今日も真夏日。
エアコンの効いた事務所で仕事をしていると。 なんだか息がつまりそうになってしまって。 時々は手を休めて外の空気を吸いたくなってくる。
工場の裏手は風が吹きぬけていて思いがけず涼しかった。 いちめんの田んぼのおかげだろう。色づき始めた稲穂が。 そよそよと歌うように揺れて見ているだけで心地よくなる。
しばしのおさぼり。風に吹かれながら夏空を仰いだ。
午後。そろそろ帰宅しようと思っていたところ。 母が肩が凝って気分が悪いと言い出す。
少しでもほぐしてあげようと肩をもんであげた。 なんだか照れくさい。母の身体にふれているということ。 幼子が「おかあさん」と言って肩に抱きついた時のような。
どんなに記憶を辿ってみても母の肩をもんだ覚えがなかった。 もしかしたら生まれて初めてのことなのかもしれない。 母の背中。少し猫背でまんまるくなったちいさな背中。
わずか数分のことだったけれど母はとても喜んでいた。
いいことをしたのかな。なんだか子供のように嬉しくなる。
またもんであげるねおかあさん。照れくさくてそれは言えない。
でも私の手はほんのりと紅くなって母の背中より喜んでいるようだった。
すっかり真夏日。各地で猛暑のニュースが流れる。
海の日だという。波打ち際を裸足で駆けてみたい衝動にかられた。 けれども行けず。真っ青な夏の海のことを愛しい人のように想った。
今日はとにかく汗をかく。髪の毛もびしょ濡れになるほど汗をかく。 毎年の事だけれど梅雨明けには海苔網の洗浄作業が待っていた。 彼とふたりかわりばんこにそれをする。炎天下での作業だった。
これがけっこうおもしろい。流れる汗もとても心地よいものだった。
夏はやはり汗をかかなくては。どんなに暑くてもそれは爽快なのだ。
作業を終えてシャワーを浴びさっぱりとしたところで。 晩ご飯にちょっと辛めの麻婆豆腐を作ったのもよかった。 熱々のをはふはふしながら食べる。そうしてまた流れる汗。
夏には冷たいものもよいけれど麻婆豆腐もおすすめです。 豆板醤を多目に入れておもいっきり汗を流すのです。
でね。今日はきっと痩せていると信じて体重を量ってみたら。
あらま・・・昨日よりも増えている。なんで??
梅雨明け。空はすっかり夏空となり入道雲。 そんな空を仰ぎながらああ夏なのだなと思う。
いつからだろう。わたしは夏が好きになった。 どうしても忘れる事の出来ない夏の日がある。
あの日手を振って別れたひとは元気でいるだろうか。
もう二度とあうことはないだろう今生の別れだった。
そんな想いを胸にひめながらも日常があたりまえのように訪れる。 主婦らしく洗濯物を干す庭先には花すべりの花が咲き始めた。 ツバメは忙しく餌を運び続け犬小屋ではあんずがあくびをしている。
息子君が突然やってきて「朝御飯を食べさせて」と言ったり。 何もなくても卵かけご飯とお味噌汁でじゅうぶんだと喜んでいた。
買物に行けば店員さんが浴衣を着てレジをしていた。 店頭ではトウモロコシを焼いている香ばしいにおい。
これが夏なのだ。今年の夏なのだとおもう。
夕食後。夕涼みをかねての散歩。 どこからかどんどこどんどこ太鼓の音が聴こえてくる。 そうして盆踊りの歌が聴こえはじめてきた。
懐かしくなるような音だ。子供の頃を思い出す。
どんどこどんどこ今も太鼓の音を聴きながらこれを記す。
歳月は流れる。いくどもいくども夏がやってくる。
曇り日。梅雨らしく蒸し暑い一日だった。
ゆうがた。何気なくツバメの巣をながめていたら。 ちょうど親鳥が帰って来たところで巣を覗き込むような仕草。 その時ほんの一瞬だけれど小さなくちばしが見えたのだった。
よかった。無事に赤ちゃんが生まれたようだ。 「おとーさん!」と彼を呼びそのことを報せる。
「そうか、よかったなあ」彼の顔がほころんだ瞬間。
私達はまるでおじいちゃんとおばあちゃんみたいに。 これから育っていく子ツバメのことを見守っていくだろう。
そうして平穏に今日が暮れていく。
