夕陽の空に蝉がなく。さけぶように蝉がなく。
そうして月が浮かぶ空に秋の虫達がなき始める。 ちりんちりんとあれは鈴虫の声なのだろうか。 その声があたりの熱を冷ますように聴こえてくる。
とても暑いいちにちだった。 そんないちにちが平穏に暮れていくのにほっとする。
母が何事も無かったように仕事を始めた。 はらはらとしながらもそんな母を見守る。 もっと労わってあげなければいけないのではないか。 思い遣ってあげなければいけないのではないかと思うばかり。
けれども自然体がいちばんかもしれないと思いなおす。 気を遣い過ぎればそれがよけいなことになってしまいそうだった。
また口喧嘩をしたりする時もあるかもしれない。 そうしてすぐに仲直りをする母と娘でありたいものだ。
母がいない間にあたりの田んぼはすっかり稲刈りが終わっていた。 風がにおう。ほんのりと藁のにおいのする風が吹きわたる。
農家に生まれた母には懐かしいにおいかもしれない。 子供の頃を思い出したり、先に逝った父や母や姉や弟のことを。 母はどんなにか愛しく思っていることだろ。
おかあさんすこし手をやすめて風にふかれてみようよ。
わたしはひとり風に吹かれながらこころのなかで母のことを呼んだ。
母が帰って来た。 まるで5泊6日の旅行から帰って来たかのように。
クルマで迎えに行くからと言ったのだけれど、 それもどうしてもうんとは言わずとうとう列車で。
しかもアパートには帰らず職場に帰って来たのだった。
帰るなり事務所の自分のイスに腰をかけて。 ああここがいちばん好きという顔をしてみせた。
ほっとするやらはらはらするやらである。
あまり過剰に心配をし過ぎてもいけないようだ。 病人扱いなどするとたちまちご機嫌ななめになる。
とにかく母が帰って来た。
そうして何事も無かったかのようにまた日常が始まるのだろう。
今夜はぐっすりと眠って明日はゆっくりと休むように。 そう言うと素直にありがとうと応えてくれた。
今頃はビールを飲んでいるかもしれない。 明日は大好きなパチンコに行くかもしれない。
それでもいいのだ。母がそうしてくつろげるのならと思う。
相変わらず残暑の厳しい日々が続いている。
そんな数日があらあらという間に過ぎていった。 検査入院のはずだった母が急遽手術をすることになる。
高齢者にはよくある病気らしく手術も簡単だとのこと。 けれども稀にそれが失敗する事もあるのだと聞き心配になる。
あっけらかんとしていた母もほんの少し不安そうな顔になる。
駆けつけた病院で母はまるで老婆のように横たわっていた。 寝巻きの裾から垣間見る足のなんとか細いことだろう。 その足を見るのがとても怖かった。そうしてたまらなく。 それがせつなかったのだ。私の知らない母がそこにいる。
いつもはしっかりとお化粧をしている顔も別人のようで。 まともに目を見て話せないほど戸惑ってしまったのだった。
いつのまにこんなに老いてしまったのだろう。 それはどうしようもなくかなしい事実に他ならない。 これが現実なのだ。これが今の母なのだと自分に言い聞かす。
頑張り屋さんの母だった。いつも溌剌としている母だった。 けれども70歳を越えてからの仕事がどんなにか堪えていたことか。 いまさらながら母の苦労が身に沁みてきて涙がでそうになった。
手術は無事に終わる。昨夜その報せを受けとてもほっとする。 そうしてやっと母の声を聴けたのが今日のお昼前の事だった。
大丈夫よ。もうなんともないよといつもの元気そうな声。 そうしてさっそく仕事の話しになる。あれやこれやと。 私に任せてくれても良いことをもう段取りを始めるのだった。
その後も何度も電話がかかってくる。今日の着信はなんと5回。 最後には気をつけて帰ってねと私の心配までしてくれるのだった。
ほんとはもっともっと休ませてあげたい。 入院が長引いても良いから横になってのんびりと過ごさせてあげたい。
けれども母はもうすぐにでも帰って仕事をしたい様子だった。
決して弱音をはかない母。気丈過ぎるほどの母のこと。
私はこれからもそんな母のことを見守っていきたいと思う。
ほかの誰にもできない娘だからこそできることがきっとあるはずだもの。
| 2010年08月16日(月) |
いっしょうけんめいの夏 |
最高気温が36℃の猛暑日となる。 暑さにはまいってしまうけれど。 夏がいっしょうけんめい頑張っているようで。 ふっと嬉しくなってしまうのだった。
そうして日暮れ時になると熱風が一気に涼風に変わる。 その風のなんと心地よいことだろう。
夕陽を仰ぎながら土手を散歩した。 ツクツクボウシが声を限りに鳴いているのもよい。
山里の職場は今日までお盆休みだったけれど。 少し雑用があり午前中だけ仕事をする。
母が心臓の検査があり今日から検査入院。 いつも元気な母のこと大丈夫だと信じていても。 やはり気掛かりになってしまうのだった。 まさかと思う。もしやと思う。異常ない事を祈るばかり。
いつもあっけらかんとしている母だけれど。 ずっと無理をし続けてきたのかもしれない。
もっと思い遣ってやらなければとつくづくと思う。
明日から数日は事務所を任されている。 入院中の母が仕事の事を忘れていられるくらい私が頑張ろう!
また来年も帰って来てくださいね。 そう言って手をあわす燃える炎に。
西の空も燃えているように紅い夕暮れ時だった。 少しふっくらとした三日月がそんな空に浮かぶ。
おじいちゃんおばあちゃんおとうさん。
懐かしい顔が目に浮かんではすぅっと遠くなる。
このせつなさはいったいどこから来るのだろう。
そうしてまた何事もなかったように日常が戻ってくるのだった。
とりとめもなくというのが好きだ。
意味なんてなくてもいい。
たいせつなことでなくてもいい。
ぽつねんとそこにあって。
そこから始められることが好きだ。
たとえばいまこうして書き始めること。
どうしようもなくつまらないことでも。
これが日々のしるしのようになってくれる。
生きているあかしのようなものかもしれない。
しんだらおわりだ。しんだらなにも始められない。
なにもかんがえていなくてなにもおもっていなくて。
それでもふわふわっと生まれてくることばがある。
詩人なんかじゃない。ただ生きているだけのひとだ。
書かなければいけないことなんてなにひとつなかった。
とりとめもなくというのが好きだ。
それがきっと自分自身なのだとおもう。
いまじぶんをみているまっすぐにみている。
どこにも逃げないかくれもしないでいるのだった。
もういいかい。もういいよ。ほうらすぐに見つかった。
まるで梅雨の頃のような空だった。 蝉が鳴く。その声もか細くて頼りなく聴こえる。
夏の太陽はいったいどこにいってしまったのか。 雲の上にあるのよといつか母が言った言葉を思い出す。
仕事中。携帯電話が鳴った。 古くからの男友達からであったが。 なんだか出る気にならず着信音が途絶えるのをじっと待つ。
以前の私ならば懐かしさに喜んで話したことだろう。 それが今では違う。自分でもよくわからないのだけれど。 わけのわからない嫌悪感を感じてしまうのだった。
留守電にメッセージが入る。 それも聴くのが嫌になりすぐに消去してしまった。
もしかしたらお盆休みで帰省しているのかもしれない。 でも会いたいとは少しも思わなかった。
この複雑な嫌悪感はいったいなんだろう。 もう二度とかけてこなければ良いのにとさえ思う。
あれはまだ私達が30代だった頃だろうか。 中学の先輩だった彼に再会したのだった。 それはそれは懐かしかったことを記憶している。
あの頃はまだ携帯電話というものが無い時代で。 時々で良いからポケベルを鳴らしてと頼まれたのだった。
ときどき。わたしはそのトキドキが苦手なのかもしれない。 だから度々。ほぼ毎日のように鳴らしてしまったのだった。
あたりまえのことだけれどそれがモンダイになった。 私たちは決してフリンをしていたわけではなかったのだけれど。 結果的にそういうことになってしまったのだった。
平和な家庭に波風がたつ。それもおおきな波になって荒れた。
けれどもその後も私たちはそっと友達として繋がっていられた。 男だとか女だとかこれっぽっちも考えた事などなかったのだ。
そうして歳月が流れ。私たちも老いを感じる歳になる。 元気にしているか?それが口癖のように言う最初の言葉だった。
私は元気です。でもどうかそっとしておいてください。 今の彼にそう伝えることが出来たらどんなにか良いだろうか。
今の私は理解しがたい。嫌悪感を感じるなんてどうかしている。
けれどもアイタクハナイ。それを伝えるすべがなかった。
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