やっと青空の朝。いちだんと肌寒さが増す。 日中も風が強くまるで木枯らしのようだった。
札幌ではもう初雪が降ったらしい。 一気に冬が近づいてきたようで少しとまどう。
気温の変化に身体がとても緊張しているのがわかる。 寒さが恐いのかもしれない。冬が恐いのかもしれない。 情けない事だけれどこの頃の私はすっかり臆病者だった。
リラックスと簡単に言うけれどそれはとてもムツカシイ。 ど〜んとかまえていれば良いと言うけれそのど〜んが。 どどどになって襲って来るように感じてしまうのだった。
でもまあ・・いいか。なるようになるさと今は思っている。 焼酎のお湯割など飲んでいると少しだけ余裕が出てくるようだ。 あああ、またつまらないこと書いてなんて笑っている今だった。
そうそう、昼間ものすごく大きな山茶花の木を見に行っていた。 常連のお客さんが遊びに来てくれていてその木の話になったのだ。 ちょっと見に行ってみようとふたりでその木をさがしに行った。
ありました!大きな山茶花の木が二本ならんでそびえている。 樹齢百年は越えているらしいと言うこと。幹がとても逞しい。 まだ花は咲いていなかったけれど咲いたらどんなにか見事だろう。
すごいね。すごいねとその木を仰いだ。とても感動したひと時だった。
百年以上。もしかしたら三百年も五百年もそこに在り続けるかもしれない。 ひとの命は儚いけれどその木は永遠に生き続けることだろう。
命のパワーというか。不思議なチカラをもらったような気持ちになった。
冬が来たからと言って私は死なない。うん、何も恐れることはない。
昨夜はかなりまとまった雨。 雨上がりの青空を期待していたけれど。 今日もその名残のままの空模様だった。
職場のコスモスはすっかり倒れてしまって残念。 元気なのはセイタカアワダチソウばかりだった。 嫌われものの花だけれどその鮮やかな黄色があたりを彩る。
母。少しずつ元気を取り戻している様子。 気丈な母のこと。決して弱音をはかないのだけれど。 歩くのが辛そうだったり動作も機敏にとはいかなかった。 かといって過剰に心配などするとご機嫌が悪くなってしまう。 とにかくしばらくはそっと見守るしかないだろうと思う。
笑顔でいてくれる母が何よりも嬉しい。 おかげで今日も穏やかに過ごすことが出来た。
帰宅して小雨がぽつりぽつりと落ちていたけれど。 歩きたくてならなくていつもの散歩道を行く。
濁っているかなと思っていた川の水が思いがけずに澄んでいた。
さらさらさらと音がする。それはとてもゆるやかな流れだった。
今日も曇り日。肌寒くておひさまを恋しく思う。 猛暑だった夏の日を思い起こすと。 もうこんなに季節が流れてしまったのかとつくづく感じる。
母。昨日無事に退院。 ただ少し微熱があるとのことで心配だった。 仕事は来週からにするようにと言って聞かせたけれど。 じっとしていられない性分なのだろう。 もう熱はないからと言って今日は出勤してきたのだった。
はらはらと気遣うばかり。 見るからにしんどそうで休ませてあげたくてたまらなかった。 けれども大丈夫だといって聞かない。 もう好きなようにさせてあげるしかないのだろうと思う。
私の気持ちが伝わったのだろうか。 ありがとうと母が言ってくれたのがとても嬉しかった。
言葉に出来ることはほんのいちぶ。 それでも伝わってくれることがあると救われたような気持ちになる。
元気いっぱいの母。溌剌とした母。 またすぐにそんな母に会えるようになることだろう。
私は自分に出来る精一杯のことをしてあげたい。
ありがとうって言って欲しいなんてこれっぽっちも思わずに。
そっと母を助けてあげられるような自分でありたいものだ。
雨はやんだけれど青空は見えずどんよりとした曇り日。 しっとりと湿った雀色の田んぼなどながめていると。 秋が深まったことをしみじみと感じるのだった。
母の経過はよし。もう明日にでも退院できそうだと言う。 ほっとしながらも。もっとゆっくりと休ませてあげたくなる。 日中に『寝る』ということなどまったくなかった母だもの。 うつらうつらと何も考えずに安静な時を過ごさせてあげたかった。
母のことを気遣いながらも一日は平穏に暮れていく。 今はこうしてとりとめもなく記し始めているけれど。 ついさっきまであたまの中が真っ白になっていた。 時々そんな時がある。ぼんやり病というのかもしれない。
書かなければいけないことは何もない。 いったい何を書けばいいのだろうと。 壁にぶち当たったような気分になるのだった。
そうして一年前の自分に会いに行く。 そこで娘のサチコに会ったのだった。 寝ても覚めても娘の事ばかりそんな私がいた。 2009年の10月。記しておいてよかったと心から思った。
