ぴちぴちちゃぷちゃぷと雨音がここちよい。 なんだか空ぜんたいがお風呂のなかみたいだ。
洗っている。流している。さっぱりとしている。
夕方ひょっこり息子君が立ち寄ってくれた。 ちょうど晩ご飯の支度をしていたところで。 お魚のすり身でコロッケをたくさん作っていて。 食べて帰ろうかなと言ってくれてすごく嬉しかった。
ついでに父親の頭を洗うのを手伝ってもらった。 まだ眼を濡らしてはいけなくて洗髪もままならず。 退院してからずっとそれは私の役目だったのだ。
介護士の息子はさすがに手際もよくて上手だった。 何よりも喜んだのは父親でそれは嬉しそうにしていた。 まさか息子に髪を洗ってもらうなんて思ってもいなかっただろう。
三人で晩ご飯。大皿にてんこ盛りだったコロッケがあっという間。 すり身のコロッケはマヨネーズと醤油が合うぞって言うので。 私も真似してみたらすごく美味しかった。5個も食べちゃった。
「おとうが酒を飲めるようになったら全快祝いをしょーな」って。 俺が全部出すから外へ焼肉でも食べに行くか!なんて言ってくれる。
するとおとうが「もったいないからおうち焼肉にしょーぜ」と言う。 なんだ!俺がおごってやるからええじゃないかと息子が言ったり。
わたしはずっと笑っていた。おとうとむすこっていいなあって。
ほのぼのとしたひと時。これがしあわせでなくてなんだろう。
雨が降るのを待っていたかのように梅雨入り。 昨日は横なぐりの雨。今日は細かな雨が降る。
やまない雨はないのだからとそんな季節を受けとめる。
雨合羽を羽織ったお遍路さんがひとりふたり。 峠道で追い越しながら山里の職場へ向かった。
あれこれと思い煩うことなくもっと気楽にと思う。 とにかく出来るかぎりのことをしてあげたかった。
ほんの少しこころに余裕が出来たのかもしれない。 ふとした時にぽろりとこぼれるようにその話をした。 職探しをしていることをやっと打ち明けられたのだ。
母はちょっと怒るかなと思った。けれどもそれはなく。 むしろ覚悟していたような口ぶりで頷いてくれたのだ。
ほっとする。それがどんなに親不孝なことだとしても。 母がそう言ってくれたのがとても心強いことに思えた。
今週もハローワークに行こう。どんな仕事でもいいから。 積極的に立ち向かっていかなければとこころに決める。
情けない話しだけれど家計は日に日に苦しくなっている。 貧しいと言ってしまえばそれまで。負けるわけにはいかない。
せめてこころはたっぷりとゆたかに。微笑むことを忘れず。
くよくよと思い悩んだりせずにど〜んと乗り越えていこう!
晴れのちくもり。午後に吹く風は雨を匂わす。
降りださないうちにと早目に散歩に出掛けた。 つい先日のこと除草作業を終えたばかりの土手に。 もう若い緑が目立ち始める。雑草ってすごいな。 どんなに刈られても機械で踏み荒らされたって。
へっちゃらだいって言っているようにとても元気。
そんなふうに生きられたらどんなにいいだろうか。 くじけずにめげないでちからづよくすくっと伸びて。
わたしのあたまのなかはいろんなことでいっぱい。 それがぐるぐるしたりざわざわしたりするばかり。
なんだか疲れちゃったなあってふとおもう時もある。 そういうのみんなぽいぽいっと放り投げてしまいたい。
痛いの痛いのとんでいけ〜って大声で叫ぶみたいに。
けれどもこれもあたえられた試練のようなものかも。 だとするとなんとしても乗り越えなければとおもう。
わたしは雑草。生まればかりの雑草。
生きてさえいれば。きっといいことがあるから。
すっかり夏。蒸し暑さに汗が流れる。
今日は息子くんの誕生日だった。 せめて晩ご飯でも一緒にと思って。 連絡してみたけれど来られないと言う。
誕生日なんてもういいよなんて言うから。 母はちょっとしょんぼりとさびしかった。
いくつになってもお祝いしてあげたいものだ。
すっかり古くなった母子手帳を出して見てみる。 午前2時57分に生まれている。3650グラムだ。
そうそう確か前夜に陣痛が始まって病院へ行ったっけ。 あの時の痛みをかすかに思い出す。そうして生まれた。 へその緒が身体に巻きついて真っ青になっていたから。 抱くことも出来ずすぐに保育器に入れられてしまった。
