ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2010年04月21日(水) これでいいのだ

どんよりとした曇り日。ときどき小粒の雨が落ちる。

とくにこれといった用事もないのだから。
山里の職場へ行くことも出来たのだけれど。
やはり気が重くなり怠惰な時を過ごしてしまう。

いったいわたしはどうしてしまったのだろう。
どうやらすっかり怠け者になってしまったようだ。

これでいいのだ。これでいいのだと天才バカボンの歌をうたう。

かんがえたくないことがある。ただ逃げているだけかもしれないけれど。



ゆうがたいつもの散歩。しっとりと潤った土手の道を歩く。
野あざみと名も知らぬ黄色い花。白つめ草の花もかわいい。
四葉のクローバーをさがしてみたけれど見つからなかった。

それはきっとさがしてはいけない幸福なのかもしれない。

ある日ふっとぐうぜんのようにそこにあるものだとおもう。

これいじょうのなにをと思うこともある。私は幸せだった。






2010年04月20日(火) さちこかえる

二十四節気のひとつ『穀雨』だという今日。
昨日の肌寒い雨とはちがうのはそのせいだろうか。
しとしととやわらかな雨が静かに降りつづいた。

穀物の生長にはひつような雨だということ。
もしかしたらひとにもひつような雨かもしれない。

そんな雨も午後にはやみほんの少し青空がみえた。


「け〜んちゃん」父の事をそう呼びながらサチコが帰る。
ほんとうに愉快な娘だ。我が家の茶の間も一気に晴れた。

おみやげに資源ごみをたくさん持って来てくれたりで。
それもまた笑いの種になりしばしにぎやかに語り合う。

すこしふっくらとした。なんと5キロも太ったそうだ。
仕事と家事の両立でやつれはしないかと心配していたけれど。
家に居た頃よりもずっと健康そうに見えてほっとする。

春物の衣料などを袋に詰め込んであわただしく帰って行く。
庭に出て見送るときはやはりほんの少しさびしくなった。

そうして家に入ってもまだサチコの残したふんわりとした
まるで春風のようなくうきが漂っていてふとせつなくなる。


父も母もまたこんな日をずっと待っていることだろう。

春風がやがて夏風にかわり向日葵のように咲く娘のことを。



2010年04月19日(月) ふるさと

春に三日の晴れはなしで今日もまた雨になった。
先日ほどの冷たさはないけれどもやはり肌寒い。


川仕事が一段落したので山里の職場へ顔を出す。
二週間ぶりの峠道には山ツツジがたくさん咲き。
山肌からこぼれるように咲く花に心をうばわれた。

民家が近くなると大きな銀杏の木が見えてくる。
裸木だったその木にも新芽があふれるように芽吹き。
思わず歓声をあげてしまうほどその緑が美しかった。

田んぼには植えられたばかりのちいさな稲が並ぶ。
まるで雨を嬉しがっているかのようにそこにある。

懐かしいなとおもう。まるでじぶんの故郷のようだった。



母は相変わらず血圧が高く足の痛みも訴えていた。
いくら気丈とはいえやはり無理がたたっているのだろう。
なんとか助けてあげたいと思うけれどほんの少し気が重い。

いったい私はどうすればいいのだろうと悩んでしまうのだった。

暮らしのことをかんがえるともう限界かもしれない。
とにかく収入のある仕事をしなければ食べていけない。

それを母に言い出せなくてそれが悩みの種になっていく。


「すまないねえ。ありがとうね」母のことばがあたたかくて。

涙があふれそうになりながら。逃げるように家路をいそいだ。



2010年04月17日(土) そんざい

ここ数日の寒さもやっと峠を越えたのか。
空から光の天使が舞い降りてきたように暖かくなる。

寒いあいだ姿の見えなかったツバメも嬉しそうに飛び交う。
空を仰ぎつつそれはとてもほっとする光景だった。

どんな日もあるものだ。寒の戻りにそれを思い知らされて。
ふつうだとかあたりまえだとか決めつけるのをよそうと思う。

なにがあってもおかしくない。とまどうことなどなにもない。



午後久しぶりに読書。村上春樹の例の新刊が昨日届いた。
アマゾンはほんとに便利だ。予約さえしておけば発売日に届く。
けれども一気にとはいかず。ほんの少しだけ読んで本を閉じた。
これまでのあらすじを思い出しながらゆっくりと読みたい本だ。



ゆうがたの散歩。川面がきらきらと光りとても眩しかった。

歩きながらいろんなことをかんがえる。ながれるということ。

こんなふうにひかりながらながれてうみにたどりつくみずや。

そのかたわらをにんげんになっていぬとあるいているじぶん。

けっしてひとつではないけれどともにそんざいするということ。





2010年04月15日(木) つぶやき

つめたい雨がふりやまぬ。

春の雨は優しいはずだけれど。
そんなうたがむかしあったね。

みんなこの寒さをうけとめているのかな。
わずかにのこった桜の花もふるえながら。
藤やツツジや野アザミも泣くこともなく。


しごとがおやすみになってまったりしている。
あるいみたいくつ。そうして少しこころ細い。

じぶんがしょうめつしてしまいそうなきがする。
たとえばどこかの空間にすいこまれてしまうように。

いたいかな。ううんちっともいたくなんかないんだ。

でもいやだな。こわいな。そういうのやめてほしい。


つめたい雨がふりやまぬ。

うたれもせずに濡れもせず。

ここにいることをたしかめるようにつぶやいてみた。



2010年04月13日(火) さんぽ

久しぶりの青空に清々しい風が心地よかった。
雨上がりの緑は艶やかでなんて綺麗なのだろう。
土手の雑草さえもきらきらと輝いてうつくしい。

ああわたしも草になりたい。

なまえなんかなくてもいい。

だいちにつよく根をはって。

雨の日はあめにうたれては。

風の日にはそよとうたって。

晴れの日の太陽に恋をする。


草だ。もうそれしかないと決めつけるように思った。


けれどもにんげん。なまえだってちゃんとつけてもらって。
にんげんだからしかたないけれど。けんかだってするんだ。

今日はあんずとけんか。もうはらがたってしょうかなかった。
そうしてぶった。かわいそうだけれど叱らないといけなかった。

久しぶりのお散歩で彼女もはしゃぎたかったのだろう。
リードを外してあげて好きなように走らせてあげれば。
けんかなんかしなくてすんだ。けれども自由ってなに?

私にぶたれたあんずはいっきにしゅんとなりおとなしくなる。

ゆっくり歩こうよ。ほらアザミの花がたくさん咲いているよ。



2010年04月12日(月) 雨音

菜種梅雨というのだろうか雨も今日で四日目となる。
さすがに桜も散り時を知りわずかにその花をのこす。

けれどもそんな桜から春をうけつぐように。
藤の花が咲く。つつじも綺麗に咲き始めた。
お天気はぐずついていても今が春爛漫なのだろう。

ありがたいことにどの花もこころを和ませてくれる。


早朝からの川仕事を終えると午後はひたすらのんびりで。
テレビを見たりうたた寝をしたりと怠惰に過ごしている。

日課のお散歩もずっとさぼっているのだけれど。
あんずも諦めているらしくせがむ様子もなかった。

明日は晴れの天気予報。青空が待ち遠しくてならない。

てくてくと歩こう。しんこきゅうしながら歩こう。

あしたのことをかんがえながら雨音とともに夜が更ける。


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