ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年10月19日(火) ハハイカル

雨がすぐそこまでやって来ている。
かすかに水がにおう暖かな夜になった。

今日も穏やかな一日。
ただひとつ記しておきたいことは。
母がまた短期の入院をしてしまったこと。
先日の手術ですべての治療が終わったと思っていたけれど。
まだ少し悪いところがあって再度手術をすることになった。

前回と同じく簡単な手術らしく心配は要らないだろう。
例のごとくであっけらかんとしている母は。
まるで旅行に行くように出掛けて行った。

もう慣れてしまったと言えば不謹慎かもしれないけれど。
母のいない職場は静か過ぎて気が抜けたように時が流れる。

午後は特に仕事もなく、同僚に留守番を頼み早目に帰宅した。
いつもよりゆっくりと買物などしていたのだけれど。
車の中にケイタイを置きっぱなしにしていたあいだに。
母が何度も電話をしたらしい。着信に気づき慌てて電話すると。

「ケイタイはね。肌身離さず持っておきなさい!」と怒っている。
「もう用事は済んだからいい!じゃあね!」とか言って。

ちょっとむっとしたけれど可笑しくなってふふっと笑ってしまった。

母がいないと静かでいいなあなんて内心思っていたから。
そのバツに母の怒りの声が届いたような気がしたのだった。

やっぱり母はそうでなくっちゃ。退院したらまたケンカしようね。



2010年10月18日(月) 歳月

さあ月曜日。気分を一新するような気持ちで職場に向かう。

峠道を行けばひとりふたりとお遍路さんの姿。
民家のそばを通れば柿の実が色づき始めている。

山里はひんやりとした朝の空気につつまれていて。
朝陽を待ちわびていたように草木が輝いて見える。

穏やかな一日だった。とてもほっとしながら時を過ごす。



日暮れがずいぶんと早くなった。
すっかり暗くなった路地を歩き姑さんの家に行く。
今日は義父の命日。もう28年もの歳月が流れたことになる。

初孫だった息子のことをとても可愛がってくれた義父。
家族みんなで来られなかった事を詫びつつ手を合わした。

遺影の義父は今の夫よりもほんの少し若い頃の姿だった。
「俺も親父の年まで生きれたらじゅうぶんだ」などと。
弱音をはいていた彼も。その年を越えほっとしているように見える。

最近では「おまえよりもちょっと早く逝かないとな」などと言って。
私とふたりで冗談を言いつつ笑い合っている彼だった。

けれどもそれはほんとうに心細くてさびしいことだと思う。
ともに白髪の生える年まで寄り添ってきたふたりだもの。
腰が曲がって杖を頼りに歩くようになっても一緒に生きていたいものだ。


命日を憶えていてくれたのかと姑さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
50歳で夫に先立たれてどんなにか辛く寂しかったことだろう。

今は不自由になってしまった手足だというのに毎日畑仕事を頑張っている。

28年の歳月。それはとてつもなくながい歳月に思えるけれど。
つい昨日のように思い起こすだって出来るかけがえのない歳月だった。



2010年10月16日(土) しんこきゅう

朝の肌寒さがいちだんと増す。
そうして日に日に秋が深まっていくのだろう。

土手にはススキの穂に寄り添うように野菊の花が咲き。
その野菊をくすぐるように猫じゃらしの穂が揺れている。


早朝から川仕事。漁場に海苔網を張る作業だった。
夜が明けるのを待ちかねて出掛けた川船の上から。
あたりを茜色に染めながら昇る太陽を仰ぎ見た。

なんと心地よい朝だろう。とても爽やかな気分だった。

海苔網には目には見えない種がたくさん付いている。
それがゆっくりと育ちやがて緑の種が見え始めるのだった。
どうか順調に育ってくれますようにと祈りつつの作業。
希望と期待ばかりではなく一抹の不安も胸をよぎる。
水温のこと水質のこと。すべて自然に任せるしかない。


朝から身体を動かすといちにち体調も良く元気でいられる。
ずっと毎日こんな生活をしてみたいものだとつくづく思った。

うごきたいのだとても。

するとこころもうごきはじめる。

うつうつしたりくよくよしたり。

もうそんなじぶんではないよと。

こころがいっぱいしんこきゅうしている。



2010年10月13日(水) また明日ね

今夜はすき焼きにしようと材料を買っていたら
白菜のなんと高いことびっくりしてしまった。
仕方なく4分の1の小さいのをカゴに入れレジに行くと。
いつも気軽く声をかけてくれる店員さんが居てくれて。
「白菜、特売のがあったでしょ?」と言う。
「ううん、そんなのなかったよ」って言うと。
まだきっとあるからと一緒に野菜売場に行ってくれた。

ありました!半分で100円のがちゃんとありました。

良かったね〜とにこにこ微笑みながら会計をしてくれる彼女。
私は彼女のことがとても好きだった。もうずっと前から好き。

だから彼女が居てくれる限り必ず彼女のレジに並ぶ。
他のレジが空いていても彼女でないといけないのだった。

どんなに混んでいても必ず笑顔で話しかけてくれる。
その笑顔にどんなにかこころを和ませてもらったことだろう。

ある時は仕事で嫌なことがあってしょんぼりとしている自分。
ある時は体調が優れず買物も億劫なほど疲れている自分もいた。

どうしたの?今日は元気ないね。彼女にはちゃんとそれが伝わるらしい。

また明日ね!お疲れさん。そう言ってもらうと一気に元気が出てくる。

今日は一緒に白菜をさがしてくれてありがとう。
おかげで美味しいすき焼きが出来たよ。

また明日ね。今日もいちにちお仕事お疲れさまでした。



2010年10月12日(火) あああ・・・

日中の最高気温が28度。
夏の名残のような陽射しがまぶしかった。


仕事。行きたくないなと思いつつ職場に行く。
そんな時に限って些細な事で苛立ったりするもの。
気分次第なのだけれどその気分がうまく微笑んでくれない。

結局母とぶつかってしまってちょうむかつくの感じ。
なんだか子供が自棄を言っているような自分を見た。

大人気ないなと反省をする。もっと穏やかでいるべきだった。


午後から少し川仕事があったので逃げるように退散。
彼は一人でも大丈夫だと言ってくれていたのだけれど。
自分が手伝いたくてならなかった。と、言うよりも。
山里の職場がよほど嫌だったのだろうと思ったりもする。

困ったものだ。親孝行だとか綺麗ごとばかり言って。
本音はこれだもの。どうしようもない自分だと思う。

けれども穏やかでない自分はとても嫌いだった。
好きな自分でいるためには我慢もしなければと思う。

その我慢をストレスにしないように努力するべきだろう。

あああ・・なんかめんどくさいなそれも。

好きなことばかりの日々なんて決してないのだし。

嫌なことばかりの日々もまた決してないのだと思うのだけれど。



2010年10月11日(月) 平穏

月曜日がお休みだというのがとても嬉しい。
仕事が嫌なわけではないのだけれど。
ああ今日は行かなくても良いのだなと思うとほっとする。

ずっと毎日家にいられたらどんなにいいだろう。
すっかり怠け者になってしまいそうだけれど。
そんな生活にあこがれているのは事実だった。


今日はキャベツの苗を買いに行きさっそく植える。
姑さんからさずかった畑はまだまだ広くって。
手広くしようと思えばいくらでも可能なのだけれど。
ほんの家庭菜園くらいの畑でじゅうぶんに思える。
畑仕事に慣れてきたらまた増やせばいいのだから。

大根に続きほうれん草の芽も出ていた。
心配していた蟹の姿も見られずとてもほっとする。

畑にいるととてもこころが和やかになる。
すくすくと育って欲しいと願う気持ちが希望だった。
ちいさな芽がまるで我が子のように思えてくるものだ。


そうして平穏にいちにちが暮れていく。

明日はあしたの風が吹くことだろう。




2010年10月10日(日) 芽がでたよ

雨上がりの爽やかな秋晴れ

わくわくとしながら畑の様子を見に行くと。

大根の芽がたくさん出ていたよ。

うれしくってね。なんか胸がぷわんとふくらんだみたい。

ちっちゃな緑。かわいい緑。ありがとうみどり。





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