ちいさな命。いっしょうけんめい生きようとしている命。 不安と希望と。どうか助かりますようにと祈り続けていた。
あれからもう31年。ながいようであっという間に思える。 初めての育児は無我夢中で。育てるというより育ててもらった。 母親になったのではない。母親にしてもらったのだと思っている。
おにいちゃん。おたんじょうびおめでとう。
母ね。ほんとは今夜電話したかったのだけれど。
うっとうしいなあっておこられそうで我慢している。
心配性でおせっかいの母だけれど。これからも「おかあ」って。
呼んでね。ずっとずっと呼んでね。
六月になりはじめての山里だった。
稲の緑がずいぶんと伸びていておどろく。 あぜ道には紫陽花がそれは綺麗に咲いて。
のどかな風景に救われるようにほっとする。
私はこの山里のことがとても好きだった。 それが気の重さを少しでも楽にしてくれるのだ。
たまった仕事を片っ端からやっつけながら。 今日こそは母にちゃんと話そうと思っていた。 けれども言えない。今日もやはり駄目だった。
勘の鋭い母のこと。薄々は察しているかもしれず。 いっそ仕事が見つかってから話そうかともおもう。
肝心の仕事はまだ見つからず。昨日もハローワーク。 気が急いているせいか焦る気持ちばかりつのって来る。
この先いったいどうすればいいのだろう。 ほんとうになるようになってくれるのだろうか。
いやいや。そんな弱気ではいけないなといま思った。 もっとおおらかにゆったりとかまえていなければ。
うまくいくこともいかなくなってしまうかもしれない。
金曜日にまた来るね。そう言って山里の職場をあとにする。 「お疲れさん、ありがとうね」母の言葉が胸に沁みてくる。
わたしはあしたもうごく。やれるだけのことをしてみる。
けっかをかんがえていたらなにもできないのだもの。
いいことがきっとある。すすめすすめまえへすすめ。
小粒の雨が降ったりやんだり。 そろそろ梅雨入りになるかもしれない。
始発列車に乗り彼を迎えに行く。 わずか数日の入院だったけれど。 やはり家が恋しくてならなかったようだ。 嬉しそうにしている彼はまるで子供のよう。
帰り道は高速道路を避けて海沿いの道をゆっくり。 私の運転はおぼつかなく結局彼に運転してもらう。
空を映した海は真っ青ではなかったけれど。 久しぶりの潮の匂いが胸に心地よく沁みた。
茶の間からテレビの音。彼の頭がちょこんと見える。 またいつもと変わらない日常がかえってきたのだと。 胸がほっこりとあたたかくなった夕暮れ時だった。
私はふと明日のことを考えている。 ひと山越えることが出来たのだから。 また歩き出さなくてはいけないなどと。
とにかく職探しを再開しなくてはならない。 その前に山里の職場に顔を出すべきだろうか。
あれこれ考えているとなんだか疲れてしまって。
あしたはあしたの風にまかせようとやっと思った。
ほっこりを消さないようにほっこりをあたためて。
あしたも笑顔のいちにちでありますように。
早朝。あんずと一緒に土手を散歩。 「あれ?お父さんは?」そんな顔。 その時の首をかしげた姿がゆかい。
朝の風のなんとさわやかなことか。 朝陽とともに青空がきらりと光る。
午前中に彼と連絡をとる。 診察があり経過は順調とのこと。 眼帯も外せて眼鏡もかけられたそうだ。 よかった。とてもとてもほっとしている。 予定通り月曜日には退院出来そうだった。
ひとりぼっちはやはりさびしい。 ひとりごとばかりつぶやいている。 これもあっという間の出来事なのか。
夕方。またあんずと散歩に出掛ける。 今日は土手の除草作業で賑やかだったけれど。 すっかりまるはだかになっていておどろく。
青々と繁っていた夏草も。白い綿毛のチガヤも。 姫女苑の可愛い花さえもすべて跡形もなかった。
毎年の事だけれど。なんともいえないさびしさ。 きれいさっぱりと思えばまたこれもよしかもしれず。 すっかり雀色になってしまった土手をながめていた。
いつまでもそれはない。けれどもまたそれはうまれる。
また真夏になれば若い緑が匂うようにあふれることだろう。
|