ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年06月09日(水) ふぁいと!

六月になりはじめての山里だった。

稲の緑がずいぶんと伸びていておどろく。
あぜ道には紫陽花がそれは綺麗に咲いて。

のどかな風景に救われるようにほっとする。

私はこの山里のことがとても好きだった。
それが気の重さを少しでも楽にしてくれるのだ。


たまった仕事を片っ端からやっつけながら。
今日こそは母にちゃんと話そうと思っていた。
けれども言えない。今日もやはり駄目だった。

勘の鋭い母のこと。薄々は察しているかもしれず。
いっそ仕事が見つかってから話そうかともおもう。

肝心の仕事はまだ見つからず。昨日もハローワーク。
気が急いているせいか焦る気持ちばかりつのって来る。

この先いったいどうすればいいのだろう。
ほんとうになるようになってくれるのだろうか。


いやいや。そんな弱気ではいけないなといま思った。
もっとおおらかにゆったりとかまえていなければ。

うまくいくこともいかなくなってしまうかもしれない。


金曜日にまた来るね。そう言って山里の職場をあとにする。
「お疲れさん、ありがとうね」母の言葉が胸に沁みてくる。

わたしはあしたもうごく。やれるだけのことをしてみる。

けっかをかんがえていたらなにもできないのだもの。

いいことがきっとある。すすめすすめまえへすすめ。



2010年06月07日(月) ほっこりと

小粒の雨が降ったりやんだり。
そろそろ梅雨入りになるかもしれない。


始発列車に乗り彼を迎えに行く。
わずか数日の入院だったけれど。
やはり家が恋しくてならなかったようだ。
嬉しそうにしている彼はまるで子供のよう。

帰り道は高速道路を避けて海沿いの道をゆっくり。
私の運転はおぼつかなく結局彼に運転してもらう。

空を映した海は真っ青ではなかったけれど。
久しぶりの潮の匂いが胸に心地よく沁みた。



茶の間からテレビの音。彼の頭がちょこんと見える。
またいつもと変わらない日常がかえってきたのだと。
胸がほっこりとあたたかくなった夕暮れ時だった。


私はふと明日のことを考えている。
ひと山越えることが出来たのだから。
また歩き出さなくてはいけないなどと。

とにかく職探しを再開しなくてはならない。
その前に山里の職場に顔を出すべきだろうか。

あれこれ考えているとなんだか疲れてしまって。

あしたはあしたの風にまかせようとやっと思った。


ほっこりを消さないようにほっこりをあたためて。

あしたも笑顔のいちにちでありますように。



2010年06月05日(土) ひとりごと

早朝。あんずと一緒に土手を散歩。
「あれ?お父さんは?」そんな顔。
その時の首をかしげた姿がゆかい。

朝の風のなんとさわやかなことか。
朝陽とともに青空がきらりと光る。



午前中に彼と連絡をとる。
診察があり経過は順調とのこと。
眼帯も外せて眼鏡もかけられたそうだ。
よかった。とてもとてもほっとしている。
予定通り月曜日には退院出来そうだった。

ひとりぼっちはやはりさびしい。
ひとりごとばかりつぶやいている。
これもあっという間の出来事なのか。



夕方。またあんずと散歩に出掛ける。
今日は土手の除草作業で賑やかだったけれど。
すっかりまるはだかになっていておどろく。

青々と繁っていた夏草も。白い綿毛のチガヤも。
姫女苑の可愛い花さえもすべて跡形もなかった。

毎年の事だけれど。なんともいえないさびしさ。
きれいさっぱりと思えばまたこれもよしかもしれず。
すっかり雀色になってしまった土手をながめていた。

いつまでもそれはない。けれどもまたそれはうまれる。

また真夏になれば若い緑が匂うようにあふれることだろう。



2010年06月04日(金) 無事

手術。無事に終わりほっとしている。

術後少し熱が出ていたけれど。
それも夕方には下がったようだ。

不便なのは眼鏡をかけられないこと。

まな板の上の鯉はピチピチとは出来ず。
かなりぐったりと弱っていたけれど。
列車の時間もあり仕方なく帰って来た。

今日はまだ痛みもあり辛そうだけれど。
明日にはもっと楽になっていると思う。
経過さえよければ月曜には退院出来そうだ。

たかが眼。されど眼だ。
手遅れになれば失明さえあり得る。
早目に手術をしてもらえてほんとうによかった。


健康がいちばんの宝もの。つくづくとそう思う。







2010年06月03日(木) ふたつのメール

久しぶりの快晴。すっかり初夏の陽気となった。


早朝より南国市にある大学病院へ出掛ける。
高速道路を利用しても2時間半くらいかかった。

いよいよだなという感じ。
彼はもうまな板の上の鯉だなと笑った。

主治医の先生から手術の説明を受けたり。
万が一の時もありますからと脅かされたり。

けれども一般的にはとても簡単な手術とのこと。
不安がることは何もないのだと気楽に構えている。


山里の母からメール。
「雲の上にはかならず青空がありますから」と。

彼と顔を見合わせ思わず笑ってしまったけれど。
母なりに心配をしてくれていることがわかって。
とてもありがたいことだと思った。

高知市内に住む弟からもメール。
「今日は休みやきなんでも言うたや!」
帰りは列車のつもりだったのでそれも助かる。
病院から駅まで私を運んでくれるのだと言う。

けれども結局はタクシーに乗ってしまった。
その車中で弟から電話があったのだけれど。

もっと甘えても良かったのかなと後から悔やんだ。

そういうところが不器用なのだ。意地っ張りというか。

母も弟も。とても心強い存在だった。ありがとうね。


明日は朝いちばんの手術に決まった。
始発列車に乗ればなんとか間に合いそうだ。

まな板の上の鯉は今頃何を思っていることだろう。

雲の上にはかならず青空があるか・・・

母上さま。それってほんとにすばらしい言葉だよ!



2010年06月01日(火) 雨音

いちにちじゅう雨音を聴きながらすごす。
時にはどしゃ降り。その激しさも心地よい。


彼の入院を明後日に控えなんだかざわざわと。
こころが落ち着かなくてそわそわとしていた。
大病でもなくほんの数日のことなのだけれど。
目前に迫ってくるとやはり心細くなってくる。

ずっとあっけらかんとしていた彼も同じなのか。
早く終わって欲しいよなあと呟くようになった。

とにかく行ってみないとわからないのだけれど。
きっとあっという間の出来事になることだろう。




雨は降りやまずお散歩も行けなかった。
あんずも犬小屋に閉じこもったきりで。
晩ご飯の時も犬小屋から顔だけ出して。
とてもめんどくさそうにフードを食べる。
その顔が愉快。ちょっと飼い主に似ている。


雨音はとてもリズミカルにその歌を奏でる。

まちがえてはいけないたいせつなうたのように。

そのうたをおぼえたがっているように胸がなる。

とっくんとっくんわたしの血がそこに流れている。



2010年05月29日(土) 心細さ

うす曇りの空。やわらかな陽射しにふわふわっと。
こころが吸い込まれていくようなきもちになった。

すこし気が遠くなる。たおれてしまうのではと思うほど。
なんともこころもとないものだ。ちゃんと立っているのに。

この心細さはいったいどこからやってくるのだろう。


気分転換に庭の掃除をする。犬小屋のあたり。
あんずの抜毛がコケのようにかたまっていた。
這うようにしてそれを取り除いていると。
あんずが追いかけてきては私の顔を舐めるのだ。
くすぐったくてたまらない。それも愉快なこと。

午後は茶の間で彼と一緒にテレビを見ていた。
うつらうつら。そのまま2時間も寝入ってしまう。
相変わらずのだらしなさ。自分でもあきれてしまう。

寝起きの気だるさをふりおとすように散歩に出掛けた。
胸をはっていちにっいちにっと風にふかれながら歩く。

もういちにちが暮れていってしまうのか。

なんだかあまりにもあっけないことに思える。

それでもわたしはそんざいしていて時は流れるのだった。


いいのかな。うんきっとこれでいいのだろう。


静があって動があるのなら今日は静のいちにちとしよう。


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