あの時の親心。そうしてすぐにおとずれた寂しさ。 そのどうしようもない寂しさの中にぽつんといる自分。
あれからもう一年が経とうとしているのだった。 寂しさはどこにいってしまったのだろう。 サチコのいない暮らしにすっかり慣れてしまった自分がいる。
それが歩むということだろうか。 それが生きた証だとでも言うのだろうか。
気がつけばまたこうして今を記している自分。
無意味な事かもしれないけれど
いまここにいるよとさけぶようなきもち。
静かな雨が降ったりやんだり。 畑には恵みの雨になることだろう。 週末にはまた様子を見に行こうと思っている。
母のいない職場。今日は少し忙しかった。 慌しくしていながらも母の事が気になる。 午前中に終わる予定の手術が終わらず 連絡があるのをずっと待ちながら過ごしていた。
午後4時過ぎになりやっと終わった報せが入る。 簡単な手術だと聞いていたのに7時間もかかったのだ。 どんなにか不安だったことだろう。疲れたことだろう。
甘く考えていたせいもありなんだか心苦しくなった。 近ければすぐにでもとんで行ってあげられるのに。
でも経過さえ良ければ週末には退院できそうだ。 また来週から何事も無かったように一緒にいられるけれど。
ケンカなんかしている場合ではないかもしれない。 もっともっと母をいたわってあげなければと肝に命じた。
どうしようもなく老いていく母。
どんなにあっけらかんとしていても。 年には勝てない事がたくさんあるのだと思う。
私はいつまでたってもわがままな娘のままで。 反省しても戒めても母とぶつかってしまうコドモなのだった。
そんな自分は思うようには変えられないけれど。
変わりたいと思ったときから始められるかもしれない。
雨がすぐそこまでやって来ている。 かすかに水がにおう暖かな夜になった。
今日も穏やかな一日。 ただひとつ記しておきたいことは。 母がまた短期の入院をしてしまったこと。 先日の手術ですべての治療が終わったと思っていたけれど。 まだ少し悪いところがあって再度手術をすることになった。
前回と同じく簡単な手術らしく心配は要らないだろう。 例のごとくであっけらかんとしている母は。 まるで旅行に行くように出掛けて行った。
もう慣れてしまったと言えば不謹慎かもしれないけれど。 母のいない職場は静か過ぎて気が抜けたように時が流れる。
午後は特に仕事もなく、同僚に留守番を頼み早目に帰宅した。 いつもよりゆっくりと買物などしていたのだけれど。 車の中にケイタイを置きっぱなしにしていたあいだに。 母が何度も電話をしたらしい。着信に気づき慌てて電話すると。
「ケイタイはね。肌身離さず持っておきなさい!」と怒っている。 「もう用事は済んだからいい!じゃあね!」とか言って。
ちょっとむっとしたけれど可笑しくなってふふっと笑ってしまった。
母がいないと静かでいいなあなんて内心思っていたから。 そのバツに母の怒りの声が届いたような気がしたのだった。
やっぱり母はそうでなくっちゃ。退院したらまたケンカしようね。
さあ月曜日。気分を一新するような気持ちで職場に向かう。
峠道を行けばひとりふたりとお遍路さんの姿。 民家のそばを通れば柿の実が色づき始めている。
山里はひんやりとした朝の空気につつまれていて。 朝陽を待ちわびていたように草木が輝いて見える。
穏やかな一日だった。とてもほっとしながら時を過ごす。
日暮れがずいぶんと早くなった。 すっかり暗くなった路地を歩き姑さんの家に行く。 今日は義父の命日。もう28年もの歳月が流れたことになる。
初孫だった息子のことをとても可愛がってくれた義父。 家族みんなで来られなかった事を詫びつつ手を合わした。
遺影の義父は今の夫よりもほんの少し若い頃の姿だった。 「俺も親父の年まで生きれたらじゅうぶんだ」などと。 弱音をはいていた彼も。その年を越えほっとしているように見える。
最近では「おまえよりもちょっと早く逝かないとな」などと言って。 私とふたりで冗談を言いつつ笑い合っている彼だった。
けれどもそれはほんとうに心細くてさびしいことだと思う。 ともに白髪の生える年まで寄り添ってきたふたりだもの。 腰が曲がって杖を頼りに歩くようになっても一緒に生きていたいものだ。
命日を憶えていてくれたのかと姑さんは嬉しそうに微笑んでくれた。 50歳で夫に先立たれてどんなにか辛く寂しかったことだろう。
今は不自由になってしまった手足だというのに毎日畑仕事を頑張っている。
28年の歳月。それはとてつもなくながい歳月に思えるけれど。 つい昨日のように思い起こすだって出来るかけがえのない歳月だった。
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