久しぶりの青空。なんて清々しいことだろう。 こどものように嬉しくなって何度も空を仰ぐ。
どこからか山鳩の鳴く声。雀たちのはしゃぎ声。 低空飛行をするツバメたち。空たかくトンビかな。
そうしてなんとにんげんも空を飛んでいた。 すぐ近くの河川敷でイベントがあったらしく。 あれはなんていうのだろう。パラグライダー?
高いところは苦手だけれどあれは気持ち良さそう。 ひとも鳥のように空を飛べるなんて素敵なことだ。
今日もいちにちのんびり。ゆったりと時が流れる。 村上春樹を少しだけ読む。ほんの少しの違和感が。 まさかこれでは終わらないだろうと期待しつつも。 なかなか先に進めない。続きは明日にとっておこう。
ゆうがた散歩。観光船がとてもにぎやかだった。 きらきらと光る川面にそのシルエットが映えて。 しばらく立ち止まってその船の姿を眺めていた。
汚染のすすんでいる大河。どうか今のままでと願う。 また来たいねと言ってくれるような川であってほしい。
そんなことを思いながらあんずとふたり川辺をあるく。
今日も雨。とても元気な雨だった。
じめじめとした鬱陶しさを通り越してしまい。 その雨音に励まされているようにさえ思った。
ふるときはふる。とことんふるそのすがたがすきだ。
今日もひきつづき怠惰に過ごす。 読みかけの本もひらかずにいて。 午後は3時間も寝入ってしまった。
寝起きはさすがに気だるいけれど。 その気だるさも心地よくおもえる。
わたしは怠け者だ。そう決めると。 気も楽になる。がんばることなど。 なにもない。ただ生きてさえいれば。
窓の外をみると雨も小休止だった。 よし散歩に行こうと表にとび出す。 あんずもお昼寝をしていたらしく。 のそのそと犬小屋から這い出てきた。
行くの?って問うように私の顔を見る。 雨止んでるよ!とおしえてあげたら。 ちょっと嬉しそうに尻尾をふっていた。
雨上がりのくうき。なんておいしいのだろう。
しんこきゅうをいっぱいした。すってはいて。
もしも鬱々としたものがあるのだとしても。
すってはいて浄化してしまえるのだとおもう。
クローバーに真珠の雨粒。とてもきれいだった。
どんよりとした曇り日。ときどき小粒の雨が落ちる。
とくにこれといった用事もないのだから。 山里の職場へ行くことも出来たのだけれど。 やはり気が重くなり怠惰な時を過ごしてしまう。
いったいわたしはどうしてしまったのだろう。 どうやらすっかり怠け者になってしまったようだ。
これでいいのだ。これでいいのだと天才バカボンの歌をうたう。
かんがえたくないことがある。ただ逃げているだけかもしれないけれど。
ゆうがたいつもの散歩。しっとりと潤った土手の道を歩く。 野あざみと名も知らぬ黄色い花。白つめ草の花もかわいい。 四葉のクローバーをさがしてみたけれど見つからなかった。
それはきっとさがしてはいけない幸福なのかもしれない。
ある日ふっとぐうぜんのようにそこにあるものだとおもう。
これいじょうのなにをと思うこともある。私は幸せだった。
二十四節気のひとつ『穀雨』だという今日。 昨日の肌寒い雨とはちがうのはそのせいだろうか。 しとしととやわらかな雨が静かに降りつづいた。
穀物の生長にはひつような雨だということ。 もしかしたらひとにもひつような雨かもしれない。
そんな雨も午後にはやみほんの少し青空がみえた。
「け〜んちゃん」父の事をそう呼びながらサチコが帰る。 ほんとうに愉快な娘だ。我が家の茶の間も一気に晴れた。
おみやげに資源ごみをたくさん持って来てくれたりで。 それもまた笑いの種になりしばしにぎやかに語り合う。
すこしふっくらとした。なんと5キロも太ったそうだ。 仕事と家事の両立でやつれはしないかと心配していたけれど。 家に居た頃よりもずっと健康そうに見えてほっとする。
春物の衣料などを袋に詰め込んであわただしく帰って行く。 庭に出て見送るときはやはりほんの少しさびしくなった。
そうして家に入ってもまだサチコの残したふんわりとした まるで春風のようなくうきが漂っていてふとせつなくなる。
父も母もまたこんな日をずっと待っていることだろう。
春風がやがて夏風にかわり向日葵のように咲く娘のことを。
春に三日の晴れはなしで今日もまた雨になった。 先日ほどの冷たさはないけれどもやはり肌寒い。
川仕事が一段落したので山里の職場へ顔を出す。 二週間ぶりの峠道には山ツツジがたくさん咲き。 山肌からこぼれるように咲く花に心をうばわれた。
民家が近くなると大きな銀杏の木が見えてくる。 裸木だったその木にも新芽があふれるように芽吹き。 思わず歓声をあげてしまうほどその緑が美しかった。
田んぼには植えられたばかりのちいさな稲が並ぶ。 まるで雨を嬉しがっているかのようにそこにある。
懐かしいなとおもう。まるでじぶんの故郷のようだった。
母は相変わらず血圧が高く足の痛みも訴えていた。 いくら気丈とはいえやはり無理がたたっているのだろう。 なんとか助けてあげたいと思うけれどほんの少し気が重い。
いったい私はどうすればいいのだろうと悩んでしまうのだった。
暮らしのことをかんがえるともう限界かもしれない。 とにかく収入のある仕事をしなければ食べていけない。
それを母に言い出せなくてそれが悩みの種になっていく。
「すまないねえ。ありがとうね」母のことばがあたたかくて。
涙があふれそうになりながら。逃げるように家路をいそいだ。
ここ数日の寒さもやっと峠を越えたのか。 空から光の天使が舞い降りてきたように暖かくなる。
寒いあいだ姿の見えなかったツバメも嬉しそうに飛び交う。 空を仰ぎつつそれはとてもほっとする光景だった。
どんな日もあるものだ。寒の戻りにそれを思い知らされて。 ふつうだとかあたりまえだとか決めつけるのをよそうと思う。
なにがあってもおかしくない。とまどうことなどなにもない。
午後久しぶりに読書。村上春樹の例の新刊が昨日届いた。 アマゾンはほんとに便利だ。予約さえしておけば発売日に届く。 けれども一気にとはいかず。ほんの少しだけ読んで本を閉じた。 これまでのあらすじを思い出しながらゆっくりと読みたい本だ。
ゆうがたの散歩。川面がきらきらと光りとても眩しかった。
歩きながらいろんなことをかんがえる。ながれるということ。
こんなふうにひかりながらながれてうみにたどりつくみずや。
そのかたわらをにんげんになっていぬとあるいているじぶん。
けっしてひとつではないけれどともにそんざいするということ。
つめたい雨がふりやまぬ。
春の雨は優しいはずだけれど。 そんなうたがむかしあったね。
みんなこの寒さをうけとめているのかな。 わずかにのこった桜の花もふるえながら。 藤やツツジや野アザミも泣くこともなく。
しごとがおやすみになってまったりしている。 あるいみたいくつ。そうして少しこころ細い。
じぶんがしょうめつしてしまいそうなきがする。 たとえばどこかの空間にすいこまれてしまうように。
いたいかな。ううんちっともいたくなんかないんだ。
でもいやだな。こわいな。そういうのやめてほしい。
つめたい雨がふりやまぬ。
うたれもせずに濡れもせず。
ここにいることをたしかめるようにつぶやいてみた。
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