厳しい残暑。9月とは思えないほどの猛暑日となる。
そろそろ川仕事の準備を始めなければいけないのだけれど、 先日の彼のこともありもうしばらく様子を見ることにした。 来週末頃になれば少しは暑さもやわらぐことだろう。
おかげでいただいた安息日。ふたりごろごろと怠惰に過ごす。 時間がゆっくりと過ぎていく。それは無意味な時なのかもしれない。 けれどもまったりと寛いでいる身体が喜んでいるようにも思える。
ありあわせの夕食を食べながら、10年後20年後を語り合う。 それはまさしく老後のことだった。ふたりとも元気でいるかしら。 私の更年期障害。彼の腰痛。いったいどんなふたりになっているのだろう。
先のことだよと彼は言う。先のことなんてなにもわからないのだ。 それよりも今を大切に日々を精一杯に乗り越えていかなければいけない。
夕風を待ちかねていつもの散歩に出掛ける。 今はこんなに元気なあんずもやがては弱ってしまう事だろう。 せつなさが込み上げてくる。そのせつなさが風に吹かれているのだった。
茜色の夕焼けは秋の気配がする。落ちていく夕陽がとても急いでいる。 か細い三日月が見え始め一番星がきらりと光り始めた空だった。
きょうがおわる。きょうも生きた。それ以外に何を思うことがあろうか。
昼間。仕事の手を休めて裏庭に出てみると。 それはそれはたくさんの赤とんぼが飛んでいた。
陽射しはまだ夏のままだけれど風が少しだけ爽やかになる。 赤とんぼはそんな風のなかを泳ぐように飛び交っていた。
ふとじぶんも空をとんでみたくなる。 それはじゆうにそれはきままに。 なにひとつ思いなやみもせずに。
風のいちぶになったように風になってみたかった。
仕事を終えて帰宅する。「ただいま」「おかえり」 茶の間から彼の声が聞こえるととてもほっとする。 昨日はそれがなくてどんなにか不安だったことか。
ひとりで川仕事に行っていて軽い熱中症になっていたのだ。 気分が悪く昼食も食べられないまま横になっていたと言う。 もう大丈夫だと病院にも行きたがらずそのまま夜になった。 大好きなビールも欲しがらず心配でならなかったけれど。 今朝は食欲も戻りほっとして私も仕事に出掛けられたのだ。
職場に向かいながら思った。自分の体調なんてどうでもいい。 彼が元気でいてくれるのが何よりも嬉しいことなのだと。
そう思っただけで不調が少しだけやわらいだように思う。
弱気になってはいけない。じぶんは元気なのだと信じよう。
おじいちゃんの命日。一周忌だった。
今年の夏ほど祖父のことを思い出したことはない。 子供の頃の夏休みをずっと祖父の家で過ごしたからだろう。
川遊びに連れて行ってくれたこと。 畑でとれた大きなスイカを食べたこと。 山羊のミルクを飲ませてくれたこと。 鶏小屋からとってきたばかりの卵は新鮮で。 わたしは卵かけご飯が大好きだったことを思い出す。
祖父がいて祖母がいた。遠い遠い夏の日のことだった。
祖母が亡くなり祖父は老人ホームでどんなにか孤独だったことか。 もっと会いに行ってあげればよかったとずっと後悔している。
最後に会ったのは一昨年の秋の彼岸の頃だった。 祖母のお墓参りに行く私達を不自由な足で見送ってくれた。 老人ホームのエレベーターの扉が閉まろうとするその一瞬。 祖父は手をあげてにっこりと微笑んでくれた。 それは嬉しさと寂しさがまざりあったような笑顔だった。
その笑顔が昨日のことのようにはっきりと目に浮かぶ。
おじいちゃん。いまはさびしくないですか? おばあちゃんとふたりえがおですごしていますか?
近いうちにきっとお墓参りに行くね。
「おお、よう来たのぅ」って子供の時みたいに喜んで迎えてね。
台風の影響なのか時折りどしゃ降りの雨。 青空は見え隠れして不安定な空模様だった。
じぶんも体調が不安定なまま仕事に出掛ける。 弱気になってはいけないと言い聞かしてみるけれど。 ふっと不安がおそってくる。タオレルノジャナイカ。
でも倒れたりはしなかった。わたしはだいじょうぶなのだ。
70歳を過ぎた母が頑張っている。 「しんどいねえ」と言いながら私を励ましてくれる。 今日ほど母の優しさが身に沁みたことはなかった。
弱音を吐いてもいい。けれども弱いひとになってはいけないのだ。
病は気から。私は更年期障害で自律神経をやられているらしい。 それがいったいなんだっていうのだろう。
そんなものに負けてどうする。なんとしても乗り越えてやろう!!
夏バテなのかもしれない。 週末になると一気に疲れがおそってくる。
だいじょうぶだいじょうぶと自分を宥めるように過ごすばかり。 無理をしないこと。とにかく怠け者になってしまうのがいちばんに思う。
早朝の涼しさもつかの間。すぐに暑さがやってくる。 まだまだ夏は終わらない。今年の夏は特別の猛暑のようだ。
午後。彼が茶の間をエアコンで冷やしてくれて快適なり。 ソファーに横になったまま夕方までうたた寝をしていた。
買物にも行けず晩ご飯は茄子と生姜を甘辛く炒めたもの。 質素な夕食だというのに文句ひとつ言わない彼がありがたかった。
気だるさを引きずったまま夕暮れの散歩に出掛ける。 夕風が心地よい。しんこきゅうをいっぱいする。
颯爽と歩けない。足に鉛が付いているように重い。 それでも一歩一歩と踏みしめるように土手を歩いた。
歩きながらいろんなことをかんがえる。 どうしてじぶんはこんなに弱っているのだろうとか。 どうしてもマイナスなことばかり考えてしまうのだった。 鬱々としているじぶん。好きじゃないなとつくづく思った。
好きなじぶんになりたいけれどどうすればなれるのだろう。 無理をしなくちゃいけないのかな。もっと頑張らないといけないのかな。
なにをこれしきと立ち向かっていかないといけないのかな。
さらさらと流れる川の水をながめながら。
さらさらと流れていけないじぶんを抱きしめてあげたくなった。
風の強いいちにち。 山里にいるとそれが南風なのか東風なのかよくわからないけれど。 9月の声を聞きその残暑をやわらげるような涼しさを感じた。
穏やかに時が過ぎていく。 先日の怒鳴り声の主も今日はとてもにこやかにしていて。 わたしの緊張感も少しずつ薄れていくのだった。
そのひとのことがずっと苦手だった。 けれどももしかしたらずっと好きだったのかもしれないと思う。
笑顔が嬉しかった。それはほんとうにほっとする笑顔だった。
どんな日もある。光もあれば影もあるように日々が流れていく。
帰宅していつもの夕暮れ散歩。日暮れが随分と早くなった。 さっさと行かなくちゃと気が急いていたのかもしれない。 例のごとくであんずとまた喧嘩をしてしまった。 お大師堂に行きたくないと駄々をこねてしょうがないのだ。
私は怒る。叱るのじゃなくて本気で怒ってしまった。 リードの先を持ってムチのようにあんずを叩いてしまった。
つぶらな瞳が悲しそうに私を見つめる。 ごめんなさいと懇願するようにその目が真っ直ぐに向かってくる。
ああ、なんてことをしたのだろう。 どうしてこんなに怒っているのだろう。
お大師堂で手を合わせながら懺悔するように頭を垂れた。
薄暗くなった土手の道を夕風に吹かれながら家路に着く。
涼しいね。気持ちいいねとあんずに声をかけていると。
ふふっとあんずが笑ったような気がした。
朝の窓辺でそれは綺麗な虹をみた。 川のなかから生まれたような七色。 それがアーチを描き空にとけこんでいる。
こどものように声をあげた。 まるで夢を見ているように嬉しかったのだ。
そうしていちにちが始まる。 どうか穏やかないちにちでありますようにと。 仏壇に手を合わせ深々とあたまをさげる。
おとうちゃんも虹を見たかしら。 もしかしたらあの虹をつくったのおとうちゃん?
遺影の父が微笑んでいる。 「今日はきっといいことがあるよ」
「行ってきま〜す」と声をかける。
しゃきっとしてすくっとしてわたしは出掛ける。
|