連日の猛暑にもめげず。 ツバメの子供たちがとても元気だ。
親鳥が餌を運んでくると一斉に鳴きだす。 ちちちちちちっとみなが口をあけて順番を待っている。 一羽二羽と数えてみたらどうやら四羽生まれているようだ。
順調に育っているようでなによりにおもう。 真夏のある日その子達が巣立つ日も近いことだろう。
昼下がりサチコがひょっこり帰ってきた。 めったにもらえない連休をもらえたのだそうで。 明日は川遊びに行くのだと水着を取りに来ていた。 カナヅチの母にはとうてい無理なことだけれど。 浮き輪につかまって川に飛び込んでみたくなった。 川遊び楽しいだろうな。水の中って気持ち良いだろうな。
つかの間だったけれどサチコのはしゃぎ声。 暑さも忘れてあれこれと語り合った午後だった。
夕方はいつもの散歩。浜木綿のお大師堂に行く。 風がなく少し歩いただけで汗だくになったけれど。 茜色の空を仰いでいるととてもほっとするのだった。
暮れていくいちにち。今日も平穏だったことがとてもありがたい。
日中の暑さがうそのように夕風が心地よい。 茜色の風だ。西の空がいま染まり暮れようとしている。
土手を幼子が駆けていく。そのはしゃぎ声を聴きながら。 窓辺にいて冷たいのをきゅきゅっと飲み始めたところだ。
ああなんて美味しいのだろう。一気に酔ってしまいそうだ。
いまは何もかんがえることがない。
ただ茜色の風にぽつねんと吹かれているだけ。
心配事がないわけでもないのだけれど。
いまはそっと静かに眠らせておけばいい。
ひとくち飲んではしんこきゅうをする。
暮れなずむ空になにかが羽ばたいていく。
どこにむかっていくのだろうか。
そこにはなにがあるのだろうか。
茜色の風が夜風にかわっていくのを。
そこにじぶんがそんざいしているということを。
たしかめるようにただただ風に吹かれるのがよい。
この夏いちばんの暑さとか。 風もなくじりじりと焦げるような暑さだった。
夕涼みをかねて出掛けた散歩も汗だくになり。 水を求める鳥のように川面をながめるばかり。
なんと静かな川の流れ。まるで湖のように思える。
お大師堂には浜木綿の花が咲き始めた。 遠くから見ると人影のようにも見えるその花は。 百合の花にも似た芳香を放っている。
立ち止まり顔をよせその香りをいっぱいにかいだ。 優しいにおいだ。なぜかなつかしくほっとするにおいだ。
しばらくは毎日この花に会えるのかと思うと。 まるで恋をしているようなきもちにさえなる。
夕焼け小焼けで日が暮れて。口ずさみながらあんずと帰る。
するとカラスが鳴くので。かわいい七つの子があるからよになった。
今日も真夏日。
エアコンの効いた事務所で仕事をしていると。 なんだか息がつまりそうになってしまって。 時々は手を休めて外の空気を吸いたくなってくる。
工場の裏手は風が吹きぬけていて思いがけず涼しかった。 いちめんの田んぼのおかげだろう。色づき始めた稲穂が。 そよそよと歌うように揺れて見ているだけで心地よくなる。
しばしのおさぼり。風に吹かれながら夏空を仰いだ。
午後。そろそろ帰宅しようと思っていたところ。 母が肩が凝って気分が悪いと言い出す。
少しでもほぐしてあげようと肩をもんであげた。 なんだか照れくさい。母の身体にふれているということ。 幼子が「おかあさん」と言って肩に抱きついた時のような。
どんなに記憶を辿ってみても母の肩をもんだ覚えがなかった。 もしかしたら生まれて初めてのことなのかもしれない。 母の背中。少し猫背でまんまるくなったちいさな背中。
わずか数分のことだったけれど母はとても喜んでいた。
いいことをしたのかな。なんだか子供のように嬉しくなる。
またもんであげるねおかあさん。照れくさくてそれは言えない。
でも私の手はほんのりと紅くなって母の背中より喜んでいるようだった。
すっかり真夏日。各地で猛暑のニュースが流れる。
海の日だという。波打ち際を裸足で駆けてみたい衝動にかられた。 けれども行けず。真っ青な夏の海のことを愛しい人のように想った。
今日はとにかく汗をかく。髪の毛もびしょ濡れになるほど汗をかく。 毎年の事だけれど梅雨明けには海苔網の洗浄作業が待っていた。 彼とふたりかわりばんこにそれをする。炎天下での作業だった。
これがけっこうおもしろい。流れる汗もとても心地よいものだった。
夏はやはり汗をかかなくては。どんなに暑くてもそれは爽快なのだ。
作業を終えてシャワーを浴びさっぱりとしたところで。 晩ご飯にちょっと辛めの麻婆豆腐を作ったのもよかった。 熱々のをはふはふしながら食べる。そうしてまた流れる汗。
夏には冷たいものもよいけれど麻婆豆腐もおすすめです。 豆板醤を多目に入れておもいっきり汗を流すのです。
でね。今日はきっと痩せていると信じて体重を量ってみたら。
あらま・・・昨日よりも増えている。なんで??
梅雨明け。空はすっかり夏空となり入道雲。 そんな空を仰ぎながらああ夏なのだなと思う。
いつからだろう。わたしは夏が好きになった。 どうしても忘れる事の出来ない夏の日がある。
あの日手を振って別れたひとは元気でいるだろうか。
もう二度とあうことはないだろう今生の別れだった。
そんな想いを胸にひめながらも日常があたりまえのように訪れる。 主婦らしく洗濯物を干す庭先には花すべりの花が咲き始めた。 ツバメは忙しく餌を運び続け犬小屋ではあんずがあくびをしている。
息子君が突然やってきて「朝御飯を食べさせて」と言ったり。 何もなくても卵かけご飯とお味噌汁でじゅうぶんだと喜んでいた。
買物に行けば店員さんが浴衣を着てレジをしていた。 店頭ではトウモロコシを焼いている香ばしいにおい。
これが夏なのだ。今年の夏なのだとおもう。
夕食後。夕涼みをかねての散歩。 どこからかどんどこどんどこ太鼓の音が聴こえてくる。 そうして盆踊りの歌が聴こえはじめてきた。
懐かしくなるような音だ。子供の頃を思い出す。
どんどこどんどこ今も太鼓の音を聴きながらこれを記す。
歳月は流れる。いくどもいくども夏がやってくる。
曇り日。梅雨らしく蒸し暑い一日だった。
ゆうがた。何気なくツバメの巣をながめていたら。 ちょうど親鳥が帰って来たところで巣を覗き込むような仕草。 その時ほんの一瞬だけれど小さなくちばしが見えたのだった。
よかった。無事に赤ちゃんが生まれたようだ。 「おとーさん!」と彼を呼びそのことを報せる。
「そうか、よかったなあ」彼の顔がほころんだ瞬間。
私達はまるでおじいちゃんとおばあちゃんみたいに。 これから育っていく子ツバメのことを見守っていくだろう。
そうして平穏に今日が暮れていく。
なんだか平和すぎてこわくなるくらいだった。
さらさらと川が流れるように一日が流れていく。
わたしはうまく身をまかせているのだろうかと。
ふと不安がってみたりもするのだった。
いいときもあればわるいときもある。
だとすればいまがいいときなのだろうか。
ありがとうございました。
きょうも手をあわせて眠りにつきたいとおもう。
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