最高気温が34℃。とても暑い昼下がりだった。
サチコが久しぶりに帰って来てくれる。 ずっと会いたくてたまらなかったから。 ぎゅっと抱きしめたくなるほど嬉しかった。
先日は電話で弱音をはいてしまった母。 娘の声を聴くだけで元気になれる気がした。 心配をかけていたのだと思うと心苦しくもあり。 甘えもあった。心配して欲しかったのかもしれない。
あら、母元気そうじゃんと笑った。
うん、なんかぴんぴんしてるよねと笑った。
嫁いでからもう10ヶ月経ったのか。 あっという間に月日がながれてしまった。 寂しさもつかの間だったような気がする。
けれどもいつだって母はサチコの笑顔が恋しかったんだ。
彼岸の入り。暑さも峠を越す頃だけれど今日も真夏日。 いく夏を惜しむように鳴くツクツクボウシの声も。 夕暮れ時にはか細くてふとせつなさをおぼえるほどだ。
川仕事も三日目。不思議な事に体調がとてもよくなる。 どうやら私の身体は肉体労働に向いているらしい。 初日の不安もどこへやらすっかり自信がわいてきている。 おかげで今週中には作業が終えられそうになってきた。 彼とふたり力を合わせて明日も頑張ろうと思っている。
山里の職場はあと二日お休みをいただくことにした。 母に電話をすると「だいじょうぶだよ」と言ってくれる。 来週はまた下肢静脈瘤の手術を控えている母だった。 老人病だよと笑っているけれど、そうして老いていく。 それでも毎日頑張っている母に頭が下がる思いだった。
死ぬまでやるしかないというその言葉に胸が痛くなる。 娘としてどれほど助けてあげられることだろうか。 10年後の母を思うとほんとうに心細くてならなかった。
夕飯は久しぶりにカレーを作る。フライパンで作ってみた。 サチコが家を出てから一度も作っていなかったカレーだった。 私はラッキョウが好きでたくさんのっけて食べた。 彼も美味しいと言ってくれて喜んで食べてくれた。
ありがとうございました。いつものお大師堂で手を合わす。
よしよしとお大師様が微笑んでいるような夕暮れ時だった。
伸ばし伸ばしにしていた川仕事を始める。 養殖場に杭を打つ作業から始まり 来月になれば網を張れるようになるだろう。
弱音をはいている場合ではなかった。 気をひきしめて精一杯にやるしかない。 生活がかかっているのだもの頑張らなければ。
彼も腰痛を我慢しながら耐えている。 私が助けてあげなければ誰が助けるのだと思う。
幸い朝のうちはずいぶんと涼しく仕事もはかどる。 ふたりくたくたになってとても疲れてしまったけれど その疲れが心地よく思えた。やれば出来るんだと私も 少し自信が出て来た。ひと山もふた山も越えられそうだ。
さすがに午後はぐったりとお昼寝をする。 夕飯は野菜たっぷりのチャンポン。 うっすらと汗を流しながら食べた。 そろそろ温かいものが美味しい季節になる。 おでんもいいな。むしょうに食べたくなった。
そうして夕暮れの散歩。茜色の空を仰ぎつつ 土手の道を踏みしめるように歩いて行くのだ。
お大師堂にはいま白い萩の花が満開だった。 その枝垂れ咲く花のなんと可憐なことだろう。
薄暗くなったお堂で蝋燭を灯しお参りをした。
ずっと願いごとはしないならいだったけれど。
最近はついついお願いをしてしまうのだった。
たすけて。たすけて。たすけて。
そうつぶやいているじぶんをゆるしてあげたいとおもう。
朝晩の涼しさにくわえて日中の暑さも少しやわらいでくる。 ずいぶんとしのぎやすくなってからだもほっとしているようだ。
職場の庭にはコスモスの花が咲き始めた。 背高のっぽのその枝は猛暑と雨不足のせいだろうか みな少しうなだれて葉も枯れかけているものが多い。 けれども花が咲くとそれが息をふきかえしたように 活き活きと空に手を伸ばしているのが感動的だった。
大好きな花だ。がんばれがんばれと応援するような気持ちでいる。
やがてはたくさんの花がほこらしげに咲いてくれることだろう。 ありがとうって伝えたい。咲いてくれてありがとうって伝えたい。
ふと。うなだれているわたしにも花が咲くかもしれないと思う。
頭のうえにぽっかりとある日突然に花が咲くかもしれないな。
ふたりのこどもたちの声がむしょうにききたくなって電話する。
真は「なんぞ?」と言うので、今夜のホタルノヒカリ最終回の録画を頼む。
サチコは仕事が休みだったそうだ。アイタカッタな・・。
でも母は仕事だったからアエナカッタな・・。
最近また調子悪くてねって言うと『命の母』を飲めと言う。
母にとってはそんな薬より『サチコの花』がよく効くのであった。
ふたりにあいたい。あいたくてたまらない・・・・・。
昨夜から一気に涼しくなり今朝は肌寒いほどだった。 けれども日中はまだまだ真夏の光があふれている。
今日も赤とんぼの群れ。雲ひとつない空は高くひろく。 吸い込まれてしまいそうな青にこころがうばわれるよう。
職場のすぐ近くの畑にはニラの花がたくさん咲いている。 純白のなんとも愛らしい花だ。か細くてもすくっと立って。 そよ吹く風になびくように揺れている姿がなんともいえない。
そのニラの花を少しだけいただき子供のように嬉しかった。 さっそく事務所の花瓶に活けてみたら心がほっと和んでくる。
たかが野菜とあなどってはいけない。ニラだってニンニクだって。 じゃが芋の花もトマトや茄子やかぼちゃの花も私は好きだなと思う。
それが実になり種になる。すばらしいことではないかと思うのだ。
ひとは思うように花にはなれなくて咲けないままの人生もあるけれど。 あたたかいきもちや優しいきもちになった時目には見えない花が咲く。
それがやがて実になり種になるのではないかとわたしは信じている。
さげすまないでじぶんをきらいにならないでそんな花になりたいものだ。
夕暮れ近く。庭先で聞きなれない鳥の声がした。 あれはモズだ。秋になったんだなあと彼が言う。
昼間の暑さを思うとその何気ない一言が嬉しかった。 秋はさびしいけれど秋はせつないけれど。 心のどこかでちいさな秋を待ちわびているのかもしれない。
茜色の空を見上げながらいつもの散歩に出掛ける。 刷毛で描いたような茜雲も秋を知らせてくれている。
かと思えばツクツクボウシが声を限りに鳴いている。 あふれんばかりの夏に秋がそそぎこんでいるようだった。
てくてくと歩きながらじぶんのことをかんがえる。 体調は少しずつ楽になっているようでほっとしている。 まだ歩けるんだ。ずっと歩けるんだと自信がわいてくる。
ようは気の持ちようなのだ。勇気を出して歩み続けることだ。
秋がくれば冬がくる。冬になれば春を待ちわびることだろう。
そうして歳を重ねていくことに誇りを持てる生き方をしたい。
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