう。
生前の父に最後に会ったのもこの日だった。 娘として何もしてあげることも出来ず。 反対におこずかいを貰って喜んでいた私。 せめて冬着の一枚でも届けてあげればよかった。 それはずっとずっと悔やまれてならないことになる。
ちいさな仏壇に父の遺影。朝に晩に手を合わせている。
お誕生日おめでとう。今朝はそう語りかけて微笑んだ。
朝の肌寒さに今年初めてストーブを焚く。 ほんわかと暖かくなった台所でお味噌汁。 卵焼きのにおい。朝の家事も好きだなと思う。
サチコの彼。お婿さんと言うべきだろうか。 義理の息子と言うのがいちばん良いかもしれない。 今日は26歳の誕生日だった。
一日早く昨夜みんなでお祝いをした。 五人で焼肉。ビールもたくさん飲んだ。 家族がこうして揃うのは八月以来の事で。 嬉しくってたまらない父と母だった。
サチコ達ももうすぐ一年になる。 月日の流れるのはほんとうに早いものだ。 少しふっくらとしたサチコ。 家事と仕事の両立でやつれはしないかと。 心配性の母はずっと気掛かりでならなかったけれど。
ふたりチカラを合わせてがんばっているようす。 ふたりの笑顔がどんなにか嬉しかったことだろう。
息子君は早くも元旦の段取りをしたがって。 美味いもんを食おうぜとみんなの意見を聞いている。
今度みんなが揃う時はもう新しい年になっているのか。 またあらあらというまに日々が過ぎていくことだろう。
離ればなれに暮らしていてもみんな家族。
あったかくて優しくて尊い家族なのだった。
久しぶりにすっきりとよく晴れた。 風が強く肌寒かったけれど陽射しにほっとする。
朝の峠道ではツワ蕗の花が咲き始めた。 ちいさな向日葵のようなその花がとても好きだ。 山道には枯れ葉がいかにも初冬を思わすように。 からころといそがしく風に舞っているのだけれど。 山肌に咲くその花がほんのりとあたためてくれるのだった。
今日からもう11月。秋を押しやるように冬がやってくるのか。
なんども同じことを言うけれどとてもとても急いでいるように思う。
少しばかり焦っているのかもしれない。 そうして老いていくことがせつなくてならないのだった。
いちにちいちにちをたいせつに。
悔いのないように生きたいとおもう。
けれどもそのいちにちのなんとあっけないことだろうか。
不安でたまらなかった台風。 無事に土佐沖を通過してとてもほっとしている。 今夜は関東に最接近とのこと。 どうかどこにも被害がない事を祈るばかり。
幸いな事に雨も降らず平穏な一日だった。 朝のうちに畑の様子を見に行く。 大根はもう少しで間引くことが出来そうだ。 ほうれん草はまだ5センチ程でか細い。 雑草を引き肥料をまいて帰って来た。
気温は平年並みで肌寒くはなかったけれど。 冬支度をしておこうと茶の間に炬燵を出す。 ストーブも出してもう準備は万端となった。 今年の冬はとても寒くなるということだから。 なんだか身構えるような気持ちになってしまう。
10月も明日で終わる。あらあらというまに。 今年も終わってしまうのかもしれない。
日々がとても急ぎ足で過ぎていく。
どんなにゆったりと過ごしてみても。
背中をおされているように前へ進んでいく。
ちゃんといるのだろうかわたし。
たしかめながらたしかめながらすすむしかない。
夕食時に日本酒の熱燗。
ぽかぽかほんのりと身体が温まる。
ほろ酔ったのか気分も高揚して。
お風呂では鼻歌が出てきた。
入浴後は冷たいビール。
そしてそれから焼酎のお湯割り。
いまそれも三杯目でちょっと飲みすぎ。
ふう・・とかはぁ・・とかいいながら。
これはいったいなんだろうと思いつつ。
パソコン画面にオン書きをしているのだった。
おならみたいなものだよと言ったら。
彼女はきっとまた笑ってくれるだろう。
この秋いちばんの冷え込みだと言うこと。 朝の肌寒さにストーブがほしいくらいだった。
南海上には台風が。不気味に接近している。 海苔網がほんのりと緑に染まり始めたというのに。 今それが襲って来たら大変な被害になってしまう。 不安でたまらない。どうかそうならない事を祈るばかり。
奄美の人達もどんなにか不安なことだろう。 やっと復旧作業が進み始めたというのに。 どうして今台風なのか。天を恨みたくなる。
この世には逃れられない事が多過ぎる。 ひとはいったいどれほど耐えればいいのだろうか。
仕事。今週はどうやら閑古鳥週間のようだ。 おかげで母ものんびりと過ごしていられるのだけれど。 日当を貰うのがどうにも心苦しくてならない。 大丈夫なんとかなるからと母が言ってくれるのが救いだった。
お昼前。昨日一緒に山茶花の木を見に行ったお客さんが。 いなり寿司を持って来てくれた。なんとも美味しそう。 お弁当を持参していたけれどいなり寿司もご馳走になる。 お腹がいっぱいになってとても幸せな気分だった。
売上げはあがらなくてもこうして顔を見せてくれるお客さん。 とてもありがたいことだとつくづく思う。 あれこれと親身になってくれて工場の事も気遣ってくれる。 クルマがいっぱい入庫していると良かったなあと喜んでくれる。
ひとって優しいな。ひとってこんなにもあたたかいものなのだ。
やっと青空の朝。いちだんと肌寒さが増す。 日中も風が強くまるで木枯らしのようだった。
札幌ではもう初雪が降ったらしい。 一気に冬が近づいてきたようで少しとまどう。
気温の変化に身体がとても緊張しているのがわかる。 寒さが恐いのかもしれない。冬が恐いのかもしれない。 情けない事だけれどこの頃の私はすっかり臆病者だった。
リラックスと簡単に言うけれどそれはとてもムツカシイ。 ど〜んとかまえていれば良いと言うけれそのど〜んが。 どどどになって襲って来るように感じてしまうのだった。
でもまあ・・いいか。なるようになるさと今は思っている。 焼酎のお湯割など飲んでいると少しだけ余裕が出てくるようだ。 あああ、またつまらないこと書いてなんて笑っている今だった。
そうそう、昼間ものすごく大きな山茶花の木を見に行っていた。 常連のお客さんが遊びに来てくれていてその木の話になったのだ。 ちょっと見に行ってみようとふたりでその木をさがしに行った。
ありました!大きな山茶花の木が二本ならんでそびえている。 樹齢百年は越えているらしいと言うこと。幹がとても逞しい。 まだ花は咲いていなかったけれど咲いたらどんなにか見事だろう。
すごいね。すごいねとその木を仰いだ。とても感動したひと時だった。
百年以上。もしかしたら三百年も五百年もそこに在り続けるかもしれない。 ひとの命は儚いけれどその木は永遠に生き続けることだろう。
命のパワーというか。不思議なチカラをもらったような気持ちになった。
冬が来たからと言って私は死なない。うん、何も恐れることはない。
|