なんだか平和すぎてこわくなるくらいだった。
さらさらと川が流れるように一日が流れていく。
わたしはうまく身をまかせているのだろうかと。
ふと不安がってみたりもするのだった。
いいときもあればわるいときもある。
だとすればいまがいいときなのだろうか。
ありがとうございました。
きょうも手をあわせて眠りにつきたいとおもう。
今日は弟の誕生日。
毎年お中元をかねてビールを贈っていたけれど。 今年は「何も出来なくてごめんね」とメールをする。
「いいよ、いいよそんなの」って返事が来ると思っていた。 なのにあいつったら何も言ってこないのだもんなあ。
「まぶちん」幼い頃から弟のことをそう呼んでいた。
池に落ちて死にかけたまぶちん。
川に落ちて死にかけたまぶちん。
交通事故で死にかけたまぶちん。
どんな時も彼は不死身のまぶちんだった。
だからきっと長生きをするのだと信じている。
いまはちょっとメタボのまぶちん。
タクシー運転手をしているまぶちん。
いっぱい苦労を重ねてきたまぶちん。
めったに会えないけれどいつも応援しているよ。
たったふたりきりのきょうだいだもん。
姉ちゃんまぶちんが弟でいてくれてほんとによかったって。
いつもいつも思っているからね。
大好きなまぶちん。生まれてきてくれてありがとう!
中学時代からの親友のお誕生日。 毎年必ず電話をするからと約束していたけれど。 今年はそれが出来ないまま夜になってしまった。
元気にしているだろうか。 新しい仕事は見つかっただろうか。 あれこれと気掛かりに思うばかりで何も出来ない。
これが女友達ならもっと気軽に電話が出来るだろうに。 男友達というものは少しばかり複雑な気持ちを抱くものだ。
男だから女だからと今まで一度も考えた事がなかった。 彼もきっと私のことを親友だと呼んでくれることだろう。
けれども彼の家族はそう思ってくれないかもしれない。 そう思うととても臆病になってしまうのだった。
この歳になると年に一度の年賀状と電話だけが頼りで。 お互いの生存確認をするのが決まり事のようになってくる。
いつだったかほんの冗談のつもりで言ったことがある。 「もしも電話がなかったら私が死んだと思って」と。
電話が出来ないわけではない。電話をしなかったのだ。 一日中考えてそうすることを選んだ。
きっと元気にしているね。
私も元気にしているよ。
なおちゃんお誕生日おめでとう!
これからもいっぱいいっぱい長生きをしようね。
薄っすらとした陽射し。蒸し暑さもなく過ごしやすい一日だった。
山里の職場はお休み。どっと疲れが出てきてだらだらと過ごす。 例のスーパーに勤めるようになっていたらと思うと少しぞっとする。 体力には自信がありますと言ったわりには疲れやすくなってしまった。
いつまでも若くはないということだろうか。 しんどいなと思うことが多くなるたびに老いを感じてしまう。
午前中は洗濯や掃除。食料品を買出しに行って。 午後はまた3時間もうたた寝をしてしまった。
ほんにだらしないありさま。自分で自分を許すしかないのだと思う。
夕方はいつものお散歩。土手はそよそよと風が心地よい。 あいかわらず元気なあんずに引っ張ってもらって歩いた。
川には魚釣りの老人。のんびりと川船に揺られながら釣り糸をたれる。 いっこうに釣れているようには見えなかったけれど。 なんだか微笑んでいるように見えるにこやかな老人だった。
もしかしたら朝からずっとそうしていたのかもしれない。 釣れようが釣れまいがそうしている時間が好きなんだと言わんばかりに。
いちにちを楽しむ。そんなふうに生きられたらどんなにいいだろう。
わたしのいちにちはちょっとしたがらんどうか。
それを無意味な事と言ってしまうのはたやすいけれど。
だらだらごろごろしながらリフレッシュしているようにも思う